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雨の日、遊園地、僕の天使。

雨の日だった。
神様が号泣していていたその日、僕は天使に出会ったんだ。

アパートの近くの公園は、普段はとても静かだ。
特別な子ども向けの遊具もなく、とりたてて写真に収めたいような景色もない。
誰のために作られたのかもわからない公園は、いつも閑散としていた。

僕はそんな公園が好きで、すぐ近くのアパートを選んだ、はずだった。

この一ヶ月、その静けさが一変した。
人っこ一人いない公園に、移動遊園地がやってきたのだ。

何もなかったエリアに突如現れた移動遊園地は大盛況だった。
入場無料・駐車料金も無料ということもあり、平日でもたくさんの人で溢れかえっていた。

僕はというと、通勤時にそれを横目で見るだけだ。
行きたいなんて思うことはなく、むしろ大人気なくはしゃいでいる人なんかを見ると、冷めた目になってしまう。
毎日毎日、車は渋滞。連日、人の賑やかな笑い声と叫び声。

僕の安寧は乱された。

一ヶ月もそれが続くとは予想だにしておらず、人ゴミが苦手な僕の精神はズタボロになった。

仕事で疲れた体を引きずって歩く。
帰れば癒されるはずだったのに。
この一ヶ月、公園の前を通る度、回復しない疲れた身体に子どもの笑い声がひどくしみた。


11月12日(日)移動遊園地最終日 天気は雨

バケツをひっくり返したような雨は、盛り上がるはずだった最終日を残念な日に変えた。
あまりの雨の酷さに休園になったのだ。

僕は大きな黒いコウモリ傘を手に、意気揚々と移動遊園地へと向かった。
誰もいない遊園地は閑散としていて、そして寂しそうだった。
本来なら、たくさんの人が遊園地の最終日を惜しみながら楽しんでいたのだろう。

回転木馬も道化師のパネルも、みんな最終日を迎えられずに涙していた。
あまのじゃくな僕は、そんな詫びしげな遊園地を見て鼻で笑った。

僕が笑うのと同時に笑い声が聞こえた気がした。

声が聞こえた気がした方向に目をやると、女の子が立っていた。遊園地を見つめてるみたいだ。
傘もささず雨に打たれている。
頭からつま先まで、まるで着衣のままプールに飛び込んだみたいにずぶ濡れだ。

僕は思わず、そしてそっと、黒いコウモリ傘を彼女の頭の上に差し出す。
彼女はそれに気づいたのか、すすすと僕に擦り寄ってきた。

「僕のアパートそこだけど、雨宿りする?」
その質問に、彼女は静かに返事をした。
雨で消え入りそうな声だった。

僕たちは何も話さずに、アパートへと歩いた。

ひたひたの灰色の雲は重みに耐えられず、次々に雨を落とす。

雨は傘を打つ。
黒地のポリエステルに弾かれた雨は僕たちの足元に落ちる。そしてアスファルトにも弾かれて、行き場のなくなった雨粒は僕たちの足元を濡らし続けた。

傘を打つ音も、水たまりを弾く音も、どの音も高鳴り続ける僕の心臓の音と比べるとささやかなBGMだ。
僕は一本のコウモリ傘の下で歩く彼女の目をこっそりと覗いた。

シャワーを浴びた後みたいに、首筋に張り付いた彼女の黒い髪。
ツヤツヤとした黒髪の隙間から覗くその瞳は、緑がかった青をしていた。

地面に落ちる前の雨よりも、もっと澄んだ青。
ビー玉みたいな無垢な瞳に、吸い込まれるかと思った。

アパートに着くなり僕はタオルを彼女に渡した。
浴槽にお湯をはる。

彼女は浴室に入るなり、さっとシャワーを浴びて風呂から逃げ出そうとした。
「風邪、引いちゃうよ」
僕は慌てて服を脱ぎ浴室に飛び込むと、湯船であったまろうと声をかけて、彼女を湯船の中で捕まえた。

彼女は滑らかで柔らかかった。僕はこっそりと彼女を撫でた。少し骨ばったところもあるけど、それすらも愛おしい。
さっき出会ったばかりなのに。

彼女もまんざらじゃない様子で、僕の首元に顔を滑らせる。僕たちは湯船で水しぶきをあげながら、じゃれあった。

頬に口に首筋に、腕に胸にお腹に、僕たちはあらゆるところにキスをした。
頭の中までお湯に浸かったみたいにのぼせてしまって、僕が慌てて風呂を出ると彼女も慌てて飛び出した。

僕は彼女を大きなバスタオルでふわっと捕まえて、膝の上に乗せてドライヤーの風を当てた。彼女は溶けていくみたいに僕に寄りかかった。
ふわふわと柔らかい髪が僕をくすぐる。

すっかり乾ききると、彼女は生まれたままの姿でベッドに潜り込んだ。
僕は慌てて髪を乾かして、半分濡れたままでベッドに滑り込んだ。

ほてった体をひんやりと落ち着かせてくれる少しだけ冷たいリネンのシーツに足を滑らせた。
僕たちは生まれたままの姿で抱き合って、彼女は嬉しそうに鳴いた。


ピピピピピ

スマートフォンのアラームが鳴って、僕は慌てて飛び起きた。
スマートフォンを手に取り、日付を見る。

11月13日(月)

「仕事か」
僕は大きくため息と一緒に独りごちる。
彼女が僕の顔をペロリと舐めた。
かわいい彼女をぎゅっと抱きしめる。


僕は手に持っていたスマートフォンでボスへメッセージを送る。
「熱があるので終日休みます。申し訳ありません」

あながち嘘じゃない。
だって僕は彼女にお熱なのだ。


さて今日は何をしよう。
雨の日に僕の元に降り立った天使に、美味しいものでも買いに行こうか。

神様があんなに泣いてたのは、この特別にかわいい天使を落としたからかもしれない。




僕の元に現れた天使が好きなのは、やっぱり、ちゅ~るかな。





おしまい



ふふふ。
彼女は猫でした、というオチ。
みなさん、どのあたりで気づかれたでしょうか。
いつもしょうもなくて、すみません。
書きたくなったらうずうずしちゃって。

創作は、その想像力によって支配される。






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雨の日をたのしく

猫のいるしあわせ

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