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リズム感のあるエッセイを書けるようになる

〈はじめに〉
※これから語られる言葉は少し長いかもしれませんが、なんども読み返してください。
※できれば声に出して読んでください。文章のリズム、語感がしぜんと身につきます。

 前回はエッセイとコラムの違いについて考えてみました。エッセイは共感や安心をベースにした文章。コラムは視点の提示や刺激を目指す文章でした。読み手にとってはふだんあまり意識しないことかもしれませんが、同じような雰囲気を持っているふたつの文章の間にはずいぶん大きなちがいがあるのです。

 そうはいっても、エッセイっぽいコラムやコラムっぽいエッセイのように、どちらともはっきりとは分けられない文章もあります。この講座で学んでいるのは、みなさんが文章を書く上での助けになるような、自分の頭の中を整理するためのスキルですから、目の前の文章を分ける(分析する)ことが目的ではありません。

 何度も言いますが、文は人なり、です。人の数だけ文章があるとすれば、そう簡単に文章を分類して、型にはめることなどできるはずがありません。なんとなく、世の中には、こういうタイプがいるよね、程度のことを言えるくらいに考えておきましょう。大事なことは、自分の伝えたいことは何か、それを伝えるにはどうしたらいいかを一生懸命に探ること。人生に答えが用意されているわけではないのと同じく、文章にも唯一の解はないのです。

 さて、話を戻しましょう。今回は以前に伊藤さんに書いて頂いた、文の添削からはじめます。お題は「最寄駅」でした。


〈課題添削〉
 まずは文章を読んでみましょう(タイトルだけ『 』をつけました。あとは原文ママです)。

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『阪神甲子園駅』

私の最寄駅は、阪神甲子園駅。
高校球児の聖地、そして、阪神タイガースの本拠地である「阪神甲子園球場」の最寄駅でもある。

改札内には、スコアボードがある。
家に着く前に、試合の結果をチェックすることができる。
スマートフォンがない時代は、このスコアボードで最新情報を知ることができた。
勝った負けたは、すれ違うファンの表情で分かるけど、詳細を知りたいとき、このスコアボードはとても便利だった。

プロ野球のシーズン中、この駅の利用者は一気に増える。
大半は、縦縞のユニフォームを着ている人たちだ。
阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」や、好きな選手の応援歌の歌詞が刺繍されていて、凝りに凝っている。縦縞のニッカポッカをあわせてはいている人もいる。
トラの耳やシッポをつけている人も多い。
ジャビット(ジャイアンツのマスコット)人形を紐につけて引きずって歩きだす人もいる。打倒ジャイアンツの意味らしい。
みな、思い思いの「タイガース愛」を披露している。

タイガースが勝った日は、六甲おろしや活躍した選手の応援歌の大合唱がホームで始まる。
劇的勝利を収めた日は興奮が収まらないのだろう。
電車の中でも大合唱が始まることがある。

タイガースファンにとって阪神甲子園駅は、ディズニーランドやUSJと同じくらい、大人がはしゃいでもおかしくない場所なのだと思う。電車はもはや、一つのアトラクション扱いなのではないだろうか。

ただ意外かもしれないが、阪神甲子園駅周辺は住宅街でもある。
関西で人気の「阪神間エリア」のため、住んでいる人が多い。
よって、通勤で阪神甲子園を利用する人は多い。

朝のラッシュは、とても殺伐としている。
夜のテーマパーク感、アトラクション感は一切ない。
あのワクワク感が朝もあったら、ちょっとは会社に行くのが楽しくなるのかな、と想像する時がある。

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 あらためて読んでみて、まずあなたはどう感じましたか。これから添削をしていきますが、必ず理解しておいてほしいことがふたつあります。ひとつは、添削(批評)は人格非難とは切り離すこと。文章を添削(批評)されたからといって、それがみなさんの思想や人生や体験を否定することにはなりません。よりよい、より伝わる、より品格のある文章を書くためのトレーニングとして、添削(批評)を取り入れてください。

 もうひとつは、私の添削は唯一の正解ではないということです。文章というのは、書き手の持っているあらゆる能力の集合体です。国語算数理科社会家庭体育図画工作音楽道徳などなど、およそ文章を書くのに必要のないスキルはありません。ですから、そのほんの一部だけを切り取って、これはあっている、これは間違っている、というような簡単なジャッジは、ほんらいできないものなのです。ですから、ここはこうしたほうがよい、という添削があったとしても、それは、今回のこの文章の場合に限って言えばそうだ、というふうに考えてください。

 できるだけ普遍的なルールを取り上げますが、いっぺんにすべてのことを指摘するわけでも、指摘できるわけでもありませんし、細かい部分の積み重ねも大事ですから、誤字脱字や日本語の表現についても触れていきます。大きな視点と小さな視点のバランスをとりながら進めていきますので、そのつもりでいてください。

 書き手の総合力の勝負。それが文章です。文は人なり。おもしろい。

 もうひとつ。文章を形式と内容にわけて考えるようにしてください。形式というのは、誤字脱字や段落構成や日本語表現のあやまりなど、だれが見てもわかるもの。内容というのは、書き手の考え方や表現方法に関するもので、書き手にしかわからないもの、書き手が書きたいと思っていることです。したがって、これから添削例を見ていきますが、添削のポイントは主に形式面のことに絞られることになります。なぜなら、何を伝えたいのか、という文章を書く上で、いちばんたいせつな思想については、正しい、正しくない、の判断ができない(判断すべきことではない)からです。

