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五感を満たすお菓子 〈菓子四季録 vol.9〉

菓子四季録では、グラフィックデザイナー 澤田清佳さんと一緒にお菓子のレシピをご紹介しています。ひとつのお菓子の魅力を、ふたりそれぞれの視点から綴る菓子四季録のマガジンページはこちら。今回紹介するお菓子は、日本の冬を感じる柚子ゆず のスフレ」


この時期だからこそのレシピ

「湯気はごちそう」という言葉があるけれど、寒さがぐっと身に沁みるこの時期にはそれをしみじみ感じます。温かさはおいしさの一部。今回は1年で1番寒さが厳しいこの時期にぴったりな熱々ふわふわのデザートを紹介します。

毎回レシピを作る度に「ちょっとこれ、最高傑作なんじゃない?」と思ったりするのですが(笑)、今回もまたお気に入りのレシピができました。ぜひ皆さんにも作って欲しいし、味わって欲しい。なによりこの体験そのものを経験していただきたいのです。「柚子が入手できる」+「すごく寒い」が重なるこの時期ならではの、そしてこの時期にしか味わえないお菓子です。

五感全部で味わって欲しい

スフレは作り方と同じくらい食べ方が大事。オーブンに入れたら逆算して食べる準備をしましょう。やるべきことはきちんと済ませ、万全を期す為に出来上がりの5分前には席に着きます。テレビを消して、できれば音楽もオフ。電話がかかってきても、誰かに呼ばれても、緊急事態が起こらない限りここからはノンストップ。

オーブンからはずっといい香りが漂い続け、気分を盛り上げます。ガラス越しに見えるスフレもほわんと大きくなり準備も万端。オーブンが焼き上がりを知らせたら、さあ、いよいよ宴が始まります。

開いた扉から出てくるスフレはぷっくり膨らんでいます。もう、その見た目からしてドリーミング。お菓子独特の甘い香りに、柚子の芳香が混じり合い期待は最高潮。最後の仕上げもお忘れなく!雪のような粉砂糖をふりかけて、柚子の皮を飾ったら、席に運びましょう。

ふわふわドリーミングなスフレ

その美しくも儚い姿を目にしっかり焼き付けます。最高潮に膨らんだ状態が保てる時間はほん少し。まずは見た目のほわほわを堪能したら、間髪入れずに、そして躊躇せずにソースを注ぐための穴を開けましょう。その生地のまん中に恭しくスプーンを入れるトキメキと言ったら!この時に小さな「しゅわぁ」という音をさせるのを聞き逃さないで。

まずはそのルックスを愛でます
同時に香りも堪能
スプーン入刀
湯気とスプーンに伝わる感覚を楽しんで
ソースをたっぷりかけます

フワッと湯気が出て、柚子の香りがいっそう高まったところに、ソースをたっぷり注いでいきます。そして、スプーンで熱々の部分と冷え冷えのソースを混ぜながら大急ぎで口に運びます。まず感じるのは温度、そして香り。ふわふわの食感とソースが滴るじゅわりという部分が混じり合い、何がなんだかわからなくなる。柚子の香りがスフレとソースと重なって、温度感の違いも重なって、いくつもの薄い層が重なるように香りがどんどん開いていきます。ふわふわ、しっとりに加えて、端っこのカリカリが本当にいいアクセントになるのです。まぶしたグラニュー糖が本当にいい仕事している。目の前のおいしさを捕まえるように、口に運ぶとあっという間に空のココットが目の前に。無我夢中って言葉がまさにぴったり。

熱々、ふわふわ、トロトロ
目の前のスフレを夢中で感じます

こんなに食べるのに夢中になるお菓子ってありますか?そしてこんなに五感全部を使って味わうお菓子ってあるでしょうか?

スフレはむずかしくない

「スフレ」と聞くと「むずかしそう」「失敗しそう」「膨らまなそう」そんなネガティブなイメージをお持ちの方が多いのです。確かにいくつかのポイントはありますが、イメージほど難しくはありません(キッパリ)。むしろメレンゲさえきちんと立てれれば、必ず膨らみます。完璧なスフレを作るのは大変かもしれませんが、おうちお菓子のいいところはもっと気軽に構えてよいことだと思います。

個人的にはスフレはおうちでぜひ作って欲しいお菓子なのです。理由はシンプル。スフレを食べられるお店が本当に限られているからです。スフレ専門店やフレンチレストランやビストロのデザートに時々ある程度。そして必ず「注文をいただいてから30分ほどお時間をいただきます」の注意書き。熱々が信条のスフレはデパ地下でもコンビニでも売っていません。

