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「テキトー」ですら、極めたらカフェの魅力になる。

古民家カフェに私が初めてハマりだしたのは、
神楽坂にあるムギマルというお店に行ってから。


人気の饅頭はすぐに売り切。
生きたい時間や曜日に開いてなかったり、
土日は相席なんて当たり前。

汗だくで饅頭を作っているもんだから、
スタッフのお兄ちゃんが汗のにおいぷんぷん
お皿に饅頭を乗せてもってきてくれる。

飼ってる猫は路地裏に行ったり、帰ってきたり。

「こいつは撫でてくれるな」と思ったら、
平気で膝に乗って撫でてもらう。

いくら古民家だからって、
インテリアに飾ってる家具に日々も割れっぱなし。

でもね・・・ほんとうに素敵な空間なんですよ。

前にここで信じられない体験をした。

ネットで話題になってしまったお店は
土日になるとあっという間に席は満席になるから
相席じゃない席がないくらい。


なのに、まったく他人が気にならないんですよ。

他人の声が心地いいのに、まったく頭に入らない。

楽しそうな良い声の波動だけがこだまして、
相席しますねの声かけも楽しそうだった。


日本人は「テキトー」を極めることに慣れていない。
人生の三割くらいは適当でいいと思う。



コーヒーだってそう。

トルココーヒーみたいに煮だした濃いコーヒー粉を
どろどろに溶かしたまま出して、
カップの底にへどろになるくらいだし。

そうして宗教上お酒が飲めない人々は、
粉っぽい独特の濃い珈琲を楽しんで
ストレス解消しちゃう。


それに本格的な古民家カフェブームに火がついて
すでに10年以上たっている。

まあ、世の中はこんなだし。

まだまだこういうカフェは増えそう。

街中にみんな息抜きが欲しい。

カフェでため息と一緒に毒を抜きたい。

テキトーが許される世界で、ほっと一息つきたい。

私はそんなにお店のコーヒーにケチつけるんなら、
自分で淹れて飲めばいいと思っているから、
なんでもないUCC味の珈琲を口に含みながら。

隣に座ってるおじいちゃんのタバコの煙と一緒に
自分のよけいな想像が抜けていくのを
勝手に妄想して楽しんでいる。

時代に取り残されたっていうよりは、
あえて時代に乗らずに「テキトー」を貫く。


こんな世の中で、自分もお客さんも満足できるために
どこを、どこまでテキトーに力を抜いたらいいかを100日続けたら、
たぶんもう、それは「テキトー」のプロなんだと思う。

この小さな島社会で、
生活の全部をテキトーにするわけにはいかないけど、
あえてたまに、全力でテキトーを楽しめたら。

人生勝ち組なのかもしれない。


witter 小人の喫茶巡り
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