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第6回Q&A JFスタンダードと教材開発 ―『まるごと』はこうしてできた ―

新しい枠組み(JFS)で教材を開発したらどんなことが起こるのか?レベルの捉え方、目標にするCan-doの選定、それを具体化した会話文の作成等々、開発上の面白さと難しさを皆さんと共有した回でした。

Q1:初中級と中級、テキスト構成の違い

初中級と中級とではテキストの構成が違いますが、どういう考え方で構成を変えているのですか?
 
A1:初中級A2/B1は初級A2のまとめと、さらに中級B1への橋渡しをするという2つの目的を持っており、各トピックの前半と後半とでその目的による難度の違いがあります。特にB1への橋渡しとしては、B1レベルのやりとりのCan-doと読みのCan-doを取り入れました(初級A2まではやりとりCan-do中心です)。
中級1・2はB1レベル、つまり「自立した言語使用者」を想定した構成です。日本語によるさまざまな活動に挑戦するために、Can-do目標を5つの技能に広げています。行動がより多様化する中級レベルにおいて、技能別のCan-doを設定することで、自分(学習者)に必要なものをピックアップして学習する、という進め方も可能です。
  

Q2:音声教材の「BGMあり/なし」について

音声ファイルにBGMを入れる決定は、何かきっかけがあったんでしょうか?BGMありと、BGMなしのファイルがあるのは素晴らしいと思います。
 
A2:音声教材にBGMを入れるきっかけは、出版社の担当者のすすめでした。事前の打ち合わせがあったわけではありませんが、BGMの候補が送られてきたので、「ほう、これはおもしろい。やってみよう」ということでBGMをつけてみました。やってみて、BGMは場面の雰囲気や人物の心情を表現するだけでなく、学習者がリラックスして聞く上でもだいじなものだとわかりました。
そしてBGMは「ノイズ」でもあるので、学習者はノイズが流れる中で必要な情報をとり、また、全体を把握するという認知的負荷のかかる聴解タスクをこなすことになるのです。BGMあり(ノイズあり)で会話を何度も聞いた後にBGMなしを聞くと、日本語が細かいところまでとても鮮明に聞こえるので、注意してほしい表現を正確な音でとらえやすくなります。ぜひ、BGMあり・なしの両方をご活用ください。
 

Q3:日本国内で『まるごと』を使うときの注意点はある?

日本在住の学習者を対象に〈かつどう〉を使用しています。海外に住んでいる学習者を想定してコースデザインされたということですが、国内にいる学習者に使用する場合の注意点などがあったらご教示ください。
 
A3:海外場面における人物A(学習者)と人物B(日本人)のやりとりCan-doは、国内場面においては立場が逆転することがあります。例えばおすすめのレストランを紹介する会話の場合、海外場面(学習者の国)においては、学習者が地元のよく行く(おすすめの)レストランを日本人(だれか)に紹介することが想定できます。海外(地元)では、学習者は情報を持っている人ですから、教える側、発信する立場になるわけです。一方、場面が日本に移ると、学習者は未知の環境にあって、おすすめのレストランを日本人(だれか)に教えてもらうほうが多いだろうと思われます。
もちろん、いつでもそうとは限りませんが、一般に不慣れな環境においては教えてもらったり助けてもらったりすることが増えるでしょう。
このように、自分の属する社会にいるかどうかで、情報を提供する側か受け取る側かといった立場の違いが出てきたりします。とても興味深いと思います。『まるごと』は海外学習者に向けて開発しましたが、交流の会話が多いので、「海外でしか使えない」のではなく、国内でもそのまま使えます。学習者の立場はどうなるかということをちょっと意識して、どうぞ授業をなさってください。
 
 

Q4:『まるごと』とJLPTの兼ね合いについて…

日本で進学・就職を目指す学習者が『まるごと』だけで学習してきた場合、JLPTの試験はハードルが高いと思いますが、入試や就職試験などの条件としてまず求められるのはJLPTのレベルです。『まるごと』と、JLPT重視の日本社会システムとの兼ね合いについてどう思われるか、教えていただけますか?
 
A4:日本語能力試験(JLPT)はご存じのように、言語知識(文字・語い・文法)、読解、聴解で構成されています。課題遂行能力(言語知識を使ってコミュニケーションをする力)としては、読解と聴解が相当します。
『まるごと』は課題遂行能力の育成を目標にする一方で、言語知識もしっかりカバーしてあり、新しい方法で効果的に学習します。したがって『まるごと』(入門A1~中級B1)の学習者がJLPTの相応のレベルに合格することは十分可能であり、実際にそのような報告はいくつもあります。ただし、JLPT受験の前には、問題形式に慣れるために、過去問を含めた試験対策をする必要はあると思います。先生方にはJLPT公式問題集も再度参照して、授業だけでは不足している部分を見きわめて準備をしていただければと思います。
 
以下、来嶋の個人的見解としてお読みください。
『まるごと』の世界はJLPTとあまりにも違って見えるので、JLPT受験を前に学習者が不安になるのも無理はありません。けれども、JLPTは日本語学習の成果(の一部)を見る手段であっても、日本語を学ぶ最終的な目標にはならないのではないでしょうか。授業で使う教科書は、学習者のニーズにあっていて、喜んで楽しく学べるものを使うのがいちばんです。そのうえで、JLPT受験前には、試験の問題形式に慣れるために、試験対策授業をおこなってはどうでしょうか。それだけでもだいぶ違うと思います。
また、外国語教育への社会的ニーズが、現在もこれからもますます言語を使う能力(Can-do)に傾いていくとすれば、公的試験もそのニーズに応えるものが必要であることは自明です。学習者の日本語の力を、社会的ニーズにあった形で測定、評価できる良い試験が一日も早く開発されることを願っています。
 
 

Q5:『まるごと』の学習方法ではC1, C2は目指せない?

『まるごと』がB1までであるというのは、海外の学習者を対象にしているからでしょうか。今の会社では、他の日本企業とのやり取りもありC1、C2も視野に入れて勉強される方もかなりいらっしゃいます。『まるごと』の学習方法で進めると、C1、C2を目指すのは難しいでしょうか。
(日本企業内で日本語を教えています。すぐに結果を出すよう求められているため、すぐに話せる『まるごと』のようなテキスト・学習方法は企業内での日本語教育でも重要だと思っています)
 
A5:C1、C2のレベルは「熟達した言語使用者」であり、学習者にとって必要なテーマや分野において、日常的なレベルを超えたより高度な日本語運用が求められるものです。そのため、学習者が日本語学習を継続するにしても、教材はお仕着せの教科書ではなく、学習者のニーズに合わせて準備されたもののほうが有効だと思われます。企業内でC1、C2の日本語を教える場合は、その企業内の様々な文脈において、C1、C2レベルで具体的にどんな言語活動をするのかを把握し、そこから教材をつくるという作業が必要になるだろうと思います。
あるいは、『まるごと』のような学習方法(実生活での課題達成を目指す、自己評価する)でCレベルに近づいた学習者だったら、自分の日本語使用の中でレベルに合った課題を見つけることができるようになっているかもしれません。学習者が中心となって、グループで共通の課題を設定したりその中で個別の課題を細かく設定したりする、そして教師はそれをサポートするという方法もとてもいいと思います。



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