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【メモ】『あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた(Alanna Collen (原著), 矢野 真千子 (翻訳))』

プロローグ 回復はしたけれど

序章 人体の九〇%は微生物でできている

私たちは微生物と共に進化した

人体は微生物生態系に満ちている

第1章 二一世紀の病気

健康向上に寄与した四つのイノベーション

ヒトにとって「ふつう」でないことの急増

二一世紀病を疫学的に問うてみる

第2章 あらゆる病気は腸からはじまる

カロリー計算で体重コントロールはできない

微生物が引き起こす消化器系のトラブル

エネルギーをどう吸収するか

エネルギーをどう貯蔵するか

第3章 心を操る微生物

遅発性自閉症のきっかけ

遅発性自閉症のきっかけエレン・ボルトにはすでに三人の子がいた。一九九二年二月、四番目の子どもアンドルーが、コネチカット州ブリッジポートで生まれた。アンドルーは姉のエリンと二人の兄と同じように健康体で生まれてきて、あらゆる面で標準的に育っていた。生後一五か月検診で小児科医を訪れたときも、何の問題もないように見えた。だが医者は、アンドルーの耳を覗きこみ、滲出液がたまっているのを見つけた。耳に感染症ができているから抗生物質で治療する必要があるという。「熱もないし、いつもどおり飲食して遊んでいたので、びっくりしました」とエレンは言う。一〇日間の抗生物質による治療後の再診で、滲出液はまだ消えていなかった。こんどは別の種類の抗生物質を一〇日間、処方された。治療期間が終わり、アンドル
ーの耳はきれいになった。
 だがこの治癒は一時的で、再発をくり返した。アンドルーは三クール目、四クール目の抗生物質治療を受けた。 毎回、種類の異なる細菌グループを標的とする種類の異なる抗生物質が投与された。この段階で、エレンはこれ以上薬を使うことに疑問を感じた。 息子には不快感があるようにも、聴覚に問題があるようにも見られなかったからだ。だが医者は、「万一のことがあってはいけないから、抗生物質の投与を続けましょう」と言って譲らなかった。エレンは言われたとおりにした。このころ息子の下痢がはじまった。
下痢は抗生物質のよくある副作用の一つだ。医者は下痢のことには気を留めず、感染症を根絶しようとさらに三〇日間の抗生物質治療を続けた。
 この最後の治療期間中に、アンドルーのふるまいが変わった。 最初はちょっと酔っぱらったような感じで、にこにこと、よろめきながら歩いた。「ほろ酔いした人のようでした」とエレンは言う。「息子の姿を夫と笑いながら眺めて、こんどのパーティーであの子に抗生物質を飲ませて、みんなで盛り上がろうか、なんて冗談を言い合うほどでした。 これまで続いていた耳の痛みが消えて喜んでいるのかもしれない、と勝手にいいように解釈していたんです」。だが、ほろ酔いは長続きせず、一週間後にアンドルーは人が変
わった。不機嫌に引きこもっていたかと思うと、とつぜん怒り出し、 一日じゅう叫び声を上げる。「抗生物質で治療する前まであの子は何ともなかったのに、逆に重症の病気になってしまったんです」。 アンドルーには消化器系の症状がほかにも出てくるようになった。下痢が止まらず、大量の粘液と、未消化の食べ物が出てきた。
 アンドルーのふるまいは悪化した。 「どんどんおかしくなっていったんです。 つま先で歩いたり、私と目を合わそうとしなくなったり。 以前は話していた言葉を話さなくなり、名前を呼んでも返事をしなくなり、まるで別人になってしまいました」。両親はアンドルーを耳の専門医に診せた。 専門医は小さな管で耳の中の液体を抜き、耳の感染症は治っているので牛乳を飲ませるのをやめるといいと助言した。このときの診察でアンドルーの耳はきれいになっていたので、 エレンは胸をなでおろした。耳が治ったのだから
ふるまいもそのうち元に戻るはずだと彼女は思った。だが、そうはならなかった。
 アンドルーの消化器症状はどんどん悪くなり、体重は年齢相応だったが、手足は痩せて腹だけ膨らんできた。 ふるまいはさらにおかしくなった。 ひざを曲げずにつま先立ちで歩く。 部屋のドアのところに立ったまま、半時間も電気のスイッチを入れたり切ったりする。鍋やふたなどモノには異常に執着するのに、ほかの子どもには関心を示さない。なにより、甲高い叫び声を上げる。両親は困りきって、医者から医者へとアンドルーを診せて回った。アンドルーは二歳一か月で自閉症と診断された。
 アンドルーがそう診断されたころ、エレンをはじめとする多くの人にとって自閉症のイメージは、一九八八年の映画『レインマン』でダスティン・ホフマンが演じた自閉症の主人公レイモンドだけだった。ホフマン演ずるレイモンドは、社会生活を送ることが極度に困難で、日々の決まりきった行動をくり返す一方、記憶力が抜群で、何年も前の野球リーグのデータをすべて思い出せる。 レイモンドは障害を負いつつ特異な才能を有する 「自閉症サヴァン」だった。だが、音楽や数学、美術に特異な能力を発揮する、メデ
ィアが好んでとりあげるような自閉症サヴァンはごく少数だ。自閉症というのは幅広い症状を包括した呼称であり、平均または平均以上の知力を有するアスペルガー症候群から、学習が困難な重度の自閉症までを含む。アンドルーは後者だった。

