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【ミステリーレビュー】名探偵の証明/市川哲也(2013)

名探偵の証明/市川哲也

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第23回鮎川哲也賞を受賞した、市川哲也のデビュー作。

かつて、一世を風靡した名探偵・屋敷啓次郎。
とある事件で傷を負い、表舞台から姿を消した彼は、今では開店休業状態でじり貧の老探偵となっていた。
現役時代の相棒だった元刑事・竜人の手引きにより、再起にかける屋敷は、アイドル的な人気を誇る天才探偵・蜜柑花子と対決する形で、資産家一家に届いた脅迫状の謎に挑むことになる。

"名探偵"という生き方にスポットライトを当てる作品も増えてきた感はあるが、かつて名探偵だった男が、推理力が衰え、体のキレもなくなり、デジタル社会についていけず……と、平凡な老人として描かれているのは新鮮だった。
行くところ、行くところで事件に巻き込まれる死神体質についてはフィクション感が強いものの、それを前提としたときに、家族からは距離を置かれ、警察からは煙たがられ、相棒の刑事も組織内で浮いた存在になる、という設定は妙にリアリティがある。
事件の内容よりも、ミステリーの世界における名探偵の隠された苦悩と向き合うことこそ、本作のテーマなのだろう。

メインとなる脅迫状に端を発した殺人事件に加え、屋敷の死神体質や名探偵っぷりを示すためのエピソードも挿入されるが、全体的にミステリーとしてのインパクトは弱い。
派手そうな事件は、詳細なトリックが語られなかったり、メインの事件にしても、もうひとつ爽快感がほしいところか。
オチについても、ライトなエンタメ作品と思って読んでいると尾を引きそう。
三部作ということだが、続きを読みたいような、読みたくないような。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


個人的には、一番落としてほしくないところに落ちたな、といったところ。
屋敷にはずっと死の匂いが漂っていたので、覚悟はしていた。
とはいえ、調査した事件とはまったく関係ないところで、"探偵がいるから事件が起きる"というトンデモ動機で刺されて終わりでは、探偵としての再起を期待していた読者にとっては、あまりにむご過ぎる。
作者からすれば、事件が起きるのは探偵が悪い、という理不尽な批判に曝されるのも"名探偵の宿命"として書いていると見受けられるものの、その価値観を共有するには至らず。
いささか唐突に感じてしまったかな。

事件の中身についても、少しふわっとしている。
読み進めれば、きちんと意味がある演出であったことはわかるとはいえ、期待していた高度な推理合戦には進展せず、お互いキレの悪さを露呈したまま。
メタ要素が強いだけに、どちらかがミスリードに引っかかって、もう片方がそれを看破して、しかし真相は別にある……というありがちな構成にしたくなかったのかもしれないが、名探偵が二人いる意味が結果として薄れてしまった印象だ。
深読みするとしたら、事件の顛末を語る匿名掲示板の書き込み。
これを、真犯人が書き込んでいるとしたら、闇が深くてゾクゾクするな、と思うのだけれど、演出以外の意図もあるのだろうか。

読みやすいタッチの文章で、セオリーを崩していく実験性の高い作風。
チャレンジ精神溢れた意欲作であることは間違いなく、各々が持つ"名探偵"の哲学によって賛否両論分かれそうだ。
第二弾以降は、蜜柑が主人公となるらしい。
毛色はガラっと変わる部分もありそうだが、屋敷はこれでお役御免なのだろうか。
迷いなく活躍する彼の姿も見てみたかった。

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