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コリン・ウィルソンが愛したスクリャービン〜19世紀ピアニズム「ユリウス・イッサーリス : スクリャービン/24の前奏曲集+2」

~ Fragments of History ~
ピアニストの黄金時代を担ったピアニストたち(6)

スクリャービンの初期作品はショパンの作品形式を精神的にも受け継ぎ、練習曲、夜想曲、ワルツ、マズルカ、ポロネーズ、前奏曲、と同スタイルの名曲を多く残した。中でもショパンをも凌駕する白眉の出来は「24の前奏曲集 作品11」である。

ロシアの神秘主義作曲家としられるアレキサンドル・スクリャービンは、サフォノフ門下でありながら、日本ではいまだにラフマニノフよりも知名度の低いスクリャービンは、作曲家というよりはむしろヴィルトゥオーゾ・タイプのピアニストを目指していたが、あまりにも苛酷な練習を自ら課したために右手を痛め断念を余儀なくされる。その結果、左手の強化を図り、「左手の為の前奏曲と夜想曲 作品9」や、左手アルペジオの跳躍の激しい名曲「練習曲 作品8-12 "悲愴"」など作曲家として多くのピアノ曲を生み出した。
その作品8の「12の練習曲集」に次いでショパンへの敬愛を更に表明したのが「24の前奏曲集」なのである。

ショパン「前奏曲集」は溢れんばかりの着想の豊かさで傑作と評価されている。しかし、その多彩さは、聴き手にとって時には心地よいばかりでは無い。こじんまりとしている分、スクリャービンの「前奏曲集」は独特なメランコリーと透明感が全24曲を貫く、一つの大きな作品として愉しむことが出来る美しさがある。

さて、本CDでこのスクリャービン「24の前奏曲集」を演奏するのは、スクリャービン、ラフマニノフの後輩にあたる同門生、ロシア・ピアニズムの巨匠ユリウス・イッサーリスである。
イッサーリスは、ラフマニノフと同様に、ロシア革命後は西側に亡命したため、いわゆる「ロシア・ピアニズム」に登場しない。そしてロシア・ピアニズム的な深刻さをこの「前奏曲集」もまた纏っていない。

同じロシア・ピアニストであり、スクリャービン弾きとして最高峰と評されるソフロニツキーと比べ、イッサーリスはずいぶん穏やかに、ひたすら淡彩で訥々と音を重ねて行く。それは時に不器用に映る。当時の批評家は、この老ピアニストの技術的な問題を取り上げ、この録音をあまり評価しなかった。しかし晩年の演奏であることよりも、イッサーリス自身も優れたピアノ曲を残した作曲家であったことが、その表現方法に大きく関与していることに気付いていなかったのではないかと思われる。

イッサーリスのピアニズムは、指が良く回る事ではなく、しっかりとした構成感、タッチ、和音の響かせ方で、作品の持つ美しさを表現することにある。作曲を深く学んだピアニストは、速いテンポで技巧の披露をするよりも、一音一音大切に演奏するタイプが多い。作曲家兼ピアニストが、ヴィルトゥオーゾタイプのピアニストよりも名演を残す場合がしばしば見受けられるのは、こう言う理由によるのではないか。


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