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白 より

目を覚まして庭を見ると雪であった。雪は寝床にいるときから気配で分かる。何かがしんしんと世界に積もっていく密やかな堆積感を、体のどこかで感じている。
窓を開けると別世界が燦然と現れる。なんという光景をこの世は持っているのだろう。
水蒸気が空気中のちりを核にして雪の結晶となる。そしてそれは目覚ましく白い。そういうものがおびただしく降り注いで世界を覆い尽くしている。
近年、建築や都市、人や言葉は、どこか半透明になってきた。
言わば半物質的な存在感とでも言おうか。建物はガラスや新素材で存在感が軽くなり、インターネットを飛び交う言葉は立ちも座りもせず浮遊している。それは知らぬ間に更新されているか、あるいは古色もつかないまっさらな様相で何年も存在し続ける。
そんな状況に新鮮さや可能性を感じて、それをさらに拡張しようと僕らは日々努力を続けている。
おそらくこの半透明の世界は今後も増殖を続けるだろう。やがて僕らの意識の大半は、そこに住まうことになるのかもしれない。
しかし、こうして雪に遭遇する。
それは手の平に静かに舞い降り、溶けて光の露となる。
僕らは、消すことも、更新することも、半透明にすることもできない身体を通して、白の摂理に感じ入るのだ。
雪は当分やむ気配がない。
二〇〇八年 二月三日

白 / 原 研哉 / 中央公論新社
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今日出向いたお茶席で、「陽が40分も伸びましたね」という会話があった。確かに、陽が沈むのが、冬至に比べて随分と遅くなったことを感じる。

そこに佇む2人の人は、まさしく茶人で、季節の微細な変化に心身を浸すことのできる方々だった。

おそらく、私の中で想う美しい人の定義は、きっとこの人達のような、一刻一刻の変化に感性を全開にして日常を生きる人なのだろうと想う。

2019年2月3日、節分は季節の節目である。

そして、この本を早く友人に返さなくてはと思う。




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