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八ツ橋村 6/6


【解決編】
 ホームスの働きもあり、幸にして原賀減太と飯尾来栖は一命を取り留めた。
 そして、その翌日の晩、再び原賀家の広間に事件関係者達が集められた。
 広間に顔を揃えたのは、原賀減太、原賀辰也、屋良世手代、飯尾九央、飯尾久枝、飯尾来栖、薮医師、口部田弁護士、そして、万画一道寸の9名、勿論この中に犯人がいる。

 病み上がりのうえ、ヘルニアを抱える減太は奥に布団を敷いて横たわった状態。来栖は両親に抱えられて力無く無表情で寄り掛かっていた。
 事件の経過報告が小泥木警部からなされた後、未だ容疑者リストに名前を連ねてはいるものの、ここは万画一探偵が便宜上、事件の解明を披露することになった。
「先ずは、『アジの干物』で自殺未遂を行ったと見られるお二人、原賀減太氏と飯尾来栖さん」
 ここで、万画一はチラッと飯尾夫妻の様子を垣間見る。二人共憔悴した表情だ。
「お二人は恋仲だったらしいですね。あそこの『アジの干物』で以前から逢瀬をしていた。あの倉庫は濃茶の婆が管理してましたから、来栖さん、あなたが生菓子を婆さんにお渡ししたのですね?」
「ええ、口止めとかそんな意味では無く、お礼のつもりでした」来栖の言葉には力がない。
「そうですか、濃茶の婆はあなたから頂いた生菓子を運悪く喉に詰まらせて亡くなられた様です」
「来栖に罪は有りませんよね」と九央が必死な形相で尋ねる。
「ええ、それは大丈夫です。喉に餅を詰まらせて殺害する、それは、例え、悪意があったとしても、殺人にはなりません。お二人共、アリバイも確かですから」
「良かった」九央はホッとする。
「ご両親は来栖さんの恋愛には反対されてたのですか?」
「あ、いや、私は、そうでもないのですが、家内が反対してたものですから……」
「減太氏は原賀家の存続を諦めていたそうです。和尚さんから辰也氏の存在を聞くまでは」
 万画一の言葉の後、久枝が顔を上げて静かに話し出した。
「私は、もし、原賀家が事業を撤廃するのなら、二人の交際を許そうと思ってました。でも、辰也さんの登場で、一気に話は立ち消えになってしまいました。それで、私は思い余って、あんな事を……」
「あんな事と申しますと?」小泥木警部が尋ねる。
「辰也氏を拉致して監禁したのですよ。空き蔵の中へ。そして、遺産相続を放棄して帰れと脅しつけた」
「えーっ、あれはあなたでしたか!」辰也が驚きの声を出す。
「私の責任です。すみません」九央が頭を下げた。
「九央さん、あなたも辰也さんの拉致事件に関与しているのですか?」
「いや、警部さん、九央さんは後で知ったのですよ。その時、九央さんは……」
「何ですか?」
「あ、いや、これはまた後で言いますよ」
 と、万画一は言葉を濁したが、
「私と会っていたのよ」
 そう言ったのは、屋良世手代だった。
「なんですと!」警部が反応する。
「ま、ま、警部さん、ここはそれを追求するのは、よしましょう。それより、話を先に続けます」
「そうですか、じゃ、まあ、お願いします」
「はい、でも、世手代さん、あなたはそもそも、原賀家と飯尾家、両方に入り込もうと策略してこの村に来ましたね」
「な、何を根拠に……」
「いやね、僕がこの村に来た理由が二つありましてね。一つは辰也氏に無事、遺産相続が行われること、もう一つは殺人事件が起こる可能性があるので、もしそうなったら事件を解明して欲しいというものでした」
 世手代を始め、一同は首を傾げる。何故そんなことを事前に予知出来たのか?
「依頼者はこの私です」
 口部田弁護士が自ら名乗って進み出た。
 フン、世手代はソッポを向く。
「遺産相続は先代の減太氏、または遡ること先先代の時代から原賀家から頼まれていました事です。ですからその責務として申し上げました。しかし、ある事情を知り、私は何かしらの危機を感じまして、万画一探偵にお願いしたのです」
「何かしらの危機とは?」小泥木警部が身体を乗り出す。
 万画一は言う。
「世手代さん。口部田弁護士はあなたの実のお父さんですね」
「何だって!」
 その場にいた者の殆どが、その事実に驚き、口をあんぐりと開ける。
 口部田弁護士は静かに話し出した。
