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なでと君むなしき空に消えにけん 3-2 美夜子

お母さんが死んだのは、私が十歳の頃だった。
自殺だった。
この町では、特別珍しいものではなかった。
渡呉(わたらご)の土着の病みたいなもんだ、なんていう人も少なくなかった。
颯のお父さんも、杏子ちゃんのお父さんも、蒔田の娘さんも、みんな、自殺だった。
そこをふまえれば、『ササメサマの禍イ話(まがいばなし)』も、渡呉祭の生巫女流し(イキミコナガシ)も、渡呉の町が生んだ、らしすぎる文化といえるだろう。
だから、こんな閉ざされた町が神父様たちを容易に受け入れたのも、『知死期の導』を受け入れてしまったのも、何も不思議なことではない。
それだけ、自殺という最期がこの町にしみついてしまっているのだろう。
けれど、自ら命を絶った人間を目の当たりにするのは、やっぱりみんな辛いようだった。
お母さんのお葬式の時、誰もがいたたまれない面持ちで私とお父さんを見つめていたのを覚えている。
特に、参列してくれた神父様の沈痛なまなざしは、私の記憶の奥底に深くこびりついた。あまり関りはなかったけれど、見かけるときはいつだって柔らかい笑みを浮かべていた人だったからこそ、初めて見るその表情が余計に印象に残ってしまったのだろう。
そんな光景が、少し前に参列した同じようなお葬式とは全く違うものに見えてしまったせいで、お母さんのお葬式だけが、ひどく不安で、異様なものとして記憶に残ってしまった。

