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【短編小説】傘。

以前、文学系投稿サイトで発表していた創作物を加筆修正して再掲しています。 以前投稿していたサイトからは削除してあり、現状この作品はnoteのみで発表しています。


【詩編】傘

 道端に雨傘が落ちていた
 ギャハハ星が出ているこんなきれいな空気が
 澄み切った

 凍えて乾燥
 した夜の路上に
 廃棄された

 傘

 傘を見てぼんやり
 傘の想い出

自爆自慰

 中学生の頃俺は自転車通学で、自転車を酷使していたので2年の冬にはもうガタガタ、前輪がキーキーと音を立て次第に重くなってきてイライラしていた。毎日だ。毎日の行き帰りだ。朝のイライラが治まらないうちにまた夕方のイライラだ。そうでなくても学校生活はイライラの連続だし、家に帰っても親父とお袋の顔を見るたびにイライラだ。寝る前にオナニーをして一瞬スッキリするが翌朝起きれば夢精で股間がべたべたになっていて朝からイライラ、朝飯喰いながらお袋の顔見てイライラ、通学の自転車キーキーでイライラ。イライライライライライライライラ。

 と、とある朝。小雨が降っていてイライラ。そのイライラと今まで溜まりに溜まっていた日常のイライラが重層を為してついに、暴走した。
 暴走した俺は重くキーキーと煩い自転車の前輪を全力で蹴とばした。その瞬間キーキーが聞こえなくなり、気分は晴れた確かに晴れたはずなのに、なぜこんなことになった?

 俺の体は自転車と共に一回転して宙に浮き、そのまま背中から思いっきりアスファルトの上に落下した。
 雨が強くなっていた。
 一度は晴れた気分が、地べたに転がる自分に降りかかる雨を受けて曇り、やがてまたイライラが堆積していくのを感じた。

 こんな有様になった理由すなわち前輪を蹴とばした時、ちょうどブレーキのクランプ部分に俺の足が強烈なイライラと共に激突、勢いでブレーキは破壊され完全に前輪がロックし、イライラ解消の全速力で走行していた自転車は前のめりになりケツが跳ね上がる、バイクなんかでいえばジャックナイフの極端な失敗例みたいになってしまってそのまま前転する形になった。と言うのはその後ずいぶん経ってから理解できる理屈であってその時は何がなんだかわからない、ただ背中と腰にものすごい衝撃と激痛が走ったという結果だけだった。
 路面に転がっている俺の姿を見て人々が他人が野次馬共がわらわら集まってきた。その中でいち早く駆け寄ってきたのは全く面識のない20代の女だった。「大丈夫?」女は俺をのぞき込むようにしてしゃがみ、間近でそう言った。真顔で、心からの同情を湛えながら俺の体が濡れないように傘を差しだし、首を傾げながら。
 女がやや俺に顔を近づけると、サラサラの長い髪がはらりと落ちて俺の顔に触れる直前の空気の中で揺れていた。

 女の匂い。

 生まれて初めて嗅いだ匂い。

 その後の事はほぼ覚えていない。とにかく俺は起き上がり、自転車を放置したまま学校へ走った。帰りは友人の自転車の荷台に乗り、ふたり乗りを教師と警官にどやされながら帰宅した。
 そして、晩飯も喰わず、深夜まであの女の匂いを思い出しながらひたすらオナニーを繰り返し、すごい量の精液を吐き出し続けた。
 文字通り精魂尽き果て、全身の筋肉痛及び骨の軋みを理由に翌日は、学校を欠席した。

凌辱願望

 壊れた自転車。女の匂い。脳が白濁し切ってしまう寸前で、俺は呆けたように道端から拾った傘を見つめ、あの日に戻っていた。
 拾い上げた傘を見ながら俺がなぜこんな事を思い出したのかと言うと、俺の後方からキーキーと自転車の車輪が鳴く音が聞こえたから。
 俺が振り返ると、暗くて詳細にはわからないが、月光の薄明りに照らされたシルエットは長い髪を靡かせた華奢な体つきで、女のように見えた。
 俺は傘を見つめる。
 前輪がロックすると自転車は宙を舞う。
 俺はたまたま背中から落ちたからいいが下手をしたら頭から落下し、アスファルトに叩きつけられて死んでいたかもしれない。ようするに前輪のロックはシャレにならない事態を起こす可能性がある。では後輪ならどうか?後輪の力で自転車は前に進んでいる。その動力が切れれば即自転車は止まり、自転車はバランスを崩して倒れるが、自転車の操縦者が仮に一緒に倒れたとしてもそんなに大きなケガはしないんじゃないの?でもあの時の俺と同じように暫く動けないんじゃないの?それを介抱するような素振りで路地に連れ込めばあの女を犯せるんじゃないの?

夢の崩壊

 自転車が横を通り過ぎるその瞬間を待って俺は回転する後輪に傘を突き刺した。
 自転車の後輪はやや浮き上がって横滑りしたが、俺の時の様に派手な回転をすることはなかった。
 しかし人間は飛んだ。
 俺の時とはやや違って前転と言うよりは放り出されるような形ではあったがやはり飛んだ。そして運悪く女が飛んだ先にはコンクリの塀があり、女は顔面の左側からその塀に激突した。月光の中、長い髪を靡かせながら。そして顔面を塀にこすりつけながら路上に崩れ落ちていった。月光の中、長い髪で塀を掃除するように。
 「大丈夫?」と俺は女を上から見下ろしながら言った。女は呻きながら少しこちらに顔を向けた。左顔面の形状が普通でないのはすぐにわかったし、流れる血が月の光をわずかに反射していた。俺は膝を曲げてヤンキー座りになり、女を間近で見た。
「シャレになんねぇ」
 俺は立ち上がり、自転車の後輪からひん曲がった雨傘を引き抜いた。そして傘の先端を持ち、柄の部分を下に、ゴルフをするような形で女の顔面を打った。女の頭は跳ね上がった。月光の中、長い髪が路上を掃いて掻き乱れた。
 女の匂い。

 傘は真ん中からへし折れたが、とりあえずブラブラな状態で布と繋がっている。


傘。

やはり自慰

 月光の中、俺は鼻歌を歌いながら歩き出した。
『あんなの犯せるかよ、気持ちわりぃ』
 なつかしい匂い。あの時と同じ匂いが鼻の中に充満している。これこそが俺にとっての女の匂い。
『犯したかったな。やっぱ犯そうかな』
 俺は振り返ってみた。
 倒れた自転車と女。
『気持ちわる』
 この匂いが消えないうちに部屋に戻ってオナニーだ。射精できりゃそれでいい。

(了)


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