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冬の終わりの始まり

梅がほころぶ季節となりました。

寒さがまだ厳しいこの時期に綻ぶ梅の花を、あなたが一番好きだと言っていたことを僕はずっと覚えています。

「冬の終わりの始まりなのよ」

あなたのその言葉が、僕は忘れられずにいます。今でもずっと、梅の花が綻ぶ季節がくるたびに、耳の奥の方でその声が寄せては引いていくのです。冬の空気の緊張感は、この時期は溶けることがなく、春まではまだまだ遠い。それでもあなたは、この季節が好きだとおっしゃいましたね。僕は、未だにずっと、その言葉の意味を考え続けているのです。

あなたは春の訪れをこわいと言いました。出会いの季節でもあるけれど、別れの季節でもあるから、と。木の芽時の浮き足だった感情も、自分が自分でなくなるような気がしてこわいのよ、と。

この歳になり、やっと僕もその言葉の意味がわかるような気がしています。

あなたは冬をどう捉えていたのでしょうか。寒い寒い冬に、二人で部屋に閉じ籠り、温かいココアを飲んだあの日のように、あなたは冬を良いものだと思っていたのでしょうか。それとも、待てども待てども来ない想い人を待つ、あの雪の日のように辛いものだと考えていたのでしょうか。

僕はあなたには、冬を前者のように思っていて欲しい、と考えています。

でもきっと、あなたならこう言うかもしれませんね。
あなたと飲んだ温かいココアより、彼が来なかった日の雪の方が暖かかった、と。

僕があなたが愛した彼の代わりになれなかったこと、誰よりも僕が知っていることを解っていたはずなのに。あなたはいつも残酷で、あえて僕にそれを言わせようとしていた気がします。あなたは彼が自分の元に来ないことを知っていて、僕をそばに置いていたんですね。彼があなたをそばに置いていたように。

あなたにとって冬とは、彼そのものだったのでしょうか。

寂しげで、切なげで、ひとりぼっちで、そして冷たくて、かなしい。
春が訪れることは、冬の終わりを意味する。だからあなたは春が嫌いだったのでしょうか。

僕は、あなたといた時には苦手だった春が、今では好きになりました。

明るい日差しに、色とりどりの花々、嬉しそうな笑顔に、あたたかい木漏れ日。
どれも、素敵なものだと思えるようになりました。きっとそれは、今、僕のそばにあたたかい手があるからだと思います。

冬は終わります。
春は始まります。

それでもまた、冬はやってきます。

ずっとずっと、生きていく限り、僕たちの中で季節は巡るのです。
そしてまた、僕たちが死んでもなお、季節は巡るのです。
僕の命の欠片が、あなたの命の欠片が、彼の命の欠片が、たとえ、形をなさなくとも。
僕たちがいつか、ついえようとも、季節は巡るのです。

ずっとずっと、季節はただ巡り続けるのです。



冬を愛し、そして永遠に冬を生きるあなたに、いつの日か、春が訪れることを祈って。







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