最初に私を襲った『変化』は、お父さんに現れた。
昔のお父さんは、よく笑う人だった。
私たちを笑顔にしようと、いつも冗談を言っては、勝手に一人で笑い、私たちを呆れさせていた。
だけどお母さんも私も、お父さんの明るい性格が大好きだった。
お母さんと違い、お父さんは遠くの県からやってきたよそ者だったけれど、その屈託ない性格のおかげで、近所の人たちからけんちゃんと呼ばれ親しまれていた。
お父さんは車好きが転じて中古車店を営んでいた。だから、家にはたくさんの車があった。売り物用ももちろんだけど、お父さんのコレクションもいくつか紛れていた。
五歳のころ、いかつい見た目のコレクションの中で、唯一私のお気に召したのが黄色いビートだった。当時はまっていたてんとう虫のアニメキャラクター、テンテンに似ているからというのが理由だった。そうして私は、あろうことかお父さんに、その車をテンテンの模様にしてほしいと頼んだのだ。
翌日、本当に黄色と白のドット模様をしたビートが私の前に現れた。お母さんが言うには、その日、私のために夜通し塗装してくれていたそうだ。あの車は、今でもテンテン仕様の状態でうちの車庫に眠っている。
お父さんはよく、私を真夜中のドライブへ連れて行ってもくれた。
お父さんがいじったシルビアやセブン、S2000にフェアレディと、いろんな車に乗ってドライブにでかけたものだ。
この話を聞いた颯は羨ましがっていたけれど、私には車のことはどうでもよかった。私にとって、このドライブには車よりよっぽど嬉しい楽しみがあったからだ。
お母さんには内緒だぞ?
お父さんは毎回そう言って、コンビニでアイスやカップ麺を買ってくれた。私が少し甘えて見せれば、その両方を手に入れることも容易いことだった。
そうして最後はいつも、山中にあるお気に入りの公園で、大きな天体望遠鏡を使って星を見たのだった。
星を見ながら、お父さんは宇宙についてのいろんな話をしてくれた。星の成り立ち、大昔の人たちの宙への想い、星座に隠された神様たちの物語。そのどれもが、私の心を魅了した。
その公園で、私とお父さんは、神様を見たことがある。
大きな満月があたりをほの白く照らす、柔らかな夜だった。
お父さん、小さいころは宇宙飛行士になりたかったんだ。それが無理ならパイロット。とにかく、あの宙になるべく近いところまで行ってみたいって、そう思っててね。
突然、お父さんがそんなことを言いだしたのだ。
私は、なんでならなかったの、なんて聞いてしまった。五歳の私は、誰だって宇宙飛行士になれるものだと、そう思っていた。
お父さんは、私をぎゅっと抱きしめて、私の頭をゆっくりとなで始めた。
今はね、美夜子のお父さんになれたことが、美夜子のお父さんでいられることが、とっても幸せなんだ。だから、宇宙飛行士になんてならなくていい。
そう言いながら、お父さんは何度も何度も頭をなでてくれた。それがとても嬉しくて、私は暖かな気持ちでいっぱいになった。だけど同時に、お父さんの声がどこか寂しげだったことも気になっていた。
本当は、宇宙飛行士になりたかったのかな。
幼いながらに、私が何事か感じ取った時だった。
私たちの頭上に、影のようなものがひらひらと舞い降りたのだった。
真っ黒な、蝶だった。
月明りに照らされ優雅に舞う大きな蝶の姿から、私はしばらく目を離せなかった。
お父さんも、蝶に気づいたようだった。夢見心地で蝶を見上げる私に、お父さんはそっと教えてくれた。
「お父さんの生まれた地方ではね、夜中に舞う黒い蝶は神様の使いだって言い伝えがあるんだよ」
「神様?」
「そう、神様」
その時、私は咄嗟に頭上を舞う黒い蝶に、お願いをしたのだった。
お父さんを宇宙飛行士にしてください。
私は、何度も何度もお願いした。
その様子を見て、お父さんは私を目いっぱい抱きしめて、ありがとう、ありがとうと、何度もつぶやいた。あの時のお父さんは、泣いていたように思う。
お父さんは、私のことを本当に愛してくれていた。
それと同じくらい、お母さんのことも愛していた。
私の知る限り、二人が喧嘩をしたことは一度もなかった。
お母さんがお父さんを見つめる眼差しはいつだって、私まで暖かい気持ちにさせてくれるものだったし、その逆も然りだった。
だからこそ、お父さんは壊れてしまったのだ。
お父さんは、葬式の日以来、笑わなくなった。
葬式の晩、お母さんの写真を見つめていた、あの沈痛な面持ちが、まるで顔に張り付いてしまったようだった。
笑顔の絶えなかった私の家は、あれ以来、ここは本当に自分が十年も過ごした家なのかと疑うほどに、静かで、悲しくて、重苦しい場所になってしまった。
リビングを満たしていたお父さんの冗談と、それをからかう私とお母さんの笑い声は、テレビから流れる無機質な人の声にとって替えられた。朝食の時も、夕食の時も、ただテレビから流れるどうでもいい会話だけが、リビングを満たした。
二人といるのが楽しくて、せっかく用意してもらった子供部屋を使うことなどほとんどなかった私は、部屋に立ち込める重たい空気から逃れるように、子供部屋を好むようになっていった。
そのせいで、私とお父さんは、同じ家に住む親子でありながら、その関係はどんどん疎遠になっていった。
お母さんの死は、もちろん私にとってもとても辛いことだった。でも、だからこそ、私はお母さんがいたころと変わらない状態で過ごしたいと、そう思っていた。
お母さんがいなくなってしまったからといって、笑顔を絶やしてしまっては、今までの幸せを絶やしてしまっては、それこそ気がどうにかなってしまいそうだった。
だからこそ私は、それまで通りの幸せな、笑顔の絶えない日常を、星を見に行き、アイスやカップ麺を食べたあの日常を、続けていきたかった。
でもそれは、土台無理な話だった。それまで当たり前のように隣にいた愛する人が、突然いなくなってしまったのに、その人がいた日々と同じように振舞うことなんて、それこそ不健康なことだった。そんな生活こそ、お母さんの死から目を背けているのだ。
あの頃は、お父さんの方が正常な反応をしていたのだと思う。
私はどこかで、今まで通りの生活をしていれば、お母さんが再び私の生活の中に戻ってきてくれると思っていたのだ。朝、朝食を食べていたら、ひょっこりお母さんが寝室から降りてきてくれると、そう信じていたのだ。そして、お母さんが戻ってこれば、お父さんの笑顔も、戻ってくると。

