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自己矛盾を抱えて

ずっと生きたくないのに生きている。
それは死にたいとか、消えてなくなりたいとか、もっと言うと辛かったり、人生に大きく不満があったり。そういう事ではなくて。『生まれてきてしまったから生きている』という感覚が強くあるのだ。

私の家族は教師である父母、2歳下の弟。北海道の田舎でぬくぬくと育ってきた。周りと比較されて貶められることも貶されることもいじめられたこともない。両親も私を愛してくれていると思う。そして友達も多くいる。北海道にも、東京にも。一人での行動が好きな分、人といる時は自分以外の感性に触れることが出来て面白い。人生が上手くいっていないわけでもない。入りたかった大学にも通えて面白い授業を受けて志が高い仲間と先生に囲まれ自分が成長できる環境に身を置けている。気がする。かわいい恋人もいる。居酒屋とWebサイト作成のアルバイトも順調である。まだ皿は何枚か割るけれど。就活もまだ内定は貰えていないが選考に進ませていただいたりと頑張れている。

人に恵まれ、環境にも恵まれ、運にも恵まれ、将来のことも考えることが出来ている。

でもずっと生きたくないのに生きているという感覚がある。やりたいこともある。楽しいことも嬉しいことも。でも生きたくないのに生かされているという感覚。自分は生きていていいのだろうかという感覚。


『葉』
太宰治

これは夏に着る着物であろう。
夏まで生きていようと思った。

ずっとこんな人生だ。
好きな作家の新刊が出る。6月まで生きていよう。
恋人と旅行に行く約束をした。9月まで生きていよう。

別にいいのかもしれない。いいかもしれないけれど、不健全だと感じてしまう。もっと前向きに生きるべきじゃないか、生を肯定して奨励して生きるべきじゃないか?そんなご褒美を吊り下げるようにして先延ばしにする生になんの価値があるのだろう。

多くの経験を、功績を、賞賛を積み上げたとて。私の生になんの価値があるのだろう。

価値なんてないか。生まれてきてしまったから生きるしかないのだ。


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