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クリスマスプレゼント

あの歌の歌詞は本当だった。
恋人は本当にサンタクロースだって思った。


奈月にも罪悪感はあった。

夏から付き合い始めた同じ歳の彼氏とのクリスマス。彼氏である隆史を騙す形で、家のクリスマスパーティに誘うことになってしまったことを奈月は申し訳なく思っていた。

隆史は優しいから、ちゃんと説明すれば喜んで家に来てくれるような気もした。反面、無理をさせてしまうかもしれないと思うと、奈月は最後の最後までその話を切り出すことができなかった。
結局、クリスマスイブの前日に、かなり強引な形で隆史を家のクリスマスパーティに招待してしまった。


奈月の10歳下の小学5年生の弟、達也の元気がないと気づいたのは10月の上旬頃だった。
体育が大好きなはずの達也が運動会の練習期間中に元気がない。ありえない、と奈月は思った。

だって達也は、体育と昼休み、それに給食のために学校に行くような子だ。
一番輝いてるはずの季節に元気がないなんて。

それとなく達也のことを母親に聞いてみた。
どうも学校でいじめられているらしい。
ものすごく酷いいじめという訳ではないらしいけど、無視されたり揶揄われたり、そんな感じなんだと言う。

「学校に相談したの?」と奈月は母親に尋ねた。
奈月の母から返ってきた返事は「達也、学校に親が出ていくの、嫌がるんだよね」と言うものだった。
残念そうな、無念そうな母の顔。
母自身も何もできないフラストレーションを抱えているんだろうなと思うと、奈月の胸は苦しくなった。

そんな中、近所の公園に移動遊園地が来たのは10月のことだった。
奈月は移動遊園地が来てすぐに隆史とデートで遊びに行った。けれど弟の達也は、父の休みがなかなか取れずに移動遊園地に行くことができなかった。

奈月が移動遊園地の話をすると、達也は心底羨ましそうにしていた。

移動遊園地の最終日。
やっと父の休みが取れることになった。父と母、達也の三人で移動遊園地に遊びに行く予定を立てたまでは良かったが、その日はあいにくの豪雨で、達也の移動遊園地へ行く予定は雨と一緒に流れてしまった。

達也の元気がないことは奈月も気づいていたし、奈月は自分が達也を移動遊園地へ連れて行ってあげれば良かったと、後悔していた。
少しでも達也の気が晴れたかもしれないのに、と。

そんなこともあって、奈月はどうしても今年は家のクリスマスパーティーに参加したいと考えていた。
家族だけのこじんまりしたパーティーだから、1人でも欠けると途端に寂しくなることは容易に想像がついた。

元気のない弟が心配だったし、少しでも楽しい気分を味わって欲しい。
相談をせず一人でこのトラブルを乗り越えようとしている弟に、姉としてできることはそのぐらいしかないと思った。

「お姉ちゃんは、彼氏とクリスマスでしょ?」

奈月が達也にそう言われたのは11月の終わりのことだった。
もうサンタさんを信じていない達也に「クリスマスプレゼント、何を頼むの?」と聞いた時にさっきの答えが返ってきた。

奈月は咄嗟に「う〜ん。まだ決めてない」と返事をした。
実際にまだ隆史とクリスマスの予定を決めていないことは間違いなかった。
ただ、漠然と一緒に過ごすだろうな、と奈月が考えていたのは間違いなかった。
もちろん隆史も同じ気持ちだったけれど……。

奈月の曖昧な返事を聞いて「オレのことは気にしなくていいから」と達也は笑った。奈月は笑った達也の顔を見ていると、なんだか達也が無理をしてるんじゃないかと心配になった。
そして、その時奈月は、絶対に家でクリスマスを過ごそうと決めたのだった。

奈月は母親からも、
「達也のことは気にしなくていいのよ。最近、元気になってきてるし。学校もちゃんと行けてるから」
とは言われはいたものの、やっぱりどうしても達也のことが気になった。

くだらないいじめなんて、道端に落ちてる石ころみたいに当たり前にそこここにある。
突然の雨に降られるみたいに、大なり小なり、一度くらいは誰しもが経験してることなんじゃなかろうか。
雨なら晴れれば乾くけれど、あまりにひどい雨だったら、それはひどい爪痕を残す。いつまでたっても消えない深い傷跡みたいに。

雨が降ってる時は、降っている雨をどうやってやり過ごすかを考えることで頭はいっぱいだ。
小雨だから大丈夫だと思ってたって、次第に雨足が強くなることはあるんだ。

そんなことを考えると、奈月はどうしたって10歳も年下の弟のことが心配になった。


12月に入ってすぐ、隆史に「クリスマス、どうしようか?」と聞かれた時、奈月は正直に「実家で過ごすから」と答えた。
がっかりする隆史の顔を見るのは辛かったけど、日付にこだわる必要も正直ないかなと考えていたのは事実だった。

だって無宗教だし、クリスマスはどこも値段は高いし、人も多い。
それなら、ちょっとでもお得に楽しく過ごした方がコスパはいいんじゃない?と。
……思っていたと言うより、奈月はそう思うようにしていた、が正しいかもしれない。

結局、クリスマスのお出かけは日付をずらして隆史と旅行に行くことになった。
奈月はすごく浮かれていた。
達也には悪いけど、ちょっと達也のことを頭の隅にやってしまうくらいに浮かれてた。

美容院に行って、サプライズのプレゼントを買って、下着も洋服も新調した。
少しでもかわいく見られたいし、もっと私のことを好きになってほしい。
12月の奈月は少し浮き足立っていた。
ツリーに飾られている雪のわたを靴の中に忍ばせているんじゃないかってくらいに、いつも少しだけふわふわとしていた。

隆史は逞しくて、男らしい。
少し不器用そうな感じがまたいい。
照れくさそうにはにかむように笑う顔が、とってもかわいい。

初めはカッコいいと思ってたけど、次第にかわいいに変わっていって、これが大好きってことなんだと奈月は感じていた。
日に日に、好きが大きくなっていく感覚。
これまでの先輩に憧れていたり、手をつなぐだけで満たされていたような淡い恋とは違うような。

達也のことを頭の隅に追いやっても大丈夫そうなくらい、12月に入ったあたりから達也は元気そうに見えた。

何があったのかは奈月には皆目見当もつかなかったけど、もうこのままでも大丈夫かなと傍から見ていて思うくらいに達也は元気になっていた。

でも、学生生活はまだまだ長い。
多分これからは、姉の私ではわからない男の子の世界があるだろうと奈月は考えていた。

奈月はある作戦を思いついた。

隆史と達也を友達にしちゃおう作戦だ。
体育会系の隆史と達也は気が合う気がしたし、お兄ちゃんという存在は心強いんじゃないかと。
それに、彼氏が家族と仲良くなってくれたらと言う淡い期待も奈月にはあった。

奈月は作戦を思いついた日、母親に
「家でやるクリスマスパーティー、彼氏も呼んでいい?」
と尋ねた。母はかなり困惑した様子だった。
「え?! 彼氏に悪いでしょ。可哀想じゃない。それならもう家のことは気にしないで、二人でデートしたらいいのに」
奈月の母は明らかに彼氏を家のクリスマスパーティーに呼ぶことについて乗り気ではなかった。

奈月はそこで強引に食らいつく。

「でも、お母さんたちに彼氏を紹介したいし。ほんとにすごくいい人だから。多分、達也と仲良くなれると思うんだ。クリスマスってどこも人が多いし、値段も高いんだよ。家だったら、お母さんの料理食べればいいし、ケーキもあるし。それにほら、旅行でお金もかかるから」
と畳み掛けるように説明した。説明というよりかは、強制的にうんと言わせるための説得。

奈月の母も「う〜ん。まあ、隆史くんがいいならいいけど」なんて言いつつも、「それならいつもより張り切らなくっちゃね」と料理サイトを巡りに巡ったり、ケーキもいつもより奮発して大きいのを予約してくれた。

達也にも「クリスマス、彼氏も呼んでいい?」と尋ねたら「お姉ちゃんの彼氏? ゲームできる? 一緒に遊んでくれるかなぁ」とウキウキしていたのが奈月にも伝わってきていた。

それでも、奈月は隆史に実家でのクリスマスパーティーのことを言えずにいた。

だって、いきなり家に来てなんて、なんて思われるかわからないし。
無理って言われたら、悲しすぎる。


なんてことを考えていたら、あっという間に旅行の日になった。

初めての旅行はとっても楽しかった。
行き先は電車で二時間の温泉街。駅で美味しそうなお弁当を一つ買って、二人で朝ごはんにとシェアして食べた。
行きの移動の電車の中で、買っておいたガイドブックを一緒に読んだ。
奈月が楽しみすぎて貼りすぎた付箋の量を見て、
「これじゃ、どこに行きたいのかわかんないよ」
と隆史は嬉しそうに笑った。

温泉街を散策して、お腹いっぱいになりすぎないように気をつけながら食べ歩きをした。晩御飯も食べるのに、出過ぎたお腹を見られるのはどうしたって恥ずかしい。そんなことを考えながらも、奈月は美味しそうな食べ物の誘惑には勝てなかった。

奈月が食べる様子を見る隆史の目は優しくて、奈月はもっと隆史にくっつきたいなと思った。でも、外だしと諦めることにして、腕にギュッと捕まるだけにした。

少し早めに宿に戻ると、宿の周辺を散策したり家に買って帰るお土産を確認したりした。
夕飯は少し早めにとった。とてもおいしかった。
料理が美味しいと評判のお宿は、どのお料理も美しくて、そして手が込んでいた。

母親に「お料理の写真撮って、見せてね」と言われていたのも忘れて、奈月はあまりにキラキラとした美しい料理たちに目を奪われて、気がつけばあっという間に夢中で食べてしまっていた。

最後の方になるとお腹がパンパンに膨れていて、これ以上食べたら流石に隆史にお腹を見せられない、と奈月は思った。
「お腹いっぱいだから、隆史食べる?」
と最後に出てきた美味しそうなお鍋とご飯を隆史に食べてもらったけど、自分で食べられなかったことを奈月は悔やんだ。

でも、背に腹は変えられない。
このお腹が背中くらいぺたんこだったらいいのに、と奈月は切実に思った。

「プリンは食べれるでしょ? 奈月の大好物だし」
と隆史はデザートの自家製プリンとフルーツを奈月に譲ろうとしてくれた。はじめは「おなかいっぱいだし、大丈夫」と言っていた奈月だった。
でも、一口食べるともう我慢ができなかった。

卵たっぷりの固めのプリンには甘さ控えめの生クリームがちょこんと乗っていた。その上には可愛いさくらんぼ。奈月はさくらんぼの枝をつまんで、口に含む。舌で実を潰すと甘酸っぱいさくらんぼの果汁が口いっぱいに広がった。
種をプリンのお皿の端に避ける。プリンにスプーンを入れるとしっかりとした弾力が指先に伝わる。大きな口を開けてプリンを頬張ると卵と牛乳のこっくりとした甘さと少し苦味のあるたっぷりかかったカラメルが奈月の食欲を刺激した。

「おいし〜!!」

奈月は大好きなプリンの誘惑に耐えきれず、結局、隆史の分まで食べてしまった。

その後、大浴場に行って、奈月は自分のぽっこりと出たおなかを見て愕然とした。念入りに、丁寧に体を洗って、少しお腹もマッサージしてみたりした。
無駄だったけど……。

ホテルは乾燥しやすいという注意を友達から受けていた。カサカサの肌を隆史に触られるわけにはいかない。
奈月は顔にはたっぷり化粧水と乳液をつけて、体には隆史が前に好きだと言ってくれたいい匂いのするボディクリームをしっかりと塗った。

温泉から出ると、浴衣姿の隆史が待ってくれていた。
着慣れていない浴衣の胸元は少しはだけていて、鍛えられた大胸筋が顔を覗かせていた。奈月の胸は高鳴った。
ギュッと強く握られた手から隆史の高鳴りのようなものを感じて、奈月はいつも以上にドキドキしてしまった。

部屋に入るなり隆史は奈月を抱き寄せた。
力強い上腕二頭筋で抱きしめられてキスをされると、奈月はそれだけで全てが蕩けてしまいそうだった。
けれど、全てを脱がされる前にこのぽっこりお腹を見られることは阻止しなければいけない。

「恥ずかしいから、電気消して欲しいな」
と甘えるような声を出して隆史にお願いすると、隆史は慌てるように「あ、そうだね」と電気を消して、そのまま布団に傾れ込んだ。


翌日、お土産を買って、電車に乗って帰った。
楽しい旅行ですっかり忘れていたクリスマスイブの実家へのご招待のことを奈月はふと思い出した。

チャンスはここしかない。

お土産を確認しながら、さも当然という風に奈月は切り出した。
「ほんと楽しかった。隆史、ありがとう。今日は一旦、家に帰るよね? 嬉しいな、隆史とクリスマスイブも会えるなんて。弟も隆史と会えるの楽しみにしてるよ。お母さんも、よかったらと泊まっていってって言ってたし」

隆史がきょとんとしているのがわかった。
「ん? クリスマスイイブは実家で過ごすんじゃなかった?」

奈月はここでも畳かけるように説明をした。
「そうだよ。実家で過ごすでしょ? うちの実家で。特に何も持ってこなくいていいから。一応、泊まれるようにパジャマとかだけ持ってきといてね。クリスマスイブ・イブ・イブもクリスマスイブ・イブも、クリスマスイブもクリスマスも一緒に過ごせるなんてさ、贅沢だよね!!」

隆史は「あ、そうだね」と言いながら、外を眺めていた。


ああ、強引すぎた。
と奈月は反省した。


次の日、奈月は駅まで隆史を迎えに行った。
隆史はたくさんの何かが入った紙袋を両手に持っていた。
「パジャマ?」と聞くと、
「う〜ん、それもある」と隆史はにっこりと笑った。

奈月はその笑顔を見て胸を撫で下ろした。
嫌がってなさそうで、良かったと思った。

下手したら今日は来ないかもしれないし、卑怯な女だと思われたら振られるかもしれないと内心胸がドキドキしていたから。


ホームパーティーはとても楽しいものになった。
家に到着してすぐの隆史の緊張っぷりは目を見張るものがあったが、父親が少し遅れると聞いて、緊張がほぐれていったのがわかった。

母親が腕によりをかけて作った料理を隆史は「うまいうまい」と食べて、紙袋に入っていたゲーム機をテレビに繋いで、隆史と達也はかなり盛り上がってゲームをしていた。
父親が帰ってきたのは、それから少し後のことで、その頃には隆史もいい感じに酔っ払っていて緊張せずに父との対面を果たせたようだった。

みんなでゲームをして、ワインも開けて、ブッシュドノエルも食べて。
夜が更けていって「隆史くん、今日はもう遅いし泊まっていったら?」と母が隆史に声をかけた。
「はい。ありがとうございます」と笑った隆史の頬はほんのり赤くて、可愛くて、奈月はすぐにでも抱きしめたいと思った。

「うち、客間がないから達也と一緒の部屋でいい? ごめんね。お父さんが心配するから」と母は達也の部屋に客用布団を敷いた。
「もちろん。こちらこそお気遣いすみません」と隆史が頭を下げた時、せっかく二人きりになれると思ったのに、と奈月がこっそり不貞腐れるのを見て、隆史は優しく笑った。

夜12時を回って、クリスマスイブがクリスマスになった頃、奈月のスマートフォンの画面が明るくなった。

隆史からのLINE。
「まだ起きてる?」
奈月は「うん」とシンプルに返事をした。

少し経って奈月の部屋のドアがコンコンと音を立てた。奈月がそっと戸を開けると上下グレーのスウェット姿の隆史が立っていた。
奈月は人差し指を立てて「しー」と空気だけで言うと、隆史を部屋に招き入れた。

奈月と隆史はベッドに腰掛けて、声が部屋の外に漏れないように静かに話をした。
奈月はいきなり隆史を家に誘ってしまったことを謝った。でも、嫌な顔をせずに遊びにきてくれたこと、自分の家族と仲良くしてくれたことを感謝していると伝えた。

隆史は奈月の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「当たり前だよ。大事な奈月の家族だし。そりゃちょっと緊張するけど、呼んでもらえて嬉しかったし。達也とも仲良くなれたし、お母さんのご飯はおいしかったし、お父さんがお酒飲んだら面白いのも楽しかったし。何にも謝ることないって」と奈月の顔を覗いて、隆史は微笑んだ。
奈月の目頭が熱くなった。

「あ、それとこれ」
隆史が右のポケットからかわいらしいプリンが乗った指輪を取り出した。
「何これ」
奈月がふっと笑う。

「奈月、プリンが好きだから。喜ぶかなと思って」
「プリンは好きだけど……」
と奈月がくすくすと笑うと「え? プリンじゃダメだった? じゃ、手出して」と隆史は左のポケットに手を突っ込んだ。

奈月が両手を広げると隆史は「これもあげる。クリスマスプレゼント」と両手いっぱいにおもちゃの指輪を奈月に手渡した。
クリームソーダにホットケーキ、ゼリーにコーヒー。とにかくいろんな指輪があった。

「何これ」奈月が笑った。
「ほんとはさ、旅行、もうちょっとお金出してもいいと思ってたんだよね。でも奈月が安いとこ見つけてきてくれたし。今日もお金かからなかったから、浮いたお金で奈月に指輪でも買おうって思ったんだけど」
「だけど?」
「サイズがわかんなくて。それに奈月がどんなの喜ぶかもわかんなかったし。で、奈月プリン好きだからって思って、ガチャ回してきた」
隆史は照れくさそうに笑った。

奈月は胸がきゅうっとなって、隆史にハグをして「ありがと」とキスをした。
隆史は「どういたしまして」と笑うと「もう遅いから戻るね」と奈月のおでこにキスをして「おやすみ」と部屋をでた。


おもちゃの指輪なんて、正直全然嬉しくない。

でも、急な誘いを断らないでいてくれて、それに楽しんでくれて、いろいろ考えて用意してくれた隆史の気持ちが奈月にとっては何よりもプレゼントだと思った。
プリンの指輪が出るまでガチャガチャを回し続ける隆史の姿を想像すると、おかしいやうれしいやらで色んな感情が込み上げてきた。

頬が火照っているのを感じ、奈月は少し窓を開けた。



窓の外は雪が降っていた。今年はホワイトクリスマスだ。





おしまい









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