だからこそ、おうちで作ってこの熱々のおいしさを味わって欲しいのです。


柚子のスフレ(レシピ)

【材料】(直径9cmのココット約2個分)
〈アングレーズソース〉
卵黄(Mサイズ) 1個分
グラニュー糖 25g
牛乳 100ml
バニラペーストまたはバニラオイル 少々 
ゆずの皮のすりおろし 約1/4個分
コアントロー 小さじ1
ゆず果汁 小さじ1〜2

<スフレ>
卵黄(Mサイズ) 2個分
グラニュー糖A 20g
薄力粉 10g
牛乳 100ml
バター(食塩不使用) 10g
ゆず果汁 小さじ1
ゆずの皮のすりおろし 1/2個分
卵白(Mサイズ) 2個分
グラニュー糖B 20g
(お好みで)粉砂糖、ゆずの皮 適量

チーム アングレーズ
チーム スフレ

下準備:卵を使う直前まで冷蔵庫で冷やし、卵黄と卵白に分ける。

【作り方】
〈アングレーズソースを作る〉
1.ボウルに卵黄とグラニュー糖を入れ、白っぽくなるまで泡立て器でよく混ぜる。バニラペーストまたはバニラオイルを加えてさらに混ぜる。牛乳を小鍋で沸騰直前まで温め、ボウルに少しずつ加えて混ぜる。

卵黄と砂糖をよく混ぜます
ふわっとして、白っぽくなるまで泡立てます
鍋のまわりの牛乳がふつふつしてきたら火を止めます
少しずつ加えましょう

2.鍋に戻し、弱火にかける。ゴムベラで底からかき混ぜながら、ゆるくとろみがつくまで加熱する。火からおろし、ゆずの皮のすりおろし、ゆず果汁、コアントローを加えて混ぜる。粗熱が取れたら冷蔵庫で冷やす。

鍋に戻します
ゆるくとろみがつくまで加熱します
ゆず果汁と果皮を加えます

〈スフレを作る〉
3.オーブンを180度に予熱する(予熱が完了してもさらに10分ほど温めておく)。

4.ココットに溶かしバター(分量外)を塗り、グラニュー糖(分量外)を薄くまぶす。型を軽く叩いて余計なグラニュー糖を落とし、冷蔵庫で冷やしておく。

バターは丁寧に塗ります
グラニュー糖をまぶします
余計なグラニュー糖は落とします
スフレを作り始める前にココットを準備します

5.ボウルに卵黄とグラニュー糖Aを入れ、白っぽくなるまで泡立て器でよく混ぜる。薄力粉をふるい入れ、なめらかになるまで混ぜる。牛乳を小鍋で沸騰直前まで温め、ボウルに少しずつ加えて混ぜる。

卵黄と卵白を分けます
混ぜ始め
ふわっとしてきたらOK
温めた牛乳を加えます

6.鍋に戻し、弱火にかける。ゴムベラで底からかき混ぜながら、とろみがついたらさらに混ぜながら30秒ほど加熱し、コシを切る。火を止めてバターを加え、混ぜて溶かす。バターが溶けたらゆずの皮のすりおろし、ゆず果汁を加えて混ぜ、ボウルに移す。

鍋に戻します
とろみがついてからもさらに30秒加熱します
バターを加えて
ゆずの皮のすりおろしがいい仕事をします
ゆずの果汁も加えましょう

7.別のボウルに卵白を入れ、ハンドミキサーで泡立てる。やわらかい角が立ったらグラニュー糖Bを加え、しっかりした(ピンとした角だが、ほんの少しお辞儀するくらいの)メレンゲを作る。

少し角が立ったら
グラニュー糖を加えます
さらに泡立てます
角の先が少しお辞儀するくらいが目安

8.の卵黄生地にのメレンゲの1/3量を加え、ゴムベラで混ぜる。残りのメレンゲを2回に分けて加え、ムラなく手早く全体を混ぜる。

メレンゲを加えます
最初のメレンゲは混ざりにくいです
手早く、でもしっかり混ぜます
全体をムラなく混ぜることを意識

9.生地をココットに流し込み、パレットナイフなどで表面を平らにする。ココットのまわりについた生地は拭いておく。180度に予熱したオーブンで25〜30分焼く。
  *メレンゲを合わせたら手早くオーブンへ。
  *生地が焼き上がるまではオーブンの扉を開けないこと(しぼんでしまいます)。

ココットに手早く入れます
平らにします
まわりをきれいにします

10. 好みで熱いうちに粉砂糖を茶こしでふり、ゆずの皮を上にのせる。

粉砂糖をふりかけて
ゆずの皮をあしらいましょう

11. スフレの真ん中にスプーンで穴をあけ、アングレーズソースを注ぐ。
  *あつあつのスフレと冷たいソースを混ぜながら召し上がれ。

ソースをかけて召し上がれ!