耐え難い変化が現れたのは、お父さんだけではなかった。
学校の先生やクラスメイト、近所の人たちは、そろいもそろって腫物に触るように私に接してきた。
自分で言うのもなんだが、それまでの私は、お父さんから受け継いだ活発でひょうきんな性格のおかげで、渡呉のアイドルといっても過言ではないくらい人気者だった。家ではお父さんの冗談をからかうくせに、外では、お父さんと同じように下手な冗談を言っては、クラスメイト達を笑わせようとする子だった。
クラスメイトも近所の人たちも先生たちも、私の姿を見るなりみやちゃんみやちゃんと、まるでスタッカートをつけたような弾んだ調子で取り囲んでは、私と話したがってくれた。とても、可愛がってくれていたように思う。
それが、あの日以来、みんな一様によそよそしい足取りで私に近づいてきては、気まずそうに、困ったように、同情するように、ぎこちない笑みを浮かべた。
それは大人たちに限ったことではなかった。小さな町だ。みんな事情を知っているからこそ、大人たちは気を遣って、自分の子供に言い聞かせたのだろう。
みやちゃんは今大変だから、優しく接してあげなさい、と。
以来、クラスメイト達と私の関係は変わってしまった。
それまでは自然に私と接してくれたみんなが、まるで私と遊ぶのが義務だとでもいうような不自然な態度になってしまった。
遊ぶ時も、勉強をするときも、登校するときも下校するときも、何をするときも、私も友達も、お互いに何も言わないのに自然とグループになっていたそれまでと違って、クラスメイト達は必ず、みやちゃんもおいでと、どこか同情的な声音で私を誘うようになった。私がそれまで通り冗談を言えば、時々気まずそうにしながら笑った。
大きな変化ではなかったけれど、私と友人との間にできた何か決定的な壁が、言い知れぬ不安と違和感となって、私の心を乱した。
今は、当時のクラスメイト達に感謝している。お母さんを失ったという、幼い子供には想像しにくい立場に置かれた友人を、みんな目いっぱい気遣って、輪から出てしまわないように、私を繋ぎとめようと子供ながらに必死に努力してくれていたのだ。あんな優しく、大人びた子供たちはなかなかいないかもしれない。
けれど、当時の私にはその些細な気遣いにあふれた変化が、耐えられなかった。

決定的だったのは、その年に行われた国語の授業でのある発表課題だった。
自分の名前の意味を調べて、みんなの前で発表する。
昔から、四年生を迎えた生徒たちに与えられる、渡呉小伝統の課題だった。ある程度漢字も覚え始め、家族以外の社会とのつながりもしっかりと意識しだす時期に与えられる課題が、運悪く、お母さんの死んだ年と重なってしまったのだった。
深い夜の子と書いて深夜子(みよこ)。深い夜から生まれた美しい夜の子と書いて、美夜子(みやこ)。
私の名前を説明するのに、お母さんの存在は必須だった。
授業での発表前、あらかじめ先生に発表の内容をチェックしてもらう際、先生はみやちゃんは無理にしなくてもいいからね、と私を気遣った。けれど私は、構わずクラスメイト達の前での発表に踏み切ったのだった。
私の口からお母さんの単語が出るたび、教室が静まり返った。息をのむ音も聞こえた。誰もが私の発表が早く終わってほしいと願っているように思えた。ぎこちない拍手の中着席した私から、隣の子は目をそらした。先生も、申し訳なさそうに、私を見つめていた。
その日から、私は今まで以上に明るい美夜子ちゃんになる決意をした。
変化が、家だけでなく、渡呉全体に広がってしまっていることが、怖くて仕方なかった。
だから私は、嘘を吐くようになった。
いってもいないのに、お父さんにドライブに連れて行ってもらっただとか、昨日お父さんがこんな冗談を言って私を笑わせたとか、あくまで自分の家はお母さんがいたころと変わらないと、無理やりにアピールしてまわった。今まで以上に冗談も言うようになった。私は必死になってクラスメイト達を笑わせようとした。
これ以上の変化が教室を飲み込まないように、私は、お母さんの死を感じさせない、明るいみやちゃんを演じ始めたのだ。