 これから、みなさん自身が文章を書いたり、だれかほかの人の文章を読んだりするときには、ぜひ、その文章の内容がいいか悪いか、正しいか正しくないかを判断することはやめて、その代わりに、もし書き手の考え方と自分(読み手)の考え方がちがっていたとしたら、自分ならこう考えるのになあ、と思うようにしてください。相手をいったん受け止めておいて(なるほど、あなたはそういうふうに考えるのね、と)、そこから自分はこう思う、と、思考のベクトルを自分に向けるようにする。そうすれば、相手の考え方をうまく使って、自分の考え方をさらに高めたり、整理したりすることができるようになります。

 では添削例を見てみましょう。


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『阪神甲子園駅』(添削後)

 阪神甲子園駅は、高校球児の聖地、そして、阪神タイガースの本拠地である「阪神甲子園球場」の最寄駅だ。
 改札内には、スコアボードがある。家に着く前に、試合の結果をチェックすることができる。スマートフォンがない時代は、このスコアボードで最新情報を知ることができた。勝った負けたはすれ違うファンの表情でわかるけれど、詳細を知りたいときには、このスコアボードはとても便利だった。
 プロ野球のシーズン中、阪神甲子園駅の利用者は一気に増える。利用者の大半は、縦縞のユニフォームを着ている。ユニフォームには、阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」や、好きな選手の応援歌の歌詞が刺繍されていて、凝りに凝っている。縦縞のニッカポッカをあわせてはいている人もいる。トラの耳やシッポをつけている人も多い。ジャイアンツのマスコットであるジャビット人形を紐につけて引きずって歩きだす人もいる。打倒ジャイアンツの意味らしい。みな、思い思いの「タイガース愛」を披露している。
 タイガースが勝った日は、六甲おろしや活躍した選手の応援歌の大合唱がホームで始まる。劇的勝利を収めた日は興奮が収まらないのだろう。電車の中でも大合唱が始まることがある。タイガースファンにとって阪神甲子園駅は、ディズニーランドやUSJと同じくらい、大人がはしゃいでもおかしくない場所。電車はもはや、一つのアトラクションだ。
 阪神甲子園駅周辺は住宅街でもある。関西で人気の「阪神間エリア」にあり、通勤で阪神甲子園を利用する人は多い。朝のラッシュは、とても殺伐としている。タイガースの試合があった夜のテーマパーク感、アトラクション感は一切ない。あのワクワク感が朝もあったら、ちょっとは会社に行くのが楽しくなるのかな、と想像するときがある。

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◎添削のポイント
 ・ひとつの段落にはひとつの内容。改行(段落換え)に意味を持たせる。とくに意味のない改行を重ねると、文字数がムダに消費されてしまう。
 ・「私」「思う」などはなるべく書かない。書いている人(私)が思っていることを書いてあるのが文章。わかりきっていることは書かない。
 ・「らしい」「かもしれない」「だろう」などの伝聞表現、婉曲表現はさける。間接的な表現が多くなると、書き手への信頼度が下がる。といわれている、らしい、けれど、ほんとうのところはどうなのだろう……。
 ・「わかる」「とき」など、漢字にしたり(トジル)、平仮名にしたり(ヒラク)がまざらないようにする。
 ・一文と一文のつながりがはっきり伝わるように、ていねいに書く。主語や目的語(何を)などを省略しない。
 ・文章のスジ、テーマ、伝えたいいちばんの内容をしぼる。今回の文章で言えば、「タイガース」「駅のホームや車内」「通勤」のどれかに焦点をしぼって、もっと深く書いてみるといい。

◎講評
 文章がていねいに書かれていて、読みやすい。書き手の体験をもとにした、具体的なエピソードが盛り込まれているのがいい。要素(ネタ)がたくさんあるだけに、どれかに絞って、さらにディープなエピソードが出てくると、もっと読み手をひきつけることができる。次回はもっと題材を掘り下げて、じっくり観察するような文章を書いてほしい。


〈エッセイのリズムとは〉

 さて、話はガラッと変わって、エッセイについて、もう一歩進めてみたいと思います。エッセイの肝となるのは、共感と安心でした。共感を支えているのが安心、安心を支えているのはリズムだ、というところまで話しました。

 ではこのリズムというのは、どうやって生み出せばいいのでしょう。楽譜が読める人ならば、楽譜を開いたところをイメージしてください。楽譜が読めない場合は、まあ、手をたたきながら好きな歌を歌ってみてください。1小節のなかに、たくさんの音符がつまっていたら読みにくいですね。ワンフレーズを歌うのに、手を一度しかたたかなかったら、歌いにくいですね。

 リズムというのは、できれば、短く、力強く、はっきりと示すことがだいじなのです。文章も同じです。一文は、短く、わかりやすく、言い切る。その一文を、たくさんつなぎあわせて、文章をつくります。短い文がいくつ積み重なっても、けっして、読みにくくはなりません。反対に、だらだらと一文が長いと、読みにくいですから、読み手はうまくリズムに乗れません。読んでいて疲れる文章になってしまいます。

 リズムを出すために、一文を短くする。それだけのことですが、意識していないとできないものです。いま、ここで、こうやってかいている文章は、一文が比較的ながいものになっていますが、それはリズムを壊さないようにしながらも、さらっと読めるような語り口で書こうと意識しているからこそ、だらだらと書いていても、まあまあ、読めるようになっています。みなさんは、短く。次回からぜひ。試してみてください。きっと、見違えるようなシュッとした文章が書けるはずです。


寄り道読書:
渡辺一史(著)並木博夫(写真)『北の無人駅から』北海道新聞社


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