短鎖脂肪酸の役割

この小さな分子はラットの脳をハイジャックし、宿主に異常な行動をさせていた。プロピオン酸は、ラットの脳に与えたのと同じようなダメージを自閉症患者の脳にも与えていたのだろうか。その疑問を解くため、マクフェイブの研究チームはラットの脳と、検死解剖された自閉症患者の脳を比べた。その結果、どちらの脳にも免疫細胞が大量にあることが確認された。 統合失調症や多動性障害の場合と同じく、やはり炎症の痕跡があったのだ。

第4章 利己的な微生物 

アレルギーを説明する「衛生仮説」の不備

ホロゲノム進化論

「旧友仮説」に書き換える

腸の透過性が上がるという現象

第5章 微生物世界の果てしなき戦い

無数の命を救ってきた薬

 エリンは、八週間の抗生物質治療を受けているあいだに自閉症が改善した弟および他の一一人の自閉症児の腸内で何が起こっていたのかを知ろうとしている。また、自閉症児の食事から特定の食品を除くと症状が改善するという親たちからの報告を受け、その理由をも解明しようとしている。自閉症児の腸に抗生物質を投与したとき、グルテン(小麦粉に含まれる蛋白質)やカゼイン(牛乳に含まれる蛋白質)を加えたとき、そのマイクロバイオータにどんな変化が起こるのかを知るために、エリンはロボガットを活用している。 抗生物質で自閉症の症状が改善するというのなら、ロボガットに同じ薬を入れてみて、どんな代謝生成物が減っているのかを調べればいい。 パン製品を食べると症状が悪化するというのなら、ロボガットにグルテンを入れてみて、どんな代謝生成物が増えているのかを見ればいい。
 エリンの実験は、自閉症のみならずさまざまな神経精神医学的な症状とマイクロバイオータの関係を理解していくうえでの土台となるだろう。彼女の母、エレンは親としての役割を超えて、持ち前の論理的思考で複雑な病気を解きほぐし、これまでだれも耳を貸さなかったアイデアに道を切り開いた。