「もう三十年近く昔の事です。私がある飲み屋で知り合った女、名前を屋良シーナと言います。当時、私は女房がいた訳ですが、シーナと、その、何て言うか、そういう男女の関係になってしまいまして、シーナは女児を儲けたのです。それが、そこにいる世手代でございます」
 一同が一斉に世手代を見る。世手代はさらに不貞腐れた態度を取る。
「アレは悪い女でした。私は出産した事を知らずに後から散々金を搾り取られました。もちろん私も自分の子ならと養育費を渡すのにやぶさかではありません。しかし、シーナは私を娘に会わせようとはせず、金だけを要求するのです。そして私は人を雇って密かに世手代の存在を調べさせました。もう何年にも渡って世手代の事は知っております。この娘も母親の影響でどんどん悪の道に手を染めて行きました。学生時代は非行で万引、売春、詐欺と金目当てに悪の道に入って行くのを、私はただ、歯軋りしながら見ているだけでした。そんな世手代が今度はこの村にいるという情報を聞き、私は不安を覚えました。必ずや財産目的であるに違いないと、そう思わざるを得ませんでした。ことは遺産争いです。殺人事件も起こりかねないと思った私は、辰也さんの護衛とともに、もしも事件が起こった場合、それを解明して頂きたくて、万画一探偵にお願いした次第であります」
 一同は口部田弁護士の話に耳を傾けていた。話終わった後も、黙ってその場の成り行きを見守っていた。
「バカな話をしてるんじゃないわよ!」
 いきり立ったのはやはり世手代だった。
「私は殺人なんてしてないわよ。そうでしょ、警部さん」
「あ、あの、バッグの革紐なんですが」
 小泥木警部は村長殺害に使われた革紐が世手代のバッグの革紐ではないかと目を付け、ニコラス刑事に調べさせていたのだ。
「ニコラス刑事、どうでした?」
「はい、革紐のサイズ、幅、材質はほぼ当て嵌まる様ですが、ベルトの方に村長の体毛や皮下組織が付着してるかどうかなどを調べるには、本庁に持って帰らないことにははっきりしませんので……」
「なるほど、では、疑わしい状況であることには変わらんという事ですな」
「フン、勝手にするがいいわ!」
 世手代は終始、不貞腐れた態度でいた。
「世手代さんは、昨日の午後はずっと、九央さんとご一緒だったのですか?」万画一が尋ねる。
「ずっとじゃないわよ。夕方からはあの人が現れて、こんこんとつまらない話をされたわ」
 世手代は口部田弁護士を指さす。
「村長が殺害された時刻は午後の四時から五時までの間と推定されています。昨夜の聴取調査では、誰一人として、確固たるアリバイがありません。これは自殺未遂を起こした減太さんと来栖さんも同じです」と、ニコラス刑事が報告する。
「つまり、皆さん全員に容疑がかかっておる訳です」小泥木警部がひと睨みする。
「そこで皆さんにお願いです」万画一が立ち上がる。
「村長殺しの犯行に使われた革ベルトを今、捜査陣が捜索している訳ですが、今ここで、皆さんがベルトを着けているかどうかを確認したいのです。先ずは僕ですが、この通り袴姿ですので、革のベルトはしておりません」
 この後、一人づつ順次ベルトの装着を確認して行った。その結果、九央と口部田弁護士がベルトをしていたが、それは革製ではなく布製のもので、幅も違っていた。後の者、減太、辰也、世手代、久枝、来栖、薮医師は何れもベルトは装着していなかった。
「だけど、万画一さん、今、していなくても、事件は昨日の事ですから、隠したり、棄てたり、何とでもなるのじゃないですか?」
「九央さん、仰る通りです。だから今、そっちの方は他の捜査官が捜索していますよ」
「見つかると良いですね」
「いや、見つかりませんよ」
「えっ? 何故ですか?」
 皆は驚く。
「ホームス、持って来てごらん」
 万画一が合図を送ると、部屋の隅からホームスが現れた。口にしっかりと革のベルトを咥えている。
 万画一はその革ベルトをホームスから受け取ると、それを持ち上げた。
「僕はこれを前に一度目にしたのですよ。おそらく、犯人はこの場にこのベルトを装着しては来ないと予測したので、密かにホームスに調べさせていたんですよ。これは後でニコラス刑事に調査して頂きますが、おそらく村長殺しの凶器に間違いないでしょう」
「万画一さん、それはどこから持って来たんですか? 一体誰が犯人なんです?」

