見出し画像

蒸れたモンステラ 【短編小説】

現代詩手帖に応募して落選し、昨日文学フリマで配布したフリーペーパーに掲載した作品です。
モンステラは南国の観葉植物です。

 谷底にひっそりとある講堂に珍しく客人がある。少女と言うには大人びた、しかしまだ十五かそこらの娘が、数段の階段を上り、大理石の柱廊を歩いて行く。
 風吹きすさぶこの古ぼけた建造物は、古代の神殿が川上の山から流されてきて安座したのだとも、ここら一帯を治めていた領主が建てた別荘跡だとも言われている。

 回廊に立ち並ぶエンタシスの強調された柱の間には、娘より背の高いガラスケースが無秩序に置かれている。結露して曇ったガラスの中で、こんもり茂ったモンステラが蒸れている。暗く暴力的な熱帯の緑。

 娘はガラスと柱の間をすり抜け、柱廊が取り囲む吹き抜けのフロアへ躍り出る。一段下がった床も大理石でできておりマーブル模様を誇示しているが、天井のない頭上に雲の厚く垂れ込め光を遮るので、その空模様を写し取ったようにも見える。

 突き当たりにココアの自販機。娘は備え付けの紙コップをセットし、蛍光緑に光るボタンを押す。まず細かな氷の滝が落ち、そこへ左右からお湯と原液が等しく注がれる。程よく氷が溶け、原液は薄まり、カップを揺らすことで味が均一になる。
 娘は自販機横の椅子で薄いココアを飲む。肘掛付きの一人用椅子は、強いクッション性で彼女を包み込む。赤と灰色のストライプ生地に埋もれた彼女はさながら女王の如く、悠々と紙コップを傾ける。

 突然大粒の雨が降ってきた。漆黒の蝙蝠傘は椅子の下に。娘は傘を広げ、平然と構えている。ココアを飲み干し、残った氷も音を立てて齧る。

 空よりも床の方が明るく輝いている。雨はマーブル模様の上で複雑なステップで踊る。娘はそれに目を落とし、冷えすぎた腹をさすっている。蒸れたモンステラがガラスの内側で伸びていく。

この記事が参加している募集

私の作品紹介

最後まで読んで頂きありがとうございます。サポートは本代や映画代の足しにさせて頂きます。気に入って頂けましたらよろしくお願いします◎