周りの大人たちの変化で、最も記憶に残っているのは、蒔田のおばあちゃんだった。
普段から子供たちにとても優しく接してくれるうえに、家の前を通れば中へ通しお菓子をふるまい、帰り際にもお土産をくれるため、渡呉の子供たちから人気のおばあちゃんだった。私も幼いころからとてもよくして貰っていたけれど、お母さんが死ぬ一年ほど前、私が渡呉祭のキキミコサマの役を果たしてからは、さらに仲良くなった。
蒔田家は代々渡呉神社の神主を務め、渡呉の町のお祭りも司る由緒ある家系だった。だからもちろん、渡呉祭も蒔田家が仕切っていた。
渡呉祭の演目、『生巫女流し(イキミコナガシ)』のキキミコサマ役をすることになった私は、お祭りの準備のため、蒔田家によく出入りするようになった。
特に蒔田のおばあちゃんには、巫女服の着付けからトザシブンシンの写生など、身の回りの世話をしてもらった。お祭りが終わるまでの期間、蒔田のおばあちゃんと一緒にいる時間が多く、その間にいろんな話をした私たちは、いつの間にか本当の祖母と孫みたいな関係になっていた。
だからこそ、蒔田のおばあちゃんの変わりようは、お父さんと同じくらい、私に不穏な印象を与えたのだ。
お葬式が終わった数日後、たまたま道で蒔田のおばあちゃんに会った時、おばあちゃんは何とも申し訳なさそうな顔で私を抱きしめ、かわいそうに、と何度もつぶやき続けた。
一年前に流したばかりなのに、よりによって深夜子さんとは、かわいそうに。
おばあちゃんはなぜかお祭りのことを思い出し、何かつぶやいていたけれど、それよりも私には、おばあちゃんの心底申し訳なさそうなまなざしが、不快でたまらなかった。
その後も、おばあちゃんと会うたびに、おばちゃんは何とも言えない顔で私を見つめた。でも他の大人と違って、おばあちゃんは必要以上に私に優しくしようとはしなかった。それどころか、おばあちゃんは私を家に入れてくれなくなった。
今までのおばあちゃんとの変わりようは、私の心に深く傷をつけた。

立て続けに起こる変化に耐えられなくなった私は、教会へ足を運ぶようになった。
町の子供たちはみんなあそこが好きだった。男子は神父様の趣味だった昆虫の標本目当てに、女子たちはアグネスさんの入れる紅茶やブルーベリー目当てに、あそこへ足しげく通っていた。けれどそれまでの私は、たまにブルーベリーを貰いに行くくらいで、あまり寄り付かなかった。
教会へ行くより家に帰ってお父さんの仕事を眺めたり、お母さんとお菓子を作ったりする方が楽しかったっていうのもあったけれど、私はあそこにいるもう一人のシスターが苦手だったのだ。
シスター・ヘレナ。
子供たちの輪に入って彼らを喜ばせようとする神父様やアグネスさんと違って、ヘレナさんは庭の隅で本を読んだり庭いじりをしたりといつも一人でいて、どこか陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
そんなだからほかの子供たちからも人気はなかったけれど、私ほど、彼女を避けてはいなかった。
私は、あの人のもつ美しさが、怖くてたまらなかったのだ。
あの人は、私が今まで見たなかで最も綺麗な女性だった。その意見は、大人になった今でも変わらない。
けれどそのあまりの美しさが、私に恐怖を感じさせていた。どこか怪しげで、不気味なものに思えてしまったのだ。
けれど、おばあちゃんの態度に不安を覚えた私は、あの日、なぜか教会へ向かった。どうして行こうと思ったのか、私にもわからない。
その日、教会に入った私を出迎えたのは、ヘレナさんだった。神父様とアグネスさんは、買い出しへ行っていた。
ヘレナさんと二人きりという状況に、私が固まってしまった時だった。
「あなたがここへ来てくれるのは、なんだかとても久しぶりな気がしますね」
ヘレナさんはなぜか、とても申し訳なさそうに、私に言った。まるで私の顔色をうかがうようなその態度は、私の知るヘレナさんとは似ても似つかないものだった。
ヘレナさんが他人と話している場面を見ることはあまりなかったけれど、私が知る限り、神父様やアグネスさん、時折勇気を出して話しかけに言った子供たちに対して、ヘレナさんは決まって横柄な態度をとっていた。煩わしそうにしながら高圧的な態度をとっている印象が強かったからこそ、私に気を遣うようにして接してきた彼女の姿に、拍子抜けしてしまったのを覚えている。
ヘレナさんに現れた変化があまりに意外過ぎるものだったせいで、私は怖いという感情を抱くことすらなく、ただ呆気にとられていた。そんな私をよそに、ヘレナさんは紅茶を持ってきて、庭のベンチに座るよう、私を促した。
まさかヘレナさんにそんな風にされるなんて思わなかった私は、何が何だかわからないまま、彼女の入れた紅茶をちまちまと飲んでいた。
しばらく、気まずい沈黙が流れた。
口火を切ったのはヘレナさんだった。

