【物語】 ‡*‡ 雪中四花 ‡*‡

*─ 梅の花 ─*

川縁の水茶屋にて、梅の咲きゆくを仰ぎては抹茶を口に。
梅の花の何とも言えぬ奥ゆかしさに、また仰ぎて嘆息。
淡き恋影や雪洞如くに灯る。
娘の頬がほのか薄紅に。
決して悟られてはならぬ隠密の恋。
着物の胸元に忍ばせた恋文に手を添える。
口にするは許されぬ想いを言の葉として認めて、御守りと持ち歩く事で、娘は心にかけた結界を護る。
なれど、なれど……。
梅の香に酔わされた故と言い聞かせながら、浅き夢を。
寄り添いては貴方の袖に香を移ろわせてと、春の余韻に罪の許しを。
しからば……。
春はまだよと、雪。
抹茶に浮く雪の花を飲み干して、雪に纏われし梅の花を眺める。
ただの風情と終わらす勿れと、雪の情が咎を刺す。
自嘲する娘。
浅き夢は愚行となるは百も承知よと、雪に呟く。
なれど、せめて今だけは……。
梅の花が寄り添うはどちらの情なり、雪中四花。


*─* 蝋梅 *─*

三味の音、せせらぎ、柳風。
恋や隠密、出会い茶屋。
身分違いのご法度艶劇。
遊女と男衆の逢い引き。
あい、なすれば。
潤む眼に揺れる心は、如何ほどか。
遊女曰く。
蝋梅と蝋の花は似て非なるもの。
わっちは極寒には耐えられぬ性分。
所詮は蝋の花でありんす。
そなたの指で恋火が灯り、今では情火と燃え盛らん。
いっそ花ごと溶かしてと、胸にすり寄り啜り泣く。
一方、男衆は心で溜め息。
蝋梅であってくれと心で拝む。
拷問恐れて引ける腰。
せめて雪で誤魔化して、溶けぬ前にとんずらか。
情火は雪では消せぬよと、月や男衆の咎を刺す。
蝋梅にも蝋の花にも失礼と、雪。
月の密告聞きながら、白けた雪や虚無に降る。


*─* 水仙 *─*

水仙や紅に染まりて、恍惚。
血にまみれては、悦の背徳。
水仙を握りしめ、息絶える若き侍。
斬られし花弁や月影にて、惨。
血だまりに静々と雨。
懺悔の刻かと、水仙や月に詫びゆく。
彼の血に抱かれゆくを、心中と想いて夢に酔うを……。
自惚れし我が愚行を許しておくれ、雨に乞う。
せめて染まりきるまでは、と切に切に。
最期の情けか、雨やみて雪に変わりぬ。
背中に花弁に雪や、せつせつと降る。
雪しずくは涙の如くに、業に沁みる。
彼の血に染めあげ、紅の水仙。
愚してや業に欲。
我が身貫き、雪中四花。
曝して本望と、侍と寄り添いて逝く。


*─* 紅椿 *─*

誰が呼んだか雪中四花
雪の降るを待ちわびて、雪なか耐えて忍ぶ花よと
誰が決めたか我が運命
紅にましろの冬の景、意志の強さに潔さ
花色、堅き葉、咲き姿、はてさて真か花の芯

天上からや見えぬ糸、勇ましくあれと呪縛の枷
凛と正しく潔く、鑑であれと強いるは花神か
無惨に花首落ちゆくを待つが宿命か、遠き春
ひとひらひとひら散りゆくを、独り夢みて悟る日々
ないものねだりの恨み節、悔し涙に雪しずく
寒椿や山茶花に、滾らす嫉妬の幽炎よ
念や映りて艶の紅、花弁の袖濡らしては
ひとひら散らせておくれよと、椿が煽るは雪の情
椿の愚行を断つ如く、雪の刃や介錯の斬

厳しき冬を耐えゆくは、人も同じと雪が説く
罪なき斬首は武士の鑑、落ち椿は花の鑑よ

あぁ皮肉に優しきや言の刃で撫でる花首
意気揚々と雪が説くは、花神の枷なり重責なりと
必死の雪の独演に弁解する気も喪いて、黙

終への余白は違えども
果ては土に還るは同じ
命はどちらも儚きものよ
其なたは選ばれし者
ならば鑑らしく潔くあれ
覚悟の意を持って慎み、その命を謳歌せよ
宿命に泣き、宿命に笑え
選ばれし花よ
鑑として気高く咲き誇れ
椿よ
其なたを誇りに想う

懸命に続くは雪の温情、其れは純なる熱き念よ
刹那を生きるましろきものは、これほどまでに純心なるかと
己を省み自嘲しては、雪の温情受けとめる
着物の帯を締め直すよに、淑やかな艶で冬の凛

なってみせよう花の鑑と
みせてみせよう椿の生きざま
見事に晒そう椿の死にざま
見事に花首落として逝こうぞ


雪中四花
我が宿命が、我が幸せなり
雪の鋭く優しき温情に
雪と戯れ雪に抱かれて
雪とともに冬に逝かん


                                                              ─ 完 ─

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