向田邦子は鎹か

今、向田邦子を読んでいる。

岩波現代文庫から出ている『向田邦子シナリオ集Ⅴ 寺内貫太郎一家』だ。

言わずと知れた昭和の名作ドラマであり、向田邦子の代表作ともいえるほどの高視聴率を叩きだした作品だ。

舞台は谷中にある寺内石材店。大黒柱の貫太郎(小林亜星)とその母親のきん(のちの樹木希林である悠木千帆)、貫太郎の妻・里子(加藤治子)、長女・静江(梶芽衣子)、長男で弟の周平(西城秀樹)の五人家族。そしてお手伝いのミヨ子(浅田美代子)や静江の恋人である上条(藤竜也)、貫太郎の石屋で働く面々、近所の住人たち。彼らのドタバタした日常と家族の悲喜こもごもが軽快な会話とともに描かれる。

離婚歴のある娘の恋人の出現や、息子の受験や町のお祭り、冠婚葬祭など、何かの度に一騒動。そしてことあるごとにお決まりのように貫太郎がばーんとぶっとばす。家族で囲む食卓では、周平がきんに向かって「きったねえなあ、もう」としょっちゅう言う。だけど全員がカラッとしていて魅力的。ドラマは見ていないけれど、シナリオを読んでいるだけでもとても気持ちが良い。

でもなんでこんなに面白いんだろう。だって劇中で起きているのは言ってしまえば日々の普通のこと。緻密なトリックを駆使した犯罪も起きない。誰かが死んだり生まれたりもしない。飛び抜けてクセのあるキャラクターもいない。なのに読み進めるのが楽しくて仕方がない。

とにかく登場人物が愛嬌いっぱいで魅力的。そして、すれ違いと誤解によるすったもんだが笑いや涙を誘う。私の好きな、同じ向田邦子の『桃から生まれた桃太郎』(文春文庫)のようなタッチだ。

人は大切な人のことを思って生きている。その誰かのために思わぬ嘘をついたり、何かをごまかしたり、必死になったりする。気持ちを口にしたり、胸に秘めたりする。それが現状を好転させることもあれば、悪化させることだってある。

私は専門家ではないけれど、コメディとは人間の生き様を見ることなのかもしれない、と思う。日々いろんな小さな悲しいことはあるけれど、それでも腹は減るし、恋もする。歴史に名は残らないし、国はおろか町内会だって動かせないけれど、それでも精一杯生きている。そんな姿を見ているとおかしくて仕方がない。そんな感じ。

このドラマがお茶の間に流れていた頃、私はまだ生まれていなくて、向田邦子が鬼籍に入ってもまだ生まれていなくて、やっとこさ生まれて物心ついた頃にはもう、小林亜星はおじいちゃんで、西城秀樹はおじさんで、悠木千帆は樹木希林だった。貫太郎の妻を演じているのが加藤治子だと知ったとき、「古畑任三郎の佐々木高代じゃないか」と思ったくらいだ。

不思議なことに、この本を読んでいると、頼んでおいたゴミ出しを忘れた夫への怒りの火種が小さくなった。夫婦生活を継続させるためのハウツー本は数多あるが、私にはこちらの方がいいのかもしれない。向田邦子は鎹になる、というのはさすがに言い過ぎか。


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