見出し画像

八ツ橋村 2/6


 さてさて、このままこの調子で書いていると万画一探偵の出番が無くなってしまいそうなので、ここらでカメラを万画一探偵側に切り替えてお伝えしたいと思いまーす。

【万画一】
 万画一道寸まんがいちどうすんが相棒の白猫ホームスと共に八ツ橋村を訪れたのは、口部田弁護士からの依頼である。
 依頼内容は八ツ橋村で起こる原賀家の遺産相続を巡る連続殺人事件を解決し、辰也の身柄を無事に六丈島に送り返す事とされていた。
「なあ、ホームス、一週間程只で飲み食い出来て、その上お金まで貰えるんだ。こんなうまい話はないぜ。なあ」
「ニャーオ」ホームスも喜んでいる様子だ。
「しかし、なぜまた遺産相続を巡って連続殺人が起こるなんて弁護士さんは思ってるのかな?」
「ニャンニャン」
「ホームス、ネコ語で喋られても分かんないよ、あっはっは」
 万画一探偵は口部田弁護士が用意してくれたタクシーに揺られ、八ツ橋村の飯尾家に入った。
 飯尾家は洋風の大きな建物だった。リビングに通された万画一とホームスは飯尾家の当主・飯尾九央めしをくおうと対峙した。
「あなたが探偵さんですか?」
 九央がそう尋ねたのも無理はない。くたびれたセルの袴にお釜帽のネコを連れたその貧相なもじゃもじゃ頭の小男を、誰も世間に名の知れた名探偵とは思いもしないだろう。
「ええ、そうなんです。あっはっは」
「ニャンニャン」と一人と一匹はすっかり寛いだ様子だった。
「ああ、そうですか、じゃ、とりあえず今晩は、川向こうの原賀家で跡取り襲名のお祝いパーティーがあるので、一緒に行きましょう。村の主だった所は皆一同に集まりますよ」
「そうですか、それは有り難い。ぜひ、ご一緒させてください、ニャンニャン」
 万画一は座り心地の良いソファで丸まって寝転んでしまったホームスの分もまとめて返事をした。
「じゃ、それまでまだ時間がありますから、温泉でも行きますか?」
「あ、温泉があるのですか! そりゃ良いですね。行きましょう。行きましょう」
と万画一は九央と出掛けて行ったので、ホームスは一人、いや一匹、ぶらぶらと村の中を探索する事にした。

 村の中は迷路の様な小径がうねうねと広く複雑に入り組んでいて、知らない人がうっかり足を踏み込んでしまったら絶対迷子になるに違いない、そんな場所だった。
 ところがどっこい、ホームスにとっては格好の遊び場。スイスイスーイと行きたい場所に身軽に足を運び、時には壁伝いに歩いてみたり、屋根の上に飛び乗ったりとやりたい放題であった。ホームスは決して迷う事などないのであーる。
 暫くすると、ホームスはちょっとした広場を見つけ、そこに黒猫とトラ猫が日向ぼっこをしている姿を発見した。
 ホームスは彼らに近付き、お互いに肛門の匂いを嗅がせ、敵意の無いことを知ると、直ぐに打ち解け合い、村の情報収集に取り掛かった。

