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地方映画史研究のための方法論(18)都市論と映画⑤——若林幹夫の「社会の地形/社会の地層」論

見る場所を見る——鳥取の映画文化リサーチプロジェクト


見る場所を見る——鳥取の映画文化リサーチプロジェクト

「見る場所を見る——鳥取の映画文化リサーチプロジェクト」は2021年にスタートした。新聞記事や記録写真、当時を知る人へのインタビュー等をもとにして、鳥取市内にかつてあった映画館およびレンタル店を調査し、Claraさんによるイラストを通じた記憶の復元(イラストレーション・ドキュメンタリー)を試みている。2022年に第1弾の展覧会(鳥取市内編)、翌年に共同企画者の杵島和泉さんが加わって、第2弾の展覧会(米子・境港市内編)、米子市立図書館での巡回展「見る場所を見る2+——イラストで見る米子の映画館と鉄道の歴史」を開催した。今のところ三ヵ年計画で、2023年12月開催予定の第3弾展覧会(倉吉・郡部編)で東中西部のリサーチが一段落する予定。鳥取で自主上映活動を行う団体・個人にインタビューしたドキュメンタリー『映画愛の現在』三部作(2020)と併せて、多面的に「鳥取の地方映画史」を浮かび上がらせていけたらと考えている。

地方映画史研究のための方法論

調査・研究に協力してくれる学生たちに、地方映画史を考える上で押さえておくべき理論や方法論を共有しておきたいと考え、この原稿(地方映画史研究のための方法論)を書き始めた。杵島さんと行なっている研究会・読書会でレジュメをまとめ、それに加筆修正や微調整を加えて、このnoteに掲載している。これまでの記事は以下の通り。

メディアの考古学
(01)ミシェル・フーコーの考古学的方法
(02)ジョナサン・クレーリー『観察者の系譜』
(03)エルキ・フータモのメディア考古学
(04)ジェフリー・バッチェンのヴァナキュラー写真論

観客の発見
(05)クリスチャン・メッツの精神分析的映画理論
(06)ローラ・マルヴィのフェミニスト映画理論
(07)ベル・フックスの「対抗的まなざし」

装置理論と映画館
(08)ルイ・アルチュセール「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」
(09)ジガ・ヴェルトフ集団『イタリアにおける闘争』
(10)ジャン=ルイ・ボードリーの装置理論
(11)ミシェル・フーコーの生権力論と自己の技法

「普通」の研究
(12)アラン・コルバン『記録を残さなかった男の歴史』
(13)ジャン・ルイ・シェフェール『映画を見に行く普通の男』

都市論と映画
(14)W・ベンヤミン『写真小史』『複製技術時代における芸術作品』
(15)W・ベンヤミン『パサージュ論』
(16)アン・フリードバーグ『ウィンドウ・ショッピング』
(17)吉見俊哉の上演論的アプローチ

若林幹夫——社会学の言葉で社会を記述する

若林幹夫(1962-)

若林幹夫(Wakabayashi Mikio)は、1962年生まれの社会学者。早稲田大学教育・総合科学学術院教授。社会学、都市論、メディア論、社会的時間-空間論を専門とし、時間性と空間性の不可分な構造を読み解くことから「社会」を思考・記述しようとする著作を多数発表している。

単著に『熱い都市 冷たい都市』(弘文堂、1992年)、『地図の想像力』(講談社、1995年)、『都市のアレゴリー』(INAX出版、1999年)、『都市の比較社会学——都市はなぜ都市であるのか』(岩波書店、2000年)、『漱石のリアル——測量としての文学』(紀伊國屋書店, 2002年)、『未来都市は今——“都市”という実験』(広済堂出版、2003年)、『都市への/からの視線』(青弓社、2003年)、『郊外の社会学——現代を生きる形』(ちくま新書、2007年)、『社会学入門一歩前』(NTT出版、2007年)、『〈時と場〉の変容——「サイバー都市」は存在するか?』(NTT出版、2010年)、『社会〈学〉を読む』弘文堂、2012 年)、『未来の社会学』(河出書房新社、2014年)『ノスタルジアとユートピア』(岩波書店、2022年)、共著に『メディアとしての電話』(弘文堂、1992年)、『「郊外」と現代社会』(青弓社、2000年)、『「景観」を再考する』(青弓社、2004年)、『東京スタディーズ』(紀伊国屋書店, 2005年)、『モール化する都市と社会——巨大商業施設論』(NTT出版、2013年)など。

〈社会学すること〉——『社会〈学〉を読む』(2012)

若林幹夫は『社会〈学〉を読む』(弘文堂、2012 年)において、社会学者が調査・研究をしたり、論文や本を書くことだけではなく、大学生が社会学を学んでレポートや卒論を書くことや、一般読者が社会学の本を読んで社会を社会学的に思考・理解しようとすることを含めて〈社会学すること〉と呼んでいる。

社会学者は「社会学の言葉」で社会を読み解き、記述する。読者はそのようにして書かれたものを通じて社会学を知り、「社会学的に見た社会」を読む。このように持って回った言い方をするのは、ある対象と、それを記述・分析・説明・理解しようとする言葉との間にある距離や齟齬に注意を促すためだ。

