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スイスの国民投票のインパクト、そして前へ


世界のメディアがあの国民投票をどうとり上げたか?


世界一周する中で、HUMAN standard Monetary SystemのTwitterをやり出したら、それに最初にリアクションしたのが、なんとエマ・ドーネイだった。彼女は、2018年6月のスイスの通貨改革の国民投票で事務局をしていた。
「これやってるの俺なんだよ!」ってかつて彼女と一緒に撮った写真を添えてメッセージを送ったら、「びっくり!まだ活動を続けているなんて嬉しい!」って返事がかえってきた。

いやいや、こちらこそ!

あなた達がやった未来社会に対する無償の献身に敬意の念が消えることはない。結局、投票で過半数取れなくて、活動は終了、チームは解散し、時が経って、誰もフェイスブックのメッセンジャーを使わなくなり、メンバー達と再び連絡とるのもままならないのはとても残念だ。でも、史上初めて、市民があるべき通貨システムを提案して国民投票を実現させたことの意義、未来社会の礎として、その挑戦の価値が薄れることはない。少なくとも私はいつもそう思って、あの投票日、ベルンのレストランに集まった人たちの様子を思い出しては、自分のモチベーションにしている。
ベーシックインカムの国民投票にはかなり潤沢な寄付が集まって、世界をあっと驚かせるようなキャンペーンをやった。特に、ゲッツ・ヴェルナー氏らドイツからのサポートが大きかった。ドイツで話ばかりしてても前に進まないから、スイスの国民投票に託したんだ。たが、通貨改革のイニシアチブは、そうはできなかった。結局、コアな人たちの資金持ち出しと大量の汗によって、あんな理解しにくいテーマで街頭で10万の署名を集めきって、国民投票までもち込んだ。

リーマンショックに端を発した金融危機で、特にUBSの救済に巨額の公的資金が導入されたことを問題視したこの在野の研究家が一念発起してイニシアチブを起こした。国民投票の当日、私がつくった日本語版リーフレットを手に記念撮影。

今、エマが投票後に書いたニューズレターを読み直すと・・・

以下のCNN Moneyは、ロイターのJohn Revillとウォール・ストリート・ジャーナルのBrian Blackstoneが投票の直前に討論したものだ。エマによると、彼らは、フィナンシャル・タイムスのRalph Atkinsとともに、本当に時間を割いてこのイニシアチブを掘り下げて取り上げ、彼らの報道が世界中の多くのニュース報道の基礎となった。
番組の中で、CNN のモデレーターは「なぜ国際メディアがこれほど関心をもっているのか?多くのメディアがあるが、これほど関心を集めているのをみたことがない」と言ってる。ちょっと言い過ぎに違いないが、でも、世界の経済ジャーナリストたちにとっては、本当に衝撃的なイベントだったのは間違いない。

https://youtu.be/EnOn2mAfh-s?si=brChNmHTAVjnK-33

なぜ関心を集めたのか?
そう、スイスの国民投票の結果は法的拘束力をもつ。可決したら、市民の提案が憲法に書き込まれて、政府は、それを実行しないといけなくなる。投票で過半数をとれば、今までとはかなり違う金融システムがこの世界に生まれるんだ。

実は、「民間銀行の信用創造(つまり通貨発行)を禁止すべき」という主張は1929年の大恐慌以来、一部の経済学者が繰り返し言ってきたことで、長い歴史がある。民間銀行が自分の利益のために大部分の通貨を発行しているから、バブルとその破綻が繰り返されるんだ。だけど、その提言を真摯に受け止めて法制化に取り組んだ政治家は、今まで、おそらく一人もいなかったろう。亡くなったデビッド・グレーバーは、「そもそも古代ギリシャの知識人でさえ、選挙による代議制は、貴族政治にしかならないからよくないと言っていた」と書いている。人の資質というより制度が問題なんだ。

CNNのあるアメリカ合衆国のデモクラシーについて、ルトガー・ブレグマンは言っている。
「アメリカの建国の父たちは、(デモクラシーを標榜しながらも)市民の政治参加は望んでいなかったと歴史家たちは結論づけている。だから、アメリカの政治は、今でも貴族政治のようだ」。
アメリカ合衆国も日本と同様、国民投票の経験がない、それは世界でかなり少数派の国だ。(とはいっても、100年前に西部の新しい州ができる時に、スイスの影響を受けて、ダイレクトデモクラシーを州憲法に盛り込んだたために、州レベルの住民投票はかなり盛んだ、それは日本とはずいぶん違う)。

