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【介護業界にテクノロジーが普及しない根本理由】シュン

介護業界にICT化の波が押し寄せている。

6月22日に行われた経済財政諮問会議のなかで、安倍首相は今後の介護・医療分野の先行きについて「コロナウィルス感染拡大の経験を通じて、デジタル化を強力に推進していくことの意義、重要性について誰もが痛感した」と発言している。また加藤勝信厚生労働相も現場へのセンサー機器やICTなどの普及に力を入れると改めて説明し「介護報酬・人員基準を逐次見直す」と言明した。

介護業界は全産業の中でもとりわけテクノロジーに疎い分野である事が知られている。私自身、施設系・在宅系の事業所に従事した経験を持ち、関係する外部の事業所とも関わっていく中でその事を痛感させられてきた。もちろん、先進的な取り組みをしている施設はあるが、私の印象としては上位数%程度にとどまる。

何故、介護業界はテクノロジーに疎いのか。介護従事者の年齢層の高さ、若年層の割合の少なさ。そんな誰でも考えつくような理由をお話しするつもりはない。
それは、この業界にはびこる「ある決定的な傾向」によるものだと断言して言う事ができる。今回はその決定的な理由と、それを前提として、介護施設・事業所の経営者がICTを導入するために先ず何から始める事が最善なのかをお伝えしたい。

『介護業界がテクノロジーに疎い決定的な理由』

それは「サービスマインドの無さ」である。

これはこの業界に身を置く者として誤解を恐れずに、この業界の未来がますます明るくなるためにあえて言わせてもらう。この業界で働く人は「サービスマインド」が無さすぎである。

ここで言うサービスマインドとは「お客様のために何をしてあげられるか」という仕事における行動の軸になる発想の事である。その発想が「無い」とは一体どういう事なのか、テクノロジーとどう関係があるのか順を追って説明していきたい。

とりわけ、介護ロボットの導入や記録の電子化などが強く求められる施設系サービスにおいては、中重度の要介護高齢者が生活している。特別養護老人ホームに関しては原則要介護3以上の高齢者しか入所出来ない仕組みになっている。つまりこうした現場で働く職員にとって目の前のお客様は、言葉も無くベッドで一日を過ごし寝返りすら打てない高齢者に他ならない(もちろん全てでは無い)。
この時、多くの介護士がぶつかる難問が「こうしたお客様相手にどのようなサービス精神で働けば良いのか」というものである。

私は6年間特養施設で働いてきた。まだ未熟だった私は、一日中天井を見つめながらベッド上で排泄や食事をする利用者を見て、恥ずかしながらこんな風に思ってしまった。

「この人が生きている意味ってなんなんだろう」

周りの職員にもその問いに明確に答えられる人は居なかったように思う。
しかし、あれから10年近い年月が経過した今、自分自身の思考の繰り返しの中でたどり着いた答えは「“利用者が生きる意味“に自分がなればいい」という事である。誰の人生にも意味がある。どんなに不自由になったとしてもそこに僅かな自立や選択の余地を与えてあげる事こそ私たちの最大の仕事である。私たちが寝たきりの利用者に天気の話をしたり、最近見たドラマの話をしたり、暑く無いか寒く無いかと心配したり、すべての行動が利用者の「生きる意味」を形作っているのである。

テクノロジーの活用はまさにこうした時間を増やすために必要なのである。
冷静に考えてみて欲しい。仕事の生産性を上げる必要性を感じて居ない人にとってテクノロジーを追求するメリットがあるだろうか。いや、こうしたテクノロジーの台頭に消極的な人は結局のところ「今のままが良い」と思っているのだ。時間と労力に余裕が出たところで何をして良いのかが分からないからである。ではそんなメンタルブロックを如何にして打ち壊す事ができるのか。ここからは経営者の視点で読んでいただきたい。

私たちは頭を使わなくてもできるルーティーン業務を極力省力化する必要がある。その理由は「利用者のために何が出来るか」を考えるためである。その発想の土壌を作るのが「中間管理職の育成」だ。この記事を読んでくれているあなたの周りには「この人の考え方に憧れる」と思えるようなリーダーが居るだろうか。私が施設に入りたての頃にぶつかったような疑問に真正面から答えてくれるリーダーはいただろうか。
経営者にとってICT化と同時に同じくらいの熱量で注力しなければならないのがこの管理職の育成である。リーダー・主任は経営者と末端の職員をつなぐ言わば橋渡し役である。経営者の意思を明確に理解し、職員に実行させる極めて重要な役割を担う。施設や事業所の風土を形作るのもこの中間管理職と言って過言では無い。彼らに対し、ICT化の意義、仕事の生産性をあげてどんな施設にしていきたいのかの共通理解を絶対に怠ってはいけない。

これらは何もICT化に限った話ではないかもしれない。一事が万事とも言える。しかし、裏を返せば自立支援もノーリフトもICT化もつまるところは一緒である。いくら種を撒いても、そこに土が無ければ育たない。しっかりした土壌があれば会社はいくらでも成長できるのだ。

生産性を上げ、目の前の利用者の幸福に集中しよう。生き残れるのは、こうした普遍のマインドを持った組織だ。
誰かの生きがいになれるこの尊い仕事を、自分達の手で守っていかなければならない。

シュン

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