例えば「消費社会」という言葉で、ある程度その社会のありようを説明できていたとしても、その社会が隅々まで消費社会であるとは限らないし、まったく別の説明をすることだって出来るだろう。当然のことながら、社会が言葉で出来ているわけではない。両者を完全に一致させることはできないが、それにもかかわらず、私たちは不完全な「言葉」によって「社会」を対象化し、記述したり理解しようとするしかないのだ。社会学の言葉は、そんな取り組みのために模索を重ね、鍛えられてきた言葉の一つなのである。

〈社会の地形〉——都市はなぜ都市であるのか

都市はなぜ都市であるのか——『熱い都市 冷たい都市』(1992)

若林は初の単著『熱い都市 冷たい都市』(弘文堂、1992年)において、同書の目的は「都市とはどのような社会であるのかをめぐる社会学的な探求の試み」(p.13)であると述べている。(ここでいう「社会」とは、ひとまず、複数の人びとの協働的な行為と関係、さらには物や記号との関係が時間的・空間的に集合したものであり、またそれらが役割・組織・制度などによって組織されることで、相対的に安定した構造を為しているものであると定義しておこう。)

私たちは都市が社会であることを自明視し、またそれがどのような社会であるかも漠然と理解した気になっているが、実際に都市を対象化し、分析を行おうとすると、たちまちその概念の曖昧さ・捉えどころのなさに直面することになる。都市とは何かを定義しようとしても、様々な時代や場所で異なるありようをするものが「都市」と呼ばれてきたのであり、それらすべてに当てはまる定義を設けることは出来そうにない。社会学という学問領域に限定しても、都市が何であるのかについての一致した見解は存在しないのが現状である。

だがそこで若林は、「都市は存在しない」とうそぶいたり、それぞれに異なる都市のありようを類型化するだけで満足しようとはしない。現実に存在する都市の差異や多様性にもかかわらず、それらが同じ「都市」という言葉で呼ばれる場所であるのはなぜか。それらに共通する社会の構造はいかなるものかを思考することを試みるのだ。

この問いは『都市の比較社会学——都市はなぜ都市であるのか』(岩波書店、2000年)では、「都市とは何か」から「都市はなぜ都市であるのか」という問いへの転換として語り直される。前者の問いが「都市」を自明なもの、すでに存在するものとして扱い、それを外側から眺めるようにして記述・概念化しようとする取り組みであるのに対して、後者の問いは、「都市」というものが存在し得る条件を内在的に探ると共に、それを「都市」という言葉で呼び得るのはなぜかということも、併せて問おうとするのである。

二次的定住——「定住」と「交通」が同居する空間

若林は『熱い都市 冷たい都市』において、マックス・ウェーバーが『都市の類型学』(1921)で都市の定義を「聚落(オルトシャフト)」——「ともかく一つの(少なくとも相対的に)まとまった定住」(p.14)——としたことを出発点に据える。その上で、近代に先立つ都市の類型として、王都商都、あるいは〈中心〉としての都市〈境界〉としての都市を取り上げ、一見対照的に見える両者の間にある、重要な共通点を指摘しようとする。

第一に〈中心〉としての都市とは、例えば王都のように、複数の集団を高度な規範性や帰属意識によって従属させ、個々の集団を超える広がりを持つと共に、他の領域から差異づけられた空間を指す。王が中心に位置づけられる王都に限らず、例えば宗教的な聖地を中心とする「宗教都市」や、工業的な生産施設を中心として成立する「工業都市」なども、〈中心〉としての都市に数えられるだろう。

それに対して〈境界〉としての都市とは、商都のように、複数の集団や社会の間の交通(人や物の移動、商取引や交渉などの相互関係)を媒介する機能を持つ空間である。交通の空間である以上、本来は非定住的な場所であるはずだが、それが恒常的な定住の場所になったものが〈境界〉としての都市である。

この二つの都市の類型は、どちらも内部(都市)と外部(それ以外)という単純な二項対立図式で捉えてはならない。〈中心〉としての都市は、中心にとっての外部(例えば王権とそれに服従する集団)として現れてくるのと同時に、その都市に属さない他の集団にとっての外部として現れてくる。また〈境界〉としての都市も、交通する集団にとっての外部として現れてくるのと同時に、その交通に加わらない他の集団にとっての外部としても現れてくる。若林は、このように他の集団や社会から二重に差異づけられた定住として都市が存在するありようを「二次的定住 secondary settlement」という概念で表現する。

本稿筆者作成の図。〈中心〉としての都市と〈境界〉としての都市はそれぞれ、社会の他の集団や社会から二重に差異づけられた定住として現れてくる。

〈中心〉としての都市〈境界〉としての都市はそれぞれ、社会の他の集団や社会から二重に差異づけられた定住として現れてくる。

都市が二次的定住であるとは、社会の他の領域の存在を一次的(primary)な前提とした上で、都市はそれらの間の「交通」諸関係の場として存在するということだ。別の言い方をすれば、都市とは「定住」と「交通」という原理的に相反するはずのものが同居し、一つの空間に現れる場所である。都市は都市である限り、内部だけで閉じていることはできず、常に他者や外部を抱え込みながら新たな内部を作り上げていくのだ。

〈社会の地形〉——『都市の比較社会学』(2000)

都市を「二次的定住」として定義することは、土地や建物など物質的な位相を見るだけでは「都市が都市であること」を説明できないことを示している。若林は『都市の比較社会学』において、位相の異なる要素が複雑に重なり合って構成された都市のありようを解きほぐし、分析するために、新たに〈