このイニシアチブに参加した学生のDan Filipiakは、英語メディアの報道をまとめ、各記事のタイトル、日付、リンク、簡単な概要とともにデータベース化した。以下は主要メディアの記事を簡単に分析したものだ。

掲載の数と、ソブリンマネー構想に対して肯定的、中立的、または否定的かを示す図。 「否定的」には、主に反対者の主張を報告する「中立的な」記事が含まれる。

私は、メンバーのシモン・センリッヒを日本に招いて、講演会をした他に、ある雑誌社を訪問してインタビュー取材をしてもらった。でも、結局、そこの編集長がイニシアチブの趣旨を理解できず、原稿は掲載されなかった。「世の中のおカネの大部分は、実は民間銀行が貸出の際に通帳に印字した際につくられる」という事実を知らない知識人(?)は、突然その話を聞かされても、ただフリーズするしかない。判断ができないんだ。結局、日本では投票結果のベタ記事はあったようだが、それっきりだった。あらためて、言葉の壁も含め、ジャーナリストの意識の差は小さくない。

ソウルの世界会議とUBIのファンディング

この8月下旬、ソウルで開催されたBIEN(Basic Income Earth Network) Congressに参加した。私の参加はリスボン以来、6年ぶりだった。
韓国ではベーシックインカム党が国会で議席を捕獲している。かつでドイツでも試みられたことだが、議席にならなかった。これは恐らく世界初だろう。BIEN Congressが2度開催されたのはソウルだけだ。そして、市長時代に当時大統領だった朴槿恵の反対を押し切って、若者に現金給付した李在明が前回大統領選挙で最後まで大接戦を繰り広げた。彼以降、韓国のあちこちでパイロット・プロジェクトが行われている。今ではベーシックインカムは重要な政策として広く認識され、国会で委員会もつくられている。前回、ソウルで開催されのは、ちょうどスイスでベーシックインカムの国民投票が行われてすぐだった。あの頃から、世界のベーシックインカムの認知度は飛躍的に高まった。日本では一部右派が福祉政策の合理化目的でこの言葉を使って反発もうまれ、結局、何ら前向きな議論が進んでいないが、世界はそうじゃない。パイロット・プロジェクトは、バルセロナやオンタリオでは、政治的に頓挫したもの、実行された地域では、ネガティブな効果はほとんどない。それでも今だに、「タダでカネをもらうと人間は堕落する」という思い込みを捨てられない人がいたら、ぜひ、ロンドンのホームレスの実験を知って欲しい。きっと、感動して考えを改めるだろう。

https://note.com/sasaki_shigehito/n/nbbbc048e6a19


しかし、
韓国で国会議員になった龍慧仁(ヨン・ヘイン)が講演で嘆いていたのは、いまだに冷戦構造がそのまま残っている韓国では、「(税の)再分配」という言葉はそのまま共産主義に直結する言葉と見做される。そして、25年前の通貨危機以来、新自由主義一辺倒だった韓国社会において、増税と言う言葉が入り込む余地は微塵もない。
今回、BIENの創設者ガイ・スタンディングはベーシックインカムの財源をコモンズに求めている。国境を超えた人類の共有資産を価値化して財源としようということのようだ。そして、世界で唯一炭素税が本格導入されているスウェーデンを引き合いに出していた。韓国のベーシックインカム党は新技術に投資してその配当を原資とする考えを示唆していた。確かに、国民配当という概念も古くからある。しかし、GDPの10%も配当する事業なんて想像できるだろうか?

