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なぜ営業電話の営業マンは自分から電話を切らないのか

電話の呼び出し音はいつだって不吉だ

 ♪りんりんりんりんりん。♪りんりんりんりんりん。いつものように電話が鳴る。電話の呼び出し音はいつだって不吉だ。だって、かかってくる電話の内容が良いことだった試しなんて、空から1万円札が9674枚降ってくるくらいありえないのだから。
 例えば、「私は1億円の資産を持つ石原さとみ級の美女です。今とってもとっても寂しくって、そばにいてくれる人を切実に欲しています。私のお金でもってあなたを養いますから、ぜひとも私と結婚してください。」なんて電話がかかってくるだろうか。絶対にありえない、、、
 というわけでもなかろう。詐欺だったら、そういう電話はなきにしもあらず。(そして、それに騙されるアホもまた、なきにしもあらず。)よって、<石原さとみ級の美女からの求婚電話>から<詐欺>を引くと<ゼロ>になるわけだが、これを敷衍して、今度は<かかってくる電話の全部>から<詐欺>を引くとどうなるのであろうか。これもまた至極簡単である。ずばり、<ワン切り>と<いたずら電話>と<営業電話>が残るだけだ。
 以上、まとめるとこうなる。<詐欺>+<ワン切り>+<いたずら電話>+<営業電話>=<かかってくる電話の100%>というわけだ。やれやれ。アレクサンダー・グラハム・ベルさんよ。あんたは罪な人だ。

この世の不文律

朝田:「もしもし、私、ゴルゴンゾーラエステートの朝田と申します。きょうは、○○様(私の名前)にぜひともお届けしたい耳寄りな情報がございまして。」
 なんてことはない。ありふれた営業電話である。プールでゴーグルをかけている人くらい、ありふれた営業電話である。あるいは、電車の中でグーグル検索している人くらい、ありふれた営業電話である。
 その日も、そんな<THE営業電話>がかかってきた。私は、心が<鬼のように冷たい>ので、いつもであれば営業電話なんてかかってきたら有無もいわさず切ってしまう。その速さといったら、新富士駅を通過する新幹線のぞみくらい速い。
 しかし、その日だけは特別だった。私の心は別の意味で心底冷え切っていた。私には友達がいない。ゆえに話し相手もいない。だれでもいいから話し相手が欲しい。それが受話器の向こう側の営業マンだったとして、何の問題があろうか。その当時、私に人を選ぶ余裕なんてなかったのだ。
私 :「休日にもかかわらず、わざわざお電話くださりありがとうございます。それで、どういった用件でしょうか?」
朝田:「ええ、〇〇様にお勧めしたいワンルームマンション投資がございまして。景気が冷え込んでいる昨今ではございますが、そんなときでも堅実な実物資産さえあれば、家賃収入が安定的に入ってきます。きっと将来にわたって〇〇様の心強い収入源となってくれますよ。しかも、今回は〇〇様にだけ、特別なプライオリティープランもご用意しております。いかがでしょうか?ご興味はおありでしょうか?」
 正直、興味はない。私が興味をもっているのは、不動産ではなく、人と話すことだけだ。しかも、内容はどんなにクソでもいい。とにかく1分1秒でも長く人と話していたいのだ。かといって、まんまと話に乗せられて、こちらが損するわけにもいかない。私にないのは、友達だけではない。お金もないのだ。よって、私は反撃に出た。
私 :「そんなに儲かる話でしたら、朝田さんの方でまず投資してみてはいかがでしょうか?」
朝田:「実はといいますと、私の方でも、弊社のプランを通じて既にワンルームマンション投資をしておりまして。そのおかげで、家計的にも随分助かっております。そんな素晴らしいインベストをですね、私だけが独り占めする、というのもいかがなことかと。そういうわけでして、社会貢献のためにも、私どものリーズナブルなプランを、ハイクラスなお客様に向けまして、積極的に提案させていただいている次第でございます。」
 ああ。朝田さんはなんて心優しい方なのだろう。無職の私を<ハイクラス>と称してくださるなんて。(もちろん、朝田さんは、私が無職だなんてつゆほども知らないのだろうが。)
 すると、にわかに罪悪感がこみ上げてきた。このまま話し続けるのは、なんだか朝田さんの貴重な時間を奪っているような気がしてきたのだ。だって、そうじゃないか。私の不動産に対する興味は、<誰が次期ブルキナファソ大統領になるか?>という問題に対するくらいしかない。それでも、ただただ人恋しくて電話を切る気になれない、という無職の私に、いくら不動産営業をしたって、のれんに腕押しではないか。
 しかも、私には、不動産を買えるだけの資金もないわけだし。(たとえ、ワンルームだろうが、ハーフルームだろうが、クォータールームだろうが、買えないものは買えないのだ。)私は、朝田さんと長電話をしたい、という自らのエゴを必死に抑えることにした。私にだって、利他的なところはあるのだ。えっへん。
私 :「大変恐れ入りますが、私、そういう不動産なんちゃらかんちゃらに興味はございません。ですので、朝田様におかれましても、私とこのまま電話し続ける、というのは時間のムダかと思われます。それよりかは、他のお客様を探されたほうが、朝田様にとりましても、ずっと有益かと思います。どうぞ電話をお切りください。」
 はあ。悲しいけど、やっと受話器を置ける。電話が終わったら、何をしようか?そうだ、用を足しにトレイにでも行くとするか。
 と、そんな具合に悲嘆にくれていた矢先、朝田さんから思いもかけない一言が。
朝田:「そんな風に謙遜なさらないでくださいよお。興味がなくても構いませんので、まずは詳しい話を聞いていただけませんでしょうか。もし、どうしてもお時間がないようでしたら、資料をお送りさせていただくことも可能ではございますが。」
 ビリビリビリッ。ピカッ。この瞬間、私は天啓にうたれた。またひとつ、この世界の不文律を覚えてしまったのだ。その不文律を、ここに刻んでおきたいと思う。