 そこで万画一探偵は焦らす様に一同を見回した後、その中の一人を指差し、
「あなたが犯人ですね」と言った。


【辰也】
 全く、この村へ来てからロクなことがない。着いたそうそう、頭のおかしな婆あに「あたりじゃ〜」なんて言われて追いかけられるわ、双子の兄は太ったヘルニア男だし、色っぽい女の屋良世手代はなかなかやらせてくれないし、夜中には変な婆さん連中、守護婆様だか何だか知らないが、妖怪みたいな婆を目撃するわで、ケッタイな村だぜ。
 それからも、殺人事件が起こったり、工場は腐りかけたしけた設備だし、菓子は固くて食えないし、その上、誰かに突然拉致されて冷たいコンクリートの床の上に放置されて、遺産相続を放棄して帰れ、なんて脅迫されるし、そして、ようやく助けられて戻って来たら、今度は減太の疾走、心中事件だ。私は一人、部屋の中で散々悪態をついた。
 受け取る予定の遺産は少なくは無いが、飯尾家に比べると微々たるものだ。それほど今は両者の企業状態には開きがある。
 とっとと誰かに売り渡し、金に変えて早く島へ帰ろう、そう思った。
 しかし、減太の野郎が飯尾家のあの可愛い嬢ちゃんと恋仲だったとは、それだけでも腹が立つ!

 今朝、減太が病院から家に帰って来てから、遺産相続の手続きのための判子も捺した。
 私は一時も早く帰ってしまいたかった。
 ところが、事件解決までは足止めを食わされた。あの万画一とかいう変な探偵が、今晩事件関係者は原賀家の広間に集まってくれ、なんて言うから、仕方がなかった。
 そこでもまた驚きがあった、私を拉致して脅迫した犯人はあの優しいと思ってた飯尾久枝だった。人は分からないものだ。それから口部田弁護士が屋良世手代の父親だったなんて、まさかだよな。
 世手代は昔から相当な悪党だったという。革ベルトも持っていた事だし、これで、犯人は屋良世手代に決まりだろう。

 と、思っていたら、あの白猫が革ベルトを咥えて現れ、それの持ち主が犯人だと、万画一探偵が言った。そして、「あなたが犯人ですね」と一人の人物を指差したのであった。



 犯人だと指差された人物は、すぐにはそれを認めようとはしなかった。
「どうして、そう仰られるのか、とんと、合点が行きませんね」
「しらばっくれるおつもりですね」
「証拠でもあるのでしたら、それを見せて貰いましょうか?」
「ニコラス刑事、このベルトから指紋の聴取は直ぐに出来ますか?」
「ええ、指紋なら調べられます。容疑者全員の指紋も採取してありますから、それと照合すれば、ここで直ぐにでも分かるでしょう」
「ではお願いしましょうか。もし、ここからあなたの指紋が出て来た場合、この革ベルトはあなたの物です」
「万画一さん、あなたも今、それを触ってるじゃありませんか? 確かあなたも容疑者の一人でしたね。ご自分だけは何があろうと無関係だと仰るつもりですか?」
 万画一はここで、ふと、ニヤリと笑う。
「ふふ、そこからはちゃんと見えないかも知れませんが、僕は透明で薄いゴムの手袋を装着してるのですよ。ほら、この通り」
 万画一は片方のゴム手袋を剥がして顔の前でひらひらとさせた。
「因みに、昨日、僕がこの革ベルトを目にした時も、このゴム手袋を装着してましたから、僕の指紋が出て来る筈がありません。それと、おそらく、村長の指紋も着いているかも知れませんね」
 そう言われて、その人物はぐっと唇を噛み締めて押し黙った。
「では、ニコラス刑事、お願い致します」
「かしこまりました」
 ニコラス刑事は何か器具をテーブルの上に置き、指紋の照合を始めた。

 全員が沈黙する中、じりじりした時間が流れる。
犯人と名指しされた者は、額に汗を浮かべている。

 やがて、作業を終えたニコラス刑事が顔を上げて、「指紋が検出されました。それと、サイズ、材質共に村長殺害に使われた物と相違ありません」
「なるほど、村長の指紋も出ましたか?」
「はい、はっきりとここに」
「世手代さん、良かったですね。あなたの黄色いバッグの革ベルトは無実の様です」
 世手代はその時になって初めて大きく安堵のため息を吐いた。
「では、犯人の指紋は?」
 小泥木警部が先を急ぐ。
「もちろん、ぴったりと合致しました。それ以外に指紋はありません」
 犯人と名指しされた者は、もうそれ以上、行き場を失って、もはや、蒼白な顔色をしていた。
「さて、ハッキリと証拠が出ました。これで警察はあなたの逮捕状を取れますよ。さあどうしますか?
原賀辰也さん」



