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【無法時代の東国】土地の横領は当たり前。

2022年1月9日(日)、新しい大河ドラマ「鎌倉殿の13人」がスタートしました。主役は小栗旬演じる「北条義時(通称:小四郎)」です。

第1話は原則として、北条館が舞台で、もともと劇団の主だった脚本の三谷幸喜氏の良さが存分に生かされつつ、SNSのトレンド入りを狙っているBUZZ WORD(例:首チョンパ)をさりげなくブッ込んでいて、まぁ、これはこれで1つのドラマのあり方だろうなと感心する次第です。

このドラマはいろんな解説をしている人がいる中、自分は何を書こうかなとあれこれ考えていたのですが、とりあえず、第1話(というかこれからも多分重要なキーパーソンになるであろう)はこの人(↓)に焦点を当てたいと思います。

工藤祐経(演:坪倉 由幸)
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乞食か?はたまたホームレスか?工藤祐経

1話から登場人物が非常に多いのですが、テロップ表示されているのは主に北条家の人間か佐殿(頼朝)ぐらいで、それ以外の人間は何者なのかを会話からしか察することができません。

その中で異色際立っていたのが、上記写真の工藤祐経(公式サイトより引用)です。

身体中ノミやシラミを飼っていて、衣服も着替えておらず、烏帽子もヨレヨレ。現代の感覚ならどうみてもホームレスにしか見えません。

ですが、この人、出自はきちんとした藤原家(南家)の系統を受け継ぐ工藤氏の棟梁(となる予定だった人)です。

それがなんでこうなったのかと言えば、第1話に出てきた「じさま(爺様)=伊東祐親」に親から譲られた土地(荘園)を奪われたからでした。

工藤氏とは何者なの?

時は奈良時代。当時の朝廷で権勢を誇った藤原四家(北家、南家、式家、京家)の中の1つ藤原南家を興した武智麻呂の子・乙麻呂工藤氏のルーツになります。

乙麻呂から数えて8代後に藤原為憲という人がいます。

この人のお父さんは常陸国(現在の茨城県)の国守でしたが、東国に独立政権を樹立しようとしていた平将門に捕らえられていました。

で、母方の従兄弟である平貞盛(伊勢平氏<平家>の祖)や下野(現在の栃木県)の豪族・藤原秀郷(田原藤太)と共に将門を討って父を救出します。

為憲は、将門を討った功績により、従五位下の官位を与えられ、木工助(宮内省下で造営や材木手配を司り各職工を支配する役所の次官)に任官します。

これを後世まで残すため…..だと思うのですが、これより為憲の血統は「工藤氏」を名乗ります。「藤原の木工助」がその氏の名の発祥なのです。

為憲の孫になる工藤維景が駿河守に任官し、伊豆国狩野荘(伊豆市大平柿木付近)に住みました。以後、維景の血統が伊豆に土着します。

家督相続のウラミ

維景から3代の後、すなわち工藤氏6代目に工藤祐隆という人がいました。
この人は、荘園の開墾を進め、久須美荘(現在の伊東市と伊豆市一帯)という大きな荘園を開発しています。

この祐隆には祐家という嫡男がいましたが、若くして亡くなりました。

亡くなった祐家には嫡男(祐隆にとっては嫡孫)がいました。これが伊東祐親(ドラマ上の「じさま」)です。

しかし、当時は幼少だったためか、祐隆は後妻の連れ子である祐継という者を養子とし、伊東荘(伊東市)を継がせて伊東祐継と名乗らせました。

同時に祐隆は、嫡孫である祐親も自分の養子にして、河津荘を継がせて河津氏を名乗らせています。

祐隆から見ればこれでメデタシメデタシだったんでしょうが、これがそもそもの間違いの大元なんですよね(汗)

だって、本来なら祐親は工藤家の跡取り(嫡流)であるため、久須美荘を全部相続できたはずなのに、工藤家に縁もゆかりもない人間・祐継に伊東荘を奪われたのです。当然ながら祐親は祐継に恨みを持つことになります。

伊東荘を相続した祐継はほどなく病気になり、臨終の際に自分の息子の面倒を祐親に頼みます。この時の祐継の息子・金石が後の工藤祐経になります。

祐親は祐継死去後、金石を養育し、元服(成人)させた後は祐経と名乗らせて自分の娘(万劫御前)と結婚させ、さらに京に上ってすでに参議に上がっていた平重盛に目通りさせています。

祐経は重盛に仕え、歌舞音曲に秀でてた才能を持っていたようです。

ここまで書くと祐親は相当に「いい人」なのですが、これが全部祐経の所領である伊東荘を奪い取るための計算だったとしたら……相当陰険な策謀家と言えるのではないでしょうか。

祐親は祐経を平重盛に仕えさせ、自らは東国に戻った後、伊東荘を強引に横領します。さらに娘・万劫御前も離縁させて、相模国土肥郷(現在の神奈川県湯河原町・真鶴町一帯)を領する土肥遠平に再婚させてしまうのです。