不文律:営業電話において、営業マンの方から電話を切ることは絶対にない

 それは、空から<9674の9674乗>枚の1万円札が降ってくるくらい、ありえないことなのだ。

「保守主義の父」に倣って考える

 偏見や迷信と呼ばれるもののなかには、歴史的に蓄積された経験が反映されていることが多い。これらをすべて正しいとするのが誤りなら、これらをすべて理性の基準で捨て去ることも誤りである。偏見や迷信と呼ばれるもののなかの有害な部分を取り除き、有効な部分を活用することが鍵であるとバークは説く。
 ― 宇野重規著『保守主義とは何か』(中公新書,2016)p.58

 エドマンド・バークさん、ありがとう。営業電話と呼ばれるもののなかにも、歴史的に蓄積された経験が反映されていることが多くって、営業電話をすべて有益とするのが誤りなら、営業電話をすべて「ウザい」の一言で捨て去ってしまうのも誤りなのであって、営業電話と呼ばれるもののなかの有害な部分(ほとんど、99.999%だけど)を取り除き、有効な部分を活用することこそが鍵なんですね。
 そこで、私は、営業電話という明々白々な社会的迷惑行為が、なぜ今の今まで存在し続けているのか、考えた。それに対する私なりの仮説(というか、偏見だが)を、以下にお示したいと思う。
 この問題を考えるにあたり、まずは営業電話を被る側の立場からちょっと離れてみよう。営業電話を被る立場からすれば、営業電話はウザいとしかいいようがない。それ以外に何が言えるだろう。一切ない。だから、見方を変えなければならない。この問題については、営業電話を被る側の視点ではなく、営業電話をかける側の視点から考察する必要がある。
 では、営業電話をかける側の目的とは何か。それはずばり、自社の商品を売ることである。また、営業電話をかけてくるような会社は、往々にしてどういった商品を取り扱っていることが多いのか。株、保険、不動産、ジュエリー、貴金属などなど、基本的に高価なものを取り扱っていることが多い。そして、そうした高額商品を買ってもらうときに必要なのは何か。サインである。契約書へのサインである。(この辺りから、私の独断と偏見モードが加速しますが、どうかお許しください。)
 そう、営業電話をしかけてくる会社が一番欲しいもの、それはサインなのだ。丁寧に言えば<見込み客>、乱暴に言えば<カモ>にサインさせること、それこそがヤツらの最終目的なのである。それでは、この最終目的と営業電話との間には、どういった関連性があるのだろうか。
 営業電話にできること。そう訊かれて我々の脳裏に真っ先に思い浮かぶのは、セールスである。そう、たしかに営業電話の基本はセールス機能にある。しかし、営業電話をナメてもらっちゃ困る。営業電話にできるのはセールスだけではない。むしろ、もう一つの機能、それこそが営業電話の真の狙いなのである。
 恐ろしいことに、営業電話は、<見込み客か見込み客でないか>も見分けることができる。どうやって?簡単である。<相手が電話を切るかどうか>をリトマス試験紙として判別するのである。<電話を平気で切る人>=<断るのに慣れている人>=<サインになかなか応じてくれない人>=<非カモ>であり、<電話を切るのに躊躇してしまう人>=<断るのが苦手な人>=<そういう空気を作ってしまえば、ついついサインしてしまう人>=<カモ>なのである。こうして、営業電話は巧妙に<カモかどうか>をふるいにかけているのである。このフィルター機能こそが営業電話の底力なのだ。
 とりわけ、日本人には、後者の<断るのが苦手な人>が多い。上司のお誘いだから、場の雰囲気を壊したくないから、みんなもやっていることだから。そんな理由で断ることができずに、いやいやながら引き受けてしまう日本人のいかに多いことか。(そして、それで精神まで病んでしまう日本人のいかに多いことか。)
 そうした<空気の読める>日本人に署名をさせるというのは、いともたやすいことなのである。本当に、空気を吸って吐くくらい、たやすい。ステップ・ワン。断りづらい空気を醸成する。ステップ・ツー。その人を契約書の前に座らせる。はい、これで終わり。あとは、彼が署名をするのを待つだけである。彼は自ら電話を切る勇気すらないのだ。況や、サインをや。ちょろいもんである。
 そろそろ、本考察を結ぶとしよう。なぜ営業電話の営業マンは自分から電話を切らないのか。私の答えはこうだ。