ソースは必須

レシピを見て、ソースはめんどくさいしスフレだけでいいんじゃない?そう思ったあなた。そう、そこのあなたです。私も同じことを思いました。もちろんスフレだけでもおいしいです。でも、ソースをかけるとおいしさが倍じゃなくて3倍くらいになる気がします。スフレだけだと「おいしい」でも、ソースをかけると「とてつもなくおいしい」に変わるのです。ぜひ、ソースを作って、熱々のスフレにたっぷりかけて、混ぜながら食べてみてください。もう、ソースなしには戻れません。ソースをかけることにより、味わいと香りの輪郭がくっきり、はっきりとしていきます。そして、膨らんだスフレにスプーンで穴を開けて、ソースをたっぷり注ぐというスペシャル感。瞬間をつかまえる体験をぜひして欲しいし、ふわふわとトロトロとじゅるりみたいな食感の混じり合いも感じて欲しいのです。

ソースなしには戻れません
とにかく一度試して欲しい

ソースは先に作って冷やしておきます。冷やさずかけてみたこともあるのですが、温度差があった方がアングレーズの風味がキリッとしておいしいです。コアントローを加えるとさらに風味がよくなります。リキュールって入る量は少しなんですが、全体の雰囲気に与える影響の度合いが本当に大きいのです。なので、ぜひ入れて作ってみてください。

アングレーズソースはカスタードクリームとは違い、とろみは本当に少し。かき混ぜながら、少し生地が重くなったら出来上がりです。加熱しすぎると卵が固まってしまうので注意してくださいね。さらっとしてる感じに見えても冷えると、もう少しとろみがつきます。

ゆるく、うすくとろみがつきます

バニラペーストはこれを使っています。

バニラオイルで代用してもいいですし、入手できればもちろん、バニラビーンズを使っても。

型の準備の小さなコツ

型の内側にはバターを塗ります。刷毛の向きはスフレが伸びる縦方向に。端の部分にも丁寧に塗っていきます。塗り終わったら、グラニュー糖または粉砂糖を薄くまぶします。個人的にはグラニュー糖推し!冒頭にも書きましたが、この部分が焼けてカリカリになって本当においしいのです。たくさんまぶすと、甘みがだいぶプラスされてしまうので、薄くまぶすのがポイント。ココットは2個分+αで出来上がることが多いので3個用意しています(中途半端な量を焼く3個目もそれなりにおいしいです)。

まわりのグラニュー糖は大事な食感のアクセント
少ない分量のものは香ばしい仕上がりに

メレンゲは泡立てすぎに注意

メレンゲの泡立ては「しっかり泡立てるけれど、泡立てすぎない」がポイントです。目安は角の先が少しお辞儀するくらいのかたさです。メレンゲを角がピンと立つまで泡立てると、焼いた時にものすごく膨らみます。これは一見するとすごくいいことに見えるのですが、スプーンを入れると一気にぺしゃんこになりやすく、また中が空洞になることも。ハンドミキサーを使うとメレンゲはしっかり泡立ちますが、今回の場合は泡立てすぎないことも大事です(グラニュー糖は2回に分けずに一度に加えるのは泡立てすぎるのを防ぐ役目もあります)。

角がピンと立ちすぎるまで泡立てると
スプーンを入れた後に大きく沈む原因に

ココットの縁、拭う拭わない問題

今回、自分の中の最大の発見は「ココットの縁を拭わない方がきれいに立ち上がる」まさかの真実。
製菓の本でも、フレンチの本でもスフレの作り方には「きれいに立ち上がるように焼く前に指でココットの縁を一周ぐるっと拭いましょう」と書いてあるし、今までそんなふうにやってきました。自分がレシピを作るときもそう書いてきたのですが。

縁は拭いませんが、ココットのまわりは拭います

今回、試作をしているときに拭うのを忘れて焼いたら、いつもよりきれいに仕上がってびっくり。これはココットの形にもよるのかもしれませんが。今回から私は拭わない派になりました(笑)。とは言え、ココットのまわりに生地がついたら、それは焼く前に拭いましょう。

オーブンはガスオーブン(コンベンション)よりも電気オーブンの方がきれいに立ち上がります。コンベンションオーブンはどうしても循環にファンを使うので車庫内で空気が対流し、その流れで傾きやすいことも。
オーブンの個体差もありますが、もしコンベクションオーブンを使っていて「いつもまっすぐに膨らまない」という方はそのせいかもしれません。とはいえ少しくらいの傾きはご愛嬌だと思います。

