見出し画像

ただ降る雨の様な創作。

ぼくの様なヒトからすると、雨なんかは気まぐれで、靴が汚れたり、傘なんかささなきゃいけなくて、でも、雨からしたら、降るべくして、降りたくて降っているのだろう。

創作を続ける日々は、思ったより自分のための日々である。「さぞや、皆、私のエッセイが読みたくて読みたくて堪らんだろうな。」なんて気で書くには、あまりに稚拙なエッセイであるのだ、ぼく。

そうは言っても「辞めたくないし。」「夕方にもなって書き終わってないと、なんかもぞもぞして心地悪いし。」

別に、ぼくが書かずに、他の誰かがステキなエッセイなど書いて、また別の誰かが少しでも穏やかでいてくれたら、でも、もし仮にその笑顔が、私の書いてエッセイによるものなら、ぼくは嬉しいし、正直、そうあって欲しい。

なんて、まるでアイドルのようなことを言ってやりたくなって、せめて罪滅ぼしに「第一読者であるぼくが、面白い」と思うモノにしようと、やっているのだ。

ただ、しんしんと降る雨のように、誰に望まれたわけでもなく。ポツリポツリと、やっているのだ。

ただ降る雨のように、まっすぐ、淡々と、横展開など考えない。そもそも、「facebookでイベント招待して、」なんていう雨、ぼくは嫌だ。

「今日もやらせてもらってます。」と、つらつら書きつらねる、雨となって溢れ降る心の機微。

どこかの農家が、「今日は雨、降らんねえがや~」なんて待っていてくれたら嬉しい。

こんな方言は無いらしいが。

ただ降る雨に、すくなくともぼくは、何かを期待している。

きょうもどこかで雨が降っているから、美味い美味いとビールが飲めるのだ。なんて。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?