―営業電話の営業マンが自分から電話を切らないのは、<断るのが苦手な人>をあぶり出すためである―

(この結論は、あくまで仮説です。決して鵜呑みにしないでください。)

敗戦

 電話戦線は膠着していた。第一次世界大戦における西部戦線の塹壕線のように。朝田さんとはあれから、もう何やかんやで一時間以上も長電話してしまった。第一次世界大戦よろしく、今回の営業電話もクリスマスまでには終結すると踏んでいたが、そうは問屋がおろさないようだ。今日は、ハロウィーンだっていうのに。やれやれ。
 この時点で、私は、朝田さんのくりだす営業トークにすっかり飽きてしまっていた。当初は、1ミリ秒1ナノ秒でも長く話していたい、という目的で始めた電話だったが、もうそんなことはどうだっていい。私の辞書に<初志貫徹>という言葉はない。ゆえに、無職なのだ。
 さあ、どうしようか。ドイツが無制限潜水艦作戦に打って出たように、私もこの戦局を打開しなければならない。あっ、そうだ、そうだ。不意にいいアイディアを思いついた。
―無職の私がもちあわせている唯一の資産、時間を総動員し、何が何でも営業マンのほうから電話を切らせよう―
 そういえば、中国の偉大な思想家、韓非子も同じような話を残していたっけ。
『矛盾』―THEコントラディクション―
 私も記憶が混濁していて、正確に思い出すことができないが、確かこんな話だったと思う。

 昔々、超絶優秀な電話営業マンと超絶ヒマをもてあましているニートがいた。その電話営業マンは、優秀なので、自ら電話を切ることは絶対にない。また、ニートのほうも、時間が腐るほど有り余っているのをいいことに、石にかじりついてでも営業マンのほうから電話を切らせようとしている。さて、この営業マンがこのニートに営業電話をかけたら、一体どうなるのであろうか?如何(いかん)!

 脱線してしまった。いかん、いかん。話を元に戻そう。というわけで、私は無制限潜水艦作戦ならぬ、無職没有資金作戦に打って出たのだ。
私 :「正直に申し上げますが、私は無職です。ワンルームマンション投資をするためのお金なんてこれっぽっちも持ち合わせていないんです。誠に申し訳ございませんが、電話をお切りください。」
朝田:「いえいえ。そんなに謙遜なさらずに。そんなこともあろうかと、〇〇様には、弊社特別プライオリティー融資プランもご用意しております。ぜひともご検討していただけないでしょうか。」
私が無職なのは、謙遜ではない。事実である。カチン。
私 :「あのですねえ。もう1時間以上もお話しておりますので、朝田さんもそろそろお気づきかとは思いますが、私に不動産を買わせるというのは、つまようじ1本で牛久大仏を動かすくらい無理なことなんです。お分かりいただけますでしょうか。」
朝田:「いえいえ、そんなことはないですよお。つまようじを1000本くらい集めれば、牛久大仏も動くのではないでしょうか。たしかに、〇〇様のおっしゃるとおり、私の力なぞ、つまようじ1本程度のものではございますが、それでも1000回お話すれば、つまようじ1000本分の力になるわけでして。」
 朝田さんよ。あなたは馬鹿なのか。牛久大仏の話になっても、はたまた、こんな荒唐無稽な話になっても、絶対に、ゼッターーイに電話を切ってはいけない、と営業マニュアルに書かれているのだろうか。そう思うとふと、呆れを通り越して、もはや朝田さんに対して憐憫の情を覚えてしまった。
私 :「朝田さんって、いつも私みたいな<ひねくれ者>を相手に営業をしていらっしゃるんですか?そうだとすると、朝田さんのお仕事って、ものすごく大変ですね。きっとストレスも牛久大仏なみにたまることでしょうよ。本当にご苦労さまです。」
朝田:「まあまあ、そうおっしゃらずに。〇〇様は大変しっかりしている方だと思いますよ。〇〇様より理不尽な方なんて、そりゃあ、ごまんといますから」
私 :「例えば?」
朝田:「ええ、例えば、私が一言目を言う前から、電話を切ってしまわれるお客様とか。たしかに、〇〇様のおっしゃられるように、しんどいときがないわけではありません。けれども、仕事全体としては楽しいですよ。それに、そういう理不尽なお客様にももう慣れてしまいました。電話を突然切られたって、今では何とも思いません。」
それを聴いて、私は興ざめしてしまった。あの<鬼のように冷たい>心が再び蘇ってきたのだ。
私 :「ということでしたら、私が突然電話を切ったって、朝田さんは何とも思われないわけですね。それでは、失礼いたします。」
ガチャッ。プーッ、プーッ、プーッ。

 結局、私のほうから電話を切ってしまった。私は負けたのだ。完全無欠の電話営業マンに。完、敗、である。

 あの日から幾日かが経った。私は今、堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍んでいる。もって営業電話のない太平万世を切り開かんがために。

おわりに

本記事は事実をもとに再構成した架空のお話になります。
真実でない部分も多々含まれております。
何卒ご了承ください。

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