「この間、ふと昔のことを思い出したんです」

とても寂しそうな声で、ヘレナさんは突然話し出した。
「私には、昔とても好きだった人がいました」
ちらとヘレナさんを見ると、彼女はとても遠い目をしていた。
「私はその方を、深く、深く愛していました。その方のためなら、自分の身など惜しくないくらいに、深く…」
「お別れしちゃったの?」
私は思わず聞いてしまった。
「ええ」
「どうして?」
「亡くなったんです」
私は言葉に詰まってしまった。ヘレナさんの言葉を聞いた途端、お母さんの姿が脳裏をよぎったからだ。
「計り知れない喪失というのは、心に大きな穴をあけてしまうものです。昨日と同じ月も、同じ食事も、同じ金木犀の香りも、そのすべてが、昨日とはまるで違ったもののように思えてしまいました。まるで、周囲の全てが、時計の針をうんとまわした先の世界に行ってしまったようでした。私一人、あの人が死んだ日に置いてけぼりを食らっているような、そんな気分で。だけど私は、それでよかった。あの人を亡くした未来に存在するより、あの人が亡くなった日にとどまり、朽ちていくほうがいいと、そう思ったんです」
ヘレナさんはそれだけ言うと、遠い目で沈みゆく夕日を仰ぎ、黙ってしまった。
彼女の大切な人がどんな人だったのか、それがいつのことなのか、なぜ、関りのなかった私にそんな話をしてくれたのか、それはわからない。
ただ、あの日から私は、ヘレナさんの前でうんと自分の家の話をするようになった。それは、クラスメイトや近所の人たちにするものとは全く違った。
お父さんとの会話が無くなってしまったこと。お父さんの笑顔が消えてしまったこと。そして、お母さんがいたころの幸せな日々のこと。
ヘレナさんの前でだけは、私はお母さんの死を現実のこととして、嘘偽りなく話すことができた。
私はヘレナさんを、自分と同じ仲間だと、どこかで思っていたのだ。大切な人を亡くした日に、いつまでも取り残されてしまっている、哀れでか弱い仲間だと。
ヘレナさんとのそんな時間は、もちろん生まれて初めてだったけれど、私はその『変化』に恐怖を抱くどころか、嬉しいものとして受けいれていた。
それだけ、私は彼女と話す時間に、癒されていたのだと思う。
外の世界での演技を重ねれば重ねるほど、そこで生じたひずみが、重く私の心にのしかかってきた。
そんな重荷から解放されるのは、ヘレナさんと話しているときだけだった。
彼女は口をはさむことなく、私の話を聞いてくれた。
それが、表と裏の間で生じたひずみに蝕まれていた私を、どれだけ救ってくれたことか。

けれど、外の世界で起こる変化はお構いなしに続いていき、収まる気配は一向なかった。
その責任を、私はヘレナさんに擦り付けるようになっていった。
ヘレナさんと過ごす日々が心地よすぎるせいで、外の世界での演技に支障をきたしているのでは?
だから明るい美夜子ちゃんをうまく演じきれず、周りの人たちの変化を食い止めることができていないのでは?
そんな疑念が、心の中で渦巻くようになっていった。
だからといって私は、ヘレナさんとのかかわりを断つことはできなかった。
唯一素の状態で話すことのできるヘレナさんとの関係を断ってしまえば、それこそ私は壊れてしまうと、そう思っていたから…。


続く


あとがき

読んでくれた方ありがとうございます。
しれっとタイトル変えてますw
元ネタは和泉式部の歌です。
美夜子編がくっそ長くなってしまったので、読んでくれてる方の気を滅入らせないために小分けにして投稿してきます。
全体で見たらまだ序盤の序盤なんですが(えっ…

これからも読んでねー

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