 一方、万画一は温泉にゆったり首まで浸かり、そこで知り合った寺の住職、穴多堕亜蓮あなただあれん和尚と九央を交えて三人で世間話に花を咲かせていた。
 話題はもっぱら新しい原賀家の当主として現れた辰也の事であった。
「しかしなあ、原賀家のあの焼菓子はもう終わりじゃろ」
「そうですねぇ、みんな私んところの生菓子が大好きですからね。それにしても、あの減太に双子の弟がいたなんて、私は知らなかったです」
「ああ、あれは産まれた当時に、わしが他所におやりなさいと指図してやったのよ。和尚としてのアドバイスじゃ」
「そうだったんですね。まあ確かにあの家に双子を育てるだけの経済力は無かったすからね」
「先代の原賀伊帯はらがいたいさんも、連れ合いの華結かゆいさんも大変苦労されて亡くなられた。今度また減太が病気じゃと聞いて、私が辰也を呼び寄せる様に教えてやったのよ」
「ああ、和尚さんのお口添えがあった訳ですね」
「これから辰也がなんとか原賀家を立て直してくれるといいんじゃが……」
 二人の会話をなんとは無しに聞いていた万画一だったが、ひとつ質問をしてみる事を思いついた。
「あのう、ちょっとお伺いしてもよろしいですか?」
「ええ、何なりと」
「はあ、その、焼菓子を売られてる原賀家と生菓子の販売を始めた飯尾家の間では、敵対する様な関係なのでしょうか?」
「あ、いやいや、それはありません。少なくとも私の方は両方売れてくれれば、それが一番だと思っていますので」
「そうなんですね。それは原賀家でも同じお考えなのでしょうか?」
「さあ、それはどうだか、わかりませんが……」
 すると和尚がこう言った。
「原賀家の先代は、焼菓子が売れなくなった原因を生菓子のせいだと考えていたかも知れぬぞ」
「なるほど、減太氏もそうだったのでしょうか?」
「あの男は、生来の怠け者じゃ」和尚は苦々しく言った。
「商売気がまるでなくてのう。遊びまくりじゃ。あの何て言ったかな、あの女」
「屋良世手代さんです」
「そうそう、その女にゾッコンで商売そっちのけで振り回されておる。ふぁっふぁっふぁ」
 最後のふぁっふぁっふぁは和尚の笑い声である。
「その女性は誰ですか? この村の人ですか?」
「いやあ、都会の女ですよ。万画一さん」九央が説明する。
「数年前に減太が連れて来て、それからこの村に住み着いているのですが、素性の知れない女です」
「減太さんの奥さん、あるいは恋人という訳ではないのですか?」
「でもないみたいです。村のあちこちの男と遊んでいますからねぇ」
「なるほど、一度お会いしてみたいものです」
「今晩、原賀家のパーティーに行けば会えますよ」
「そうですか、そりゃ楽しみですな」
「和尚さんも行かれるのでしょう? 原賀家のパーティー」
「ああ、そうじゃな、わしにも招待状が来ておった」
 温泉にゆったりと浸かりながらそんな会話が交わされたが、この後、あんな怖ろしい事態が待ち受けているとは、この時は誰も想像だにしなかった。


