31/10/2020:『Chinatown』

チャイナタウンの肉饅は八角の香りが強くて、いつも家の近所で買うものよりもエキゾチックな味がした。それはビガビガと光るネオンや赤を基調とした飾り付けも一緒になって異空間的な情緒を運んでくれる。

「本物って意外と肩透かしっぽいことあるわよね。あるいは、とても地味だったり。」

と、彼女は言った。黒いぺったんこなパンプスを履いているからいつもより少し背が低い。細かな花柄のワンピースがくるぶしの辺りで揺れる。

「分かりやすいからいい、なんてこともないわ。だって、それじゃ何でもかんでも本物すぎて、本物が嘘になってしまうもの。」

ちょっと間を飛ばしすぎているのか、行間を丁寧に推測しないと本意が汲み取れない。

でも、なんとなく言いたことはわかる気がする。

同じようなレストランがずっと向こうの門の方まで並んでいる。途中途中に呼び込みが立っていて、ここから見ても日本人なのか中国人なのか見分けをつけるのが難しい。と言うか、そういうのここでは関係あるのだろうか。

「そうよ、なんとなくでいいの。人の心だって、そうやって何でも分かりやすすぎたら面白くないもの。」

彼女はホフホフと口から白い息を吐きながら言った。

美味しいものを食べている時、とても饒舌になる。

僕はそういうところが好きだったりもした。

                 ・・・

商店街は往往にして一階部分を店舗に当てて、そして二階が住居になっていることが多い。僕が見た映画の登場人物の実家はそんな商店街にある書店で、二階部分は古い造りの居住スペースになっていた。

昼過ぎなのに家に明かりをつけずに、明かりはゆらっとした西日のみで、その陰影が僕の記憶に強く残っている。

僕は原作も好きだったから、そのシーンを見ながら何年か前に読んだはずの同じ箇所を思い出していた。

ゆっくり読んで一ヶ月かかるその作品を2時間に収めるのは無理だと思った。

でも、一方で、実際には2時間しか立っていない部分を小説では何十ページもかけていたり、あるいは2ヶ月という時間を3行で片付けたりもする。

「3 years later〜それから3年」

とか。

いつだって、僕らは好き勝手だ。

そのシーンでは女の子に招かれた主人公が、その家のベランダでキスをする場面が描かれていた。原作では、そのあとにも続きがあったはずだ。

内容は覚えていないけど。

                 ・・・

ぼーっと二階をみながら歩いていたから、

「何よ、なんかあるの?」

と、彼女が見上げながら聞いてきた。さっきまであった自分の顔くらいの肉饅はもうどこかへいなくなっていた。

「ん、ちょっとね。」

と、僕は言った。

ペタペタと石造りの道を彼女のパンプスが叩く。

入ってきたのとは反対側。小さく見えた門がもうこんなに近くに迫っていて、時計を見ると30分ほどが経っていた。

それが早いのか遅いのかは分からなかった。

ただ、彼女が、

「さ、復路よ。」

と、僕の手を握りクルッと振り向かせたその瞬間は、生身のものとして僕を包んだ。

                 ・・・

今日も等しく夜が来ました。

Liam Gallagherで『Chinatown』。

しょ

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