会場の李在明、スコット・サンテンス、ガイ・スタンディング

初日、ランチは、今回初めて参加したという佐久大学の下村教授とご一緒した。福祉政策が専門とのことだった。
「近年、日本の国民負担率は急速にあがっていて、まもなく50%に達しようとしています」。
教授が言うので、私は返した。
「はぁ、いつのまに・・・。いやぁ、アンドリュー・ヤンは(私はとてもリスペクトし期待も大きいけど)、VATを10%上げれば、アメリカの全国民に毎月1,000ドル配れるって言ってるけど、本当はまったく足りないんですよね・・・結局、GDPの3割の資金が必要だってのに・・・」
もちろん、ユニバーサル・ベーシックインカムが実現すれば、既存の大部分の社会保障は不要となる。年金も、生活保護も、雇用保険も、児童手当も・・・(もちろん、加算が必要な障害者年金などを残すべきなのはいうまでもない)、しかしそれらを代替しても、必要資金の5割に満たない・・・。日本で消費税10%といったら25兆円ほど、全国民に10万円を2ヶ月しか給付できない・・・。労働と収入を完全に切り離すには10万円じゃ足りない・・・。

フォーラムには、アンドリュー・ヤンのアドバイザーでアメリカのベーシックインカム運動の第一人者であるスコット・サンテンスも参加していた。彼は、アメリカ国内の様々なパイロット・プロジェクトを紹介しながら、「このままいくと、きっと20年代の後半には、どこかの国でユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)が実現するだろう。それが、どこの国かが問題だ」と話していた。きっと次の次の大統領選挙では、まだ若いヤンが勝つかもしれないと私も思う。でも、講演の時間が限られていたこともあるだろうが、サンテンスは、UBIの財源については何も触れなかった。

スイスのベーシック・インカムの国民投票は、政府が「大増税は避けられないから反対すべき」と声明を出したことが最大の要因となって賛成が23%にとどまった。

結局、私がなぜBIEN Congressに参加しなくなっていたのかを思い出した。リスボンの会議から、UBIは実現のステージに入るとして、毎年開催となり、事務局は、学者のみならず政治家への参加も呼びかけた。オープニングの会場はポルトガルの国会の本会議場だった。だから私も期待して、フォーラムに日本の元大臣を案内して、用意した原稿読んでもらった。でも、結局、日本の他に政治家の参加はなかった。今回、ソウルで李在明ほか何人も韓国の政治家が参加したのは、確かに隔世の感があった。でも、実現の最大の課題であるファンディングについては、実のところ、何の前進も見えない。UBIに必要な資金を誰がどのように税負担するかという議論をまとめるのに、どれほどの時間が必要だろう?日々、通帳の残高がたりなくて、苦しんでいる人が世界中に溢れていると言うのに・・・。

ホップ・ステップ・ジャンプ

私がワシントンDC、ロンドンとまわっているうちにはっきりと気づいたのは、代議制における市民活動は、結局、ロビー活動にしかならないということだった。選ばれた人だけが立法権をもつと、人びとの思考回路は、その「権威」ある人々とどう付き合うかという発想で占められてしまう。現実を目の当たりにして、かなり憂鬱な気分でスイスに入ったが、あらためて、ここはコミュニケーションの質が違う。彼らは自分たちで提案して、自分たちが頑張って署名を集めれば、投票によって、自分たちで決められる。そのプロセスはおよそ簡単でも楽でもないけど、少なくとも他力本願になる必要がない。そういう環境が土台にあると、人の発想がずいぶん違うんだと気づきなおした。

何よりスイスのダイレクトデモクラシーを肌で感じたくて、あの国に何度も通う中で、私は、実はずいぶん早い段階から、あの2つのイニシアチブの提案を統合して、ホップ・ステップ・ジャンプで、3回目の国民投票で過半数とるというイメージがあった。でも、いかんせん何年も時間がかかるし、かかる手間も膨大だ。コロナもあって、いつの間にかそれが最善の策だと思えなくなっていた。しかし、世界をまわって改めて、やはり、スイスで国民投票に持ち込むのが最善に違いないと思った。世界を動かすためにも。