これは祐経の領地を奪って経済的特権を剥奪するだけでなく、心拠り所である家族すら破壊し、祐経を精神的にも孤立させることになりました。

もちろん祐経だって黙ってはいません。叔父にあたる祐親の横暴は許せず、朝廷に訴えますが、当時の社会的信用(平家の信用)は祐経よりも祐親にありました。当時の祐親は伊豆国に流罪にされた源頼朝の監視役を平家から託されるほどの存在だったのです。

よって祐経の訴えはことごとく退けられてしまいます。

武士は領地(支配地域)がなければ収入がありません。
そのため土地をめぐる争い、訴訟は恐ろしい数に登っていました。
祐経はさらに妻まで奪われてバツイチに貶められたのです。

でも、これ、原因はぜんぶ工藤祐隆なんですよね。
なので祐経は完全にとばっちりをうけているに過ぎません。
彼が何か悪いことしたわけではないので。

この時代の土地の横領は当たり前

法整備が整っている令和の現代においては異常ですが、祐親がやった土地の横領というのは当時の東国では許されることでした。

もともと、西暦743年(天平十五年)に発布された墾田永年私財法によって、開墾した土地は自分のものにして良いという法が施行され、その土地を守るために武装したのが武士の始まりです。

したがって、その土地を所有するにはそれ相応の武力の保持がイコールである必要がありました。

なので、土地は武力で奪い取ることが可能であり、そのことを咎める人間はいなかったのです。

ドラマでは、祐経が登場した際に下記のようなやりとりがありました。

祐経「私がじさま……いや、伊東殿から受けた仕打ちは耳に入っていますか?」
義時「……ま、おおよそは」

『鎌倉殿の13人』第1話「大いなる小競り合い」16分30秒頃

令和の現代であればなら

「大変でしたね」
「何かできることある?」
「弁護士紹介しようか?」


となりますが、義時の反応は(自分の祖父が当事者という負い目もあるのですが)淡白なものでした。それはこの時代は「土地を奪われた者が負け」というルールになっているからです。要するに祐経が間抜けなのです。

かつて平将門も京に官位を求めに行ってる間に、叔父の平国香平良兼に父の遺領の多くを奪われており、それが、将門が朝廷に反旗を翻した承平天慶の乱の原因の1つと言われています。

よってこの時代、土地をめぐる争いの解決は戦争(戦い)しかありませんでした。なぜなら裁判を行う役所も、裁判官も東国にはいなかったからです。

東国にきちんとした訴訟機関ができるのは西暦1184年(治承八年)の頼朝による「問注所の設置」が始まりとなります。

つまりこの頃の東国は一種の無法地帯で、武士団による緩やかなコミュニティが形成されており、そのコミュニティでの優先順位はその武士団の軍事力だったという解釈が妥当になるかと。

工藤祐経は戦国大名/飫肥藩主・日向伊東氏の祖

ドラマ上では乞食ホームレスにしか見えない工藤祐経ですが、頼朝の家人となって以後は安達盛長(演:野添義弘)北条義時と同じ頼朝の近習の役割を担うことになります。

盛長や義時には武人としての功績はありますが、祐経には武功はほぼなく、ほぼ京時代のナレッジと人脈を活かした文人としての功績が主でした。

その後の経緯はドラマのネタバレになるので割愛しますが、西暦1190年(建久元年)1月、祐経は頼朝より下記の土地の地頭職(現代でいうと市町村長)に任命されます。

県荘(延岡市):88町
田島荘(佐土原町の一部): 30町
富田荘(新富町の一部):80町
児湯郡内(都農、川南、高鍋):240町
諸県郡内(国富町あたり):300町
合計:738町

県荘を除けばほぼ現在の宮崎平野一帯です。
その後祐経は暗殺されるのですが、祐経の子・犬房丸が家督を相続し、元服(成人)して伊東祐時を名乗ります。この時、領地は県荘、田島荘、諸県郡内で加増され合計985町の地頭職を拝命します。

祐経にしろ、祐時にしろ、この時は地頭職になっていますが、実際の土地には赴いていません。ですが祐時の子である

伊東祐明(祐時四男)
伊東祐景(祐時五男)
伊東祐頼(祐時六男)


は日向国に下向し、それぞれ田島氏、門川氏、木脇氏として土着しました。

この後、しばらく伊東氏の本家は鎌倉、分家は日向と二分する状態になります。

時は流れ、西暦1336年(建武二年)本家の伊東祐持が足利尊氏に味方して転戦し、日向国都於郡(現在の宮崎県西都市)に300町の領地を賜りました。この時、祐持嫡男・祐重を下向させたことで、伊東本家が日向国に初めて入ることになります。

したがって、工藤祐経は日向伊東氏の祖になるわけです。

この後、日向国内で伊東本家 VS 伊東分家の仁義なき戦いが勃発し、伊東家は国人領主から戦国大名に成長し、一時的な没落を経て、徳川幕府期の飫肥藩主となるのですが、それはまた別のお話ですね。

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