オーブンの予熱はしっかり行っておくと、庫内の温度が安定し膨らみがキープされやすいです。1度焼いてみて、焼き色が薄いようであれば焼き時間はそのまま温度を10度上げてみてください。

香りの記憶

今回、この柚子のスフレを作るのにたくさんの柚子を購入しました。皿に入れて少し涼しい玄関においたのですが、外から帰る度にその香りに癒されました。ひんやりとした空気の中で、視界に入らないときも、柚子の香りは凛としていつもそこにありました。

柚子の香りは日本の冬を思い出させる

果汁を絞る度に、果皮をすりおろす度に、ソースを作る度に、スフレを焼く度に、そしてそれを食べる度に柚子の香りはフワッと私を別の世界に連れて行ってくれるようなそんな気持ちになりました。

人間の五感の中で嗅覚だけは他の感覚とは違う働きをします。嗅覚でインプットされた情報は、ダイレクトに脳に働きかけます。柚子の香りを嗅ぐと日本の冬の風景が頭に浮かびます。お正月、柚子湯、湯豆腐。いつも、なんだか少しノスタルジィな気分になるのです。

柚子皮のすりおろしにはこのマイクロプレイン「ゼスターグレーター」がおすすめです。柑橘類をすりおろす時は本当に便利。ふわっと、細かくきれいにすれるし、何より量がたくさん取れます。

皮だけじゃなくて、チーズもにんにくもすりおろせます
これでゆず1個分

マインドフルネスとスフレ

香りだけにとどまらず、今回のデザートは本能に訴えてくる感覚がとても強いなあと思いました。試作を何度もするうちに、スフレを目の前にすると五感全部を使って、そこにある素晴らしい何かを捉えようとしている自分に気づきました。
ふわっとした儚い見た目、熱々のスフレに冷え冷えのソース。卵、粉、バター、牛乳の味わいに柚子の香り。クリーミーさと爽やかさ。カリカリの端っことジューシーな真ん中。相対するものが目の前で個々でありつつも、混ざり合い何がなんだかわからなくなる。そしてそれらを感じようとしているうちに、気づいたらココットは空っぽに。いつも、あっという間になくなる夢みたいな食べ物。

これって、まさにマインドフルネスの境地じゃないですか?

マインドフルネス(英: mindfulness)とは、現在において起こっている経験に注意を向ける心理的な過程である。 瞑想、およびその他の訓練を通じて発達させることができるとされる。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

瞑想を試したことがある人らならば、わかると思いますが「今ここ」に意識を置くことは本当に難しい。本当に向き合っている時は、向き合っているという感覚さえなくなるのです。そして毎回スフレを食べている時は、スフレの素晴らしい何かを捉えることに精一杯で、まさに目の前の「今ここ」に向き合っているということに気づきました。

食べ始めると、その見た目や、味や、食感や香りや温度や刺激するポイントがたくさんあって、それを逃したくない!という思いが私を無我夢中にさせるのです。気がつくとココットが毎回空っぽ。こんな没入体験なかなかできない気がします。

「今ここ」の感覚が難しい、という方にもぜひ試して欲しいスフレの臨場感!ぜひ「夢中になって目の前のスフレを感じる」に挑戦してみてくださいね。このマインドフルネス感は少し癖になりそうです。

あ、熱々のスフレもおいしいのですが、冷やしたスフレもまたおいしい。膨らみはココットの高さまでは下がりますが、しゅわっとした食感は保たれます。ひとりで食べる時は、ひとつは熱々を食べて、ひとつはしっかり冷やしていただきます。柚子の香りが温かいものと冷たいものだと変わるのも楽しいのです。ぜひ冷たいスフレも試してみてくださいね。

【Photos : Sayaka Sawada】

同じレシピをグラフィックデザイナーの澤田清佳さんが絵で紹介しています。絵のかわいさもさることながら、手順の流れがとってもわかりやすいです。個人的にはイラストで全体を把握し、写真で詳細を確認していただくのがおすすめです。

今回、清佳さんはスフレは「あれ」と似ていると感じたそう。確かに言われてみて納得。スフレを食べて夢中になる感じを私は「マインドフルネス」を感じ、彼女はディズニーランドの「あれ」を思い出す。この似てるけれど違う感覚がとってもおもしろいのです。清佳さんのスフレの実況中継も合わせてお楽しみくださいね。

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至福のスイーツ

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