日本からバーゼルに戻ったサミュエルに、フランクフルトから連絡して、やっぱりスイスでイニシアチブをやりたいんだと伝えたら、とりあえず、ウンターネーメン・ミッテで会おうと言うことになった。ベーシックインカムのイニシアチブを始めたこのカフェのオーナーであるダニエル・ハニの娘マリロラとサミュエルはアートの大学のクラスメートだ。とりあえず、マリロラと相談しようということになって彼女に連絡したら、自分はアートに専念したいから、もうキャンペーンはやらないという。
「了解、じゃあ、まだ活動している人、紹介してくれないかな?」
そこで、連絡先をおしえてくれたのが、チューリッヒで活動するシルヴァンだった。かねてから、なぜ、ベーシックインカムと通貨改革、両方のイニシアチブに関わった人がいないんだろう?と思っていたが、ここにいた。シルヴァンは、オンラインで相互扶助のコミュニティを運営しながら、さまざまなイニシアチブに関わってきたようだ。そして、連絡がとれない通貨改革のコア・メンバーだったラファエルの近況を教えてくれた。彼は、今回クレディ・スイスの破綻があって、もう一度同じイニシアチブを起こそうとしたが、寄付が集まらなくて早々に断念したとのことだった。本当に、悔しかったろうな・・・。
「ずっと、あの2つのイニシアチブを統合すればいいだけだと思っていたよ」私がいうと、シルヴァンは応えた。
「でも、もう、スイスでは、(一度否決された)ベーシックインカムやソブリン・マネー(フル・マネーも)と言う言葉は使えないんだよ」。
「だから、ヒューマン・スタンダードだと思うんだ。昔あったゴールド・スタンダードを意識しながらね。金の保有量に応じて通貨を発行する時代があったんだ。これからは、生きてる人の分だけ、通貨を発行したらいいんじゃないか」。

今回、NOTEに通貨改革のイニシアチブの詳細を無償リリースして、一番最後にリンクを貼ったので時間がある時にじっくり読んで欲しい。彼らの改憲案には、「中央銀行は必要に応じて、行政や個人に直接マネーを発行できる」という規定まで盛り込まれていた。彼らの提案は、全体的に理解するのが難しくて、国民にとって具体的なメリットが見えにくい。一時は世論調査で35%も賛成していて、もしかしてと心が踊ったが、最後は、政府/政党や中銀/金融業界のネガティブ・キャンペーンに押し切られてしまった。2つのイニシアチブをちゃんと統合、デフォルメして、「個人が生きるために必要なマネーを直接支給して経済をまわす」という原則を確立したら、政府はもう「大増税が避けられないからUBIに反対」とは言えなくなるし、まずすべての人の暮らしを保障してしまったら、「前例のない実験で社会を危険にさらすから反対」とも言えない。まず生きるためのマネーをみんなに発行して、それで物価さえ安定していたら何の問題もないし、マネーサプライの調整方法はいくつもある。政府も国民も、いったい、どう言う反対理由が考えられるだろう?私は、今のところ思いつかない。日本の消費税10%増税じゃどうにもならないが、民間銀行が発行してるマネーはゆうに1000兆円を超える。スイスの以前のイニシアチブは、それを禁止して既に発行したものは全額中央銀行からの借入に切り替えることになっていたが、次は、そう、中央銀行がすべての人の民間銀行の個人口座に振込んで経済をまわし、民間銀行は、必要に応じてがその資金を貸出したらいいだけなんだ。

クナップが20世紀初頭に喝破したように、マネーは法の産物にすぎない。そして「無から生まれる印字」にすぎない。神の手に委ねられた自然物なんかじゃ断じてない。その法、ルールが不完全で、マネーは、いまだに真の公共物になっていない。人類は、過剰すぎる生産力をもってしまい、有り余るモノに囲まれている上に、マネーも実体経済よりはるかに多く発行されているのに、ただそのカネをえるために、誰の役にも立たないブルシットジョブにいそしんでいる人が大勢いる。その一方で、多くの人が生きるためのマネーが足りないことに日々苦しんでいる。通貨システムを変えない限り、この問題をクリアすることなしに、人類は次のステージに行けないってことは、確かなことだ。

私たちが本当に必要なのは、たったひとつのシンプルで人間的なルールじゃないか?
中央銀行は、普遍的、無条件、恒久的にすべての人が生きるために必要な通貨を直接発行しなければならない、物価を安定させながら。

Tシャツの背中のメッセージだ。このテキストを改憲案として、スイスで国民投票にかけたら、世界はどんなリアクションをするだろうか?
過半数、とれないかな?

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