 原賀家での宴会は午後七時から行なわれた。五十畳はあるかと思われる縦長の和室に、次々と村の者達が集まって来て腰を据えた。
 台所では多勢の女達が割烹着姿で大わらわな状態である。
 酒や焼酎、ビール、ウイスキーが振る舞われ、焼き魚、煮物、汁物、海の物、山の物がそれぞれ小鉢に分けられ、各人の前に置かれた膳に配置される。
 一渡り見知った顔が並んだ頃に、当主の減太が上座から皆に挨拶をした。持病のヘルニアを耐え、なんとか宴席まで駆け付けたのであった。
「今日は、皆さん、お忙しいところ、お越しいただき、誠に感謝致します。もうすでに、お耳にしている事とは存じますが、この度、原賀家は新しい当主として、私の双子の弟である辰也に第代わり致します。今後ともご指導の程宜しくお願い申し上げます。今夜は形ばかりではありますが、宴席をご用意させて頂きましたので、お時間の許す限りお寛ぎくださいませ。では乾杯の音頭を村長、よろしくお願い致します」
「はっ、では、僭越ながら……」
 と立ち上がったのは八ツ橋村の村長綿舎偉ヰ念わたしゃえらいねんである。村長は、
「思い起こせば、えー、何でんなぁ、あれはいつやったかな……、わすれもせーへん……」と、語り出したのであるが、
「かんぱ〜い!」と、まだ村長が話してる最中に誰かが大声を出すと、皆はそれに従い、いぇ〜っと歓声を上げ、一斉に飲み食いが始まった。誰も村長の話は聴いていなかった。
 万画一探偵は末席でみんなの様子をゆっくり観察していた。ホームスは土間の片隅で他の猫に交じってご馳走のおこぼれに預かっている。
 上座には、新しい原賀家の当主となった辰也氏が流石に神妙な佇まいで畏まり、その横で巨漢の減太が、さも愉快そうに笑っている。そしてその隣にいるのがどうやら謎の女・屋良世手代らしい。
 なるほど、あの美貌ならば、この村の若い衆の間では引っ張りだこになるに違いない。しかも。かなり露出度の高い衣装で、さらにアルコールが入ると、乱れた肢体を顕にする。
 一方、別の席では、温泉で会った住職・穴多堕亜蓮和尚、そして、飯尾九央とその夫人である久枝くえさん、一人娘の来栖らいすさんと並ぶ。他にもたくさん人は居たが、ま、後はその他多勢としときましょう。
 あと、ここにはいないが、村の入口近くで茶店を出している婆さんがいて、本名は誰も知らず、みんな濃茶の婆こいちゃのばあと呼んでいて、何かと人騒がせな婆ぁとして名高いという。
 ま、これでザッと村の人間は総浚いしました。後は野次馬やのら猫が多くいるとの事である。なのでホームスも退屈はしないだろうと思う。
 さて、宴もたけなわとなって、万画一は辰也氏に挨拶に向かった。
「はじめまして、僕、万画一と言います」
「はじめまして、原賀辰也です」
「辰也さんはこれから原賀家の当主として、この家に住まわれるのですか?」
「誰が住みますかいな、こんなド田舎!」
「えっ?」
「あっ、すみません。つい本音が出てしまいました。六丈島の家を片付け次第、こちらに居を構える予定です」
「あ、そうなんですか、それは大変ですね」
「万画一さんはこの村の方ですか?」
「いえいえ、僕は東京の大森に住むしがない探偵です」
「えっ? そんな方がどうしてこの村へ?」
「あ、いえいえ、別に深い理由はございません。今は飯尾家の方にご厄介させて貰ってます」
「あ、そうなんですか、ではその間よろしくお願い致します」
「はい、こちらこそ」
その後、万画一は減太や世手代にも挨拶を交わした。しかし、彼等は胡散臭そうな顔で万画一を見るばかりなので、そうそうに会話を切り上げた。
 ホームスは何をやってるかなと土間を覗き込むと、他の猫達と身を寄せ合って大欠伸をかいて丸まって皆で午睡中だった。
 仕方なく、元の席に戻って手酌でつまみを突いてみたりしていると、突然、大きな声が聞こえた。
 二、三人の娘がキャーッと声を上げてドタバタと走り出す。
 何だろうと思ってそちらを見ると、穴多堕亜蓮和尚が喉を掻き毟り、口からごぼごぼと真っ赤な血を溢れさせ、呻き声をあげている。
 そして身体をピクピクっと痙攣させたかと思うとドサリとその場へ倒れ込んだ。
 周囲の者が大騒ぎする。
「医者だ。医者を呼べ!」と誰かが叫ぶ。
 すると部屋の片隅から「わしは医者じゃぞ」と立ち上がる者がいた。
「お、薮さん、来てくれ! 和尚が倒れた」と手招きされる。
 薮医師やぶいしが駆け付けた時、すでに和尚はもう既にこと切れており、手の施しようも無く、薮医師は直ぐに「ご臨終です」の言葉を口にした。
 皆は驚愕し、一斉に騒ぎ出すものだから、その後の顛末は大変だった。
 とりあえず、派出所から巡査が駆け付け、現場を保存し、「誰も動くな」だとか、「何も手を触れるな」だとか、「怪しい者はいねえか」とか「泣く子いねぇか」だとか触れ回った。
 ド田舎と言えども八ツ橋村は東京のはしくれ、本庁から駆け付けたのは万画一探偵お馴染みの小泥木警部であった。
「いや、小泥木さん、やっとこれで助かります」
「おや、万画一さんじゃないかね。こんな所で何をやっておられるんですか?」
「いやね、これにはかくかくしかじか……、それより、ずっと二時間も足止め食ってるんです。ここでは私は余所者扱いで、怪しい目で見られてるんです」
「ああ、そうでしたか、詳しい事はまた後でお聞きするとしまして、先ずはガイシャを見ましょう」
「はい、案内します。こちらです」
 現場はそのままの状態で、堕亜蓮和尚もうつ伏せで倒れたままになっている。すぐに鑑識課員達が周りを取り囲み、慎重に毒物等を捜索を始めた。
 検視官が現れて死体を診る。やはり毒殺と判断される。和尚が倒れる直前に呑んでいたものが葡萄酒だと判明した。
 その葡萄酒について捜索が始まった。「どの瓶か」「誰が持って来たか」「他に呑んだ者はいないか」「グラスはどれだ」「泣く子いねぇか」等々。。。

 それから警部は、別室において一人一人順番に事情聴取を行なう事にした。もちろん万画一とホームスもそれに同席したが、調査は深夜遅くまで続けられた。


続く



注: この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?