 そうだ、犯人は私だ。

 飯尾九央を殺してあっちの会社も乗っ取ってやるつもりだった。
 だが、葡萄酒を和尚の奴が横取りしやがった。
 だから九央には怪文書を置いて暫く様子を見る事にした。
 昨日、工場を見学した後、歩いている所を村長に声掛けられた。まさか、ひ素をグラスに入れる瞬間を見られていたとは、知らなかった。そして、犯罪者は自首しなさいと言われてしまった。だから私はズボンのベルトを使って村長を絞殺した。その後、すぐに拉致されるとは思ってもみなかったけど。
 やはり、助け出された時、おそらくは縛られたロープを外す時に万画一に革ベルトを見られていたのだな。見た目以上に抜け目のない奴だ。それと、あの白猫め!



【エピローグ・万画一】
 事件から数ヶ月が経った。
 万画一道寸は別の所用で口部田弁護士のもとを訪ねていた。
 弁護士事務所は相変わらずひっそりとしていたが、口部田弁護士は元気そうに笑顔を見せた。
 応接用の椅子に座り、向かい合うと眼鏡をかけた事務の女性がお茶を出してくれた。綺麗な色の芳醇な香りのする良いお茶だった。
「それにしても八ツ橋村の事件では万画一さんにお世話になりました。本当にありがとうございました」
「いやぁ、その節は、こちらこそお世話になりまして……、その後、村の方はいかがですか?」
「やはり、減太さんは亡くなりました。病気が回復せず、辰也さんの件も相当ショックだったみたいです」
「そうでしたか、それはお気の毒な……、と言う事は、もう原賀家は消滅してしまったという事ですか」
「はあ、原賀家としてはそうですが、焼菓子工場の方は、その後飯尾さん所の娘さん、来栖さんでしたね。あの娘が事業を継承しまして」
「えっ、そうなんですか! それは良かった」
「ええ、何でも、誰の発案かは存じませんが、マカロンやらクレープなどの新商品を開発しまして、業績を一気に上げているらしいです」
「ほう、それは素晴らしいですね」
「はい、村の観光も盛り上げようと果敢に取り組んでいるらしいです。何でも、毎月満月の夜に八人の守護婆様が村を見廻りするという言い伝えがあるそうで、その姿をカメラに収めようと観光客の映えスポットになっているらしいです」
「守護婆様と言いますと?」
「いやぁ、八ツ橋伝説の由来にも纏わる八人の婆様の幽霊です」
「なんと、そんなものが存在するんですか⁉︎」
「いやいや、私も見た事はないので、何とも……」
「でも、守護という事は、村を守ってくれてる幽霊ですか?」
「そうですな。今回の原賀家の事件も大きな痛手ではあったのですが、結果的に上手く収まりましたから、これで良かったのですかなぁ」
 口部田弁護士はそう言って穏やかな目をした。
「そう言えば、弁護士さんの娘さんはまだ村にいらっしゃるのですか? 確か、屋良世手代さんというお名前でしたね」
「ああ、あれは、とっくに村を出ました」
「そうですか、で、今はどちらに?」
「ここにおりますよ」
「えっ?」
 口部田弁護士が手で示した先に、先程お茶を出してくれた事務服姿の女性がデスクに座り、仕事をしている。
 万画一が顔を向けると、
「はーい、探偵さん、また会ったわね」とVサインを送って寄越した。
「せ、世手代さん、あなたでしたか! 全然気が付かなかった。髪の色も違うし、その眼鏡も」
「あはは、だろうと思った」
「世手代は今、専門学校に通いながら、ここで私の仕事を手伝っています。将来、弁護士になれたなら、ここを継がす予定です」
「ホントですかぁ」
 万画一もびっくりだ。あの屋良世手代が弁護士を目指すとは!
「屋良世手代弁護士事務所、いつか、開設するから、何かあったら探偵さん、弁護をやらせてよ。よろしくね」
「いや、こいつは驚いたなぁ」
 万画一は頭をボリボリと掻いて、笑顔を見せた。
 懐の中で、ホームスは興味無さそうに欠伸をした。



終わり



注: この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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