抗生物質が微生物集団の構成を変える

抗菌剤入り製品への懸念

 匂いを産生する細菌を取り除くか覆い隠すかしようとして、体を洗って脱臭スプレーをすると、皮膚のマイクロバイオータが変わる。 アンモニア酸化細菌はとりわけデリケートで、ふたたび繁殖するまでに時間がかかる。この細菌は日々浴びせられる化学物質の影響を受けやすい。ホイットルックによると、アンモニア酸化細菌が不在だと困るのは、汗に含まれるアンモニアが亜硝酸塩と一酸化窒素に変換されないことだという。亜硝酸塩と一酸化窒素は、ヒト細胞の活動を調整するだけでかなく皮膚の微生物を抑制する働
きをしている。一酸化窒素がないと汗を餌にしているコリネバクテリウムとブドウ球菌が野放しになる。とくにコリネバクテリウムの増えすぎは不快な体臭の原因になりやすい。
 皮肉なことに、私たちが匂いを抑えるためによかれと思ってしていることが悪循環を引き起こす。石鹸と脱臭剤はアンモニア酸化細菌を殺す。 アンモニア酸化細菌がいなくなると皮膚のマイクロバイオータが乱れる。マイクロバイオータの組成比が変わると汗がいやな匂いを発するようになる。私たちはその匂いを消そうと、また石鹸で洗い、脱臭剤を使う。この無限ループを断ち切るために、アンモニア酸化細菌(AOB)を補充しようというのがAOバイオーム社の提案である。
アンモニア酸化細菌を補充するのが目的なら、日々、泥の中で転げまわったり汚れていない天然水に浸かったりすればいいのだろうが、現代生活でそれをするのはむずかしい。そのかわり、「AO+リフレッシュ・コスメティック・ミスト」を毎日スプレーすればいい、とホイットルックとAOバイオーム社のチームは言う。この製品は見た目も匂いも味も水と変わらないが、生きたニトロソモナス・ユーロピアー土壌で培養されたアンモニア酸化細菌の一種―が加えられている。この製品はいまのところ医薬品ではなく化粧品として売られているので、効用を証明する必要はない。彼らは効用を証明するのをつぎなる目標と定め、パイロット試験を実施した。 その試験に参加したボランティアたちは、プラセボ群に比べて肌の見た目やなめらかさ、ハリが向上したと報告している。
 体を洗わない辺地の人々からは、体臭はもちろん、都会人が好む花の香りや石鹸の香りも匂ってこない。それと同じように、AO+の試験に参加したボランティアの多くは、自然のままの自分の匂いが、自分にとっても他人にとっても心地よいことに気づいたという。AOバイオームを設立したデイヴィッド・ホイットルック自身も、この一二年間いちども体を洗っていない。それでも彼から体臭は匂ってこない。 AOバイオーム社のチーム員の多くもボディソープや脱臭剤を使わなくなったという。彼らの大半は体を洗うのは週に二、三回でいいと答え、なかには年に二、三回で充分という人までいる。
 石鹸で洗わない、もしくは洗う頻度を落とすというのは、一般の人には受け入れがたい考え方だろう。私自身、それは現実離れしていると感じた。私たちの社会では、毎日石鹸で体を洗っていないなどと言おうものなら白い目で見られる。しかし、ホモサピエンスの歴史において二五万年ものあいだ石鹸なしですませておきながら、いまになってとつぜん毎日石鹸を使ってシャワーを浴びなければ生きていけないと思うほうが、よっぽど現実離れしている。
 抗生物質と同様、抗菌剤には役に立つべき場所がある。しかし、あなたの体はそれらが役に立つべき場所ではない。私たちはすでに微生物に対抗するための防御システムをもっている。それは免疫系と呼ばれている。私たちはこの免疫系を活用すべきなのだ。

第6章 あなたはあなたの微生物が食べたものでできている

栄養摂取の複雑なプロセス

微生物に必要な餌をやり忘れていないか

食物不耐症の謎

第7章 産声を上げたときから

産道にいる微生物

母乳の中にいる微生物

マイクロバイオームの驚くべき順応性

二地域の子どもの食事を改めて比べてみると、 摂取量が明らかに違う栄養成分が見つかる。それは食物繊維だ。ブルキナファソの食事に大きな割合を占めている野菜、穀類、豆類はどれも繊維質を多く含んでいる。 二歳から六歳までのイタリアの子どもが食事で摂取する食物繊維は二%に満たない。 ブルキナファソでは三倍以上の六・五%である。
 過去数十年の先進国における栄養摂取の統計を眺め直すと、同じ傾向が浮かび上がる。 イギリスの成人は、一九四〇年代に一日およそ七〇グラムの食物繊維を摂取していたが、いまでは二〇グラムに落ちこんだ。私たちはどんどん野菜を食べなくなっているようだ。一九四二年には、食料供給が限られていた戦時中だったにもかかわらず、現在のほぼ二倍の野菜を食べていた。ブロッコリーやホウレン など新鮮な緑の野菜の摂取量は減少する一方で、この傾向が止まる兆しは見えない。典型的な一日の食事でとる新鮮な緑の野菜は一九四〇年代に七〇グラムだったが、二〇〇〇年代には二七グラムだ。食物繊維に富む豆類穀類(パンを含む)、ジャガイモも一九四〇年代以降は減っている。とにかく、私たちは以前よりも植物性食品を食べなくなっている。
 ブルキナファソの子どもたちのマイクロバイオームを遺伝子解析すると、プレボテラ属とキシラニバクテル属の細菌が七五%という高い割合で見つかる。この両グループの細菌には、植物の細胞壁を形成しているキシランとセルロースを分解する酵素をつくる遺伝子がある。 ブルキナファソの子どもはプレボテラとキシラニバクテルを腸に棲まわせているおかげで、食事の大半を占める穀類や豆類、野菜から、より多くの栄養を引き出すことができる。

第8章 微生物生態系を修復する

微生物は補助食品として補充できるのか

 微生物とチームを組めば、その時点で手に入る食べ物を精一杯利用できる。私たちの祖先はその時々に微生物と協働して、収穫期には食物繊維でできたご馳走を、狩りに成功したときには肉の塊を最大限に利用してきたというわけだ。 この方法は、異例なものを食べる集団にはとりわけ役に立つ。 たとえば、寿司好きの日本人にとって海苔は食生活の大きな部分を占める。日本人の多 くは、海藻に含まれる炭水化物を分解するポルフィラナーゼという酵素をつくる遺伝子を持つ細菌(バクテロイデス・プレビウス)を腸内に棲まわせている。

日本人の腸内にいるバクテロイデス・プレビウスは 、過 去のいつかの時でゾベリア・ガラクタニボランスの遺伝子を盗み取ったようだ。思うに、私たちが多種多様な食 べ物か栄養を摂取するのを可能にしている微生物や微生物遺伝子の多くは、当初はその食べ物に共生していた菌に由来するものなのかもしれない。ヒトはウシを飼うようになって二重の利益を得たと言う人もいる食肉と乳だけでなく、ウシの腸に棲んでいた繊維分解型の微生物まで得ることができたというのだ。

他人の糞便を分けてもらう

とくに子どもの動物がうれしそうに糞を食べているのを見て、飼育員はしばしば当惑する。 動物園におけるこの行動は「暇だから」と解釈されることが多い。体を揺すったり、歩き回ったり、とりつかれたように毛づくろいする行動と同類だと思われがちなのだ。だが、 自閉症やトゥーレット症候群、強迫性障害の患者を診ている精神科医なら、こうした行動に自分の患者と動物園の動物の共通点を見るかもしれない。糞便を食べたりなすりつけたりすることに強い興味を示す兆候は、重症の自閉症児や統合失調症、強迫性
障害の患者にも見られる。フロイト派なら、動物であれ人間であれこうした食糞行動や反復行動の理由を、親との疎遠、あるいは性的欲求不満で説明するだろう。だが、生理学的な解釈はもっと微生物寄りだ。 反復行動を生じさせているマイクロバイオータの不具合を元に戻すには、より健康な他の個体の糞を食べるのが近道だ。つまり、食糞は異常行動でも何でもなく、病んだ動物が自分のディスバイオシスを正すための適応行動だと考えられる。
 ためしに動物園のチンパンジーに繊維質の葉を餌として与えると、食糞行動が減るという。だが、よく見ると、チンパンジーは葉を食べておらず、しゃぶったり、舌の下にしまいこんだりしているというのだ。
これは単なる推測だが、チンパンジーは、その葉についている共生菌を唾液にからめて吸っているのではないだろうか。そうすることで、自身のマイクロバイオータにその細菌の「苗」またはその遺伝子をとりこんで、食料を消化するときの助けにしようとしているのかもしれない。 第6章で説明した、日本人が海藻の共生菌の遺伝子を含むマイクロバイオータをもっているのと同じ仕組みである。

理想のドナーを求めて

 再発性のクロストリジウム・ディフィシルに抗生物質を投与しても、治 癒 率は三〇%にとどまる 。
感染症は毎年一〇〇万人以上の患者を出し、数万人から数十万人を死亡させている 、一度の糞便移植による治癒率は八〇%だ。最初の移植後に再発した場合(ペギーもそうだ った)、二度目の移植をすと治癒率は九五%まで上がる。外科手術なしの一回の治療で、薬も使わず数百ドルの費用でこれだけ高
成功率を達成できるのは、同じように命にかかわるほかの病気では考えられないことだ。

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