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『料理雑記 その11:リバイバル・りゅうきゅう』

 刺身は美味い。新鮮な魚の魅力をストレートに味わうには最適な食べ方の一つだろう。私も大好きだ。必然、酒の肴にすることも多い。
 しかし、たまに問題が起こる。特に自分で魚を捌いた時に起こりやすい問題なのだが、刺身用に分けた切り身の量が多すぎることがあるのだ。
 店で見た時はそんなでもなかったのに、いざ捌こうとまな板に乗せたらえらくでかい魚だったのが判明したり、一刻も早く食べなければヤバい昨日の残り物が冷蔵庫にあるのを忘れていたりと、絶対的にせよ相対的にせよ、用意した刺身の量が多くなりすぎてしまうことがある。
 すべては献立を任された私の料理人としての力量不足によるものであり、その始末も当然私に任されることになる。というか、そもそも我が家ではナマモノを食べれるのは私だけなのだ。
 いや、無理すればサーモンの一柵くらい食えない事はないんだけどね? 刺身ってそーゆー食いかたは、あんまりしたくないというか……

 さて、そんな我が家の刺身余り問題の救世主となっているのが「漬け」だ。タレに漬けられた刺身は、漬けられたのが短時間であっても身は締まり、生とはまた一味違う美味しさを見せてくれる。更に翌日くらいまでは美味しさもキープできるという優れものだ。
 今回は数ある刺身の漬けのなかでも、我が家で最も登場頻度の高い「りゅうきゅう」を紹介したいと思う。

 りゅうきゅう。醤油ベースの甘めのタレにゴマを加え、一口大に切った新鮮な魚の切り身を軽く漬けたものだ。その名前から琉球、即ち沖縄を連想させるが、沖縄の料理ではなく大分県の郷土料理である。
 なぜりゅうきゅうという名前なのかと問うても、その由来はハッキリしない。名前の通り琉球(沖縄)の漁師から作り方が伝えられたという説もあれば、高名な茶人の千利休(せんのりきゅう)がゴマを使った料理を好んだと伝えられることに由来する、との説もあるようだ。
 大分市の運営する「りゅうきゅうPR大作戦」なるWebサイトでも大分大学の学生さん達がりゅうきゅうの語源を調べた結果が掲載されているが、やはり確かな事は分からなかったようだ。

 このりゅうきゅう、料理漫画の『美味しんぼ』で他の大分の郷土料理と共に取り上げられた事があり、私もそれで初めて知った。簡単な料理方法ではあるが、すこぶる美味い。サバやアジをはじめ、大概の魚を美味しく頂ける。私の試したところだとハマチ、ブリ、サーモン、サヨリなど、すべて最高だ。新鮮な魚なら何でもいけるんじゃないかというレベルである。余ったら熱々のご飯に乗せても美味いし、お茶漬けにしてもよい。




~りゅうきゅう~
①醤油大さじ2、味醂小さじ1、白すりごま小さじ2、白いりごま小さじ2を混ぜて漬けダレを作る。好みで酒を入れることも。
(私の好みで味醂はかなり少なめになってます)
②好きな魚の刺身を①に漬けたら20分くらいでできあがり。
 漬けたままにすると汁に魚の匂いが移ることがあるので、私は漬けた後は汁気をきっている。
 刻みネギ、スライスタマネギ、ワサビ、ショウガ、大葉などお好みの薬味を添えてどうぞ。柑橘を絞っても美味。

 私のオススメの魚はアジだ。新鮮なアジが手に入ったら毎回半身はりゅうきゅうになる。というか、りゅうきゅうの為にアジを買う。
 脂の乗ったアジの身が醤油で軽く締まり、味醂が甘味を補い、ゴマが魚の生臭さを抑えて香味を加える。生の魚の美味い部分だけを残して、それを更に増幅させたような、とでも言えばいいのだろうか。青魚特有の臭いも気にならず、刺身とは一味違うトロリとした舌触りは官能的ですらある。
 合わせる酒は、迷う。日本酒か焼酎どちらを選ぶのか、いつも迷う。日本酒の冷やで余韻を膨らませるのも良いが、焼酎のロックで後味スッキリも捨てがたい。いいやもう、仕方ないから両方一杯ずつ楽しもう。

 りゅうきゅうを一切れ食べる、酒を一口飲む、一息つく、ちょいと頭も一休み。一切れ、一口、一息、一休み。繰り返す毎に、自分の中にある何かが、ほぐれて融けていくような多幸感。私にとってこれを味わうのが晩酌の醍醐味だ。

 海なし県の信州育ちに魚の何がわかると思う方もおられるだろうが、それでも言わせていただきたい。こんなにも魚と酒を美味しく愛せる国に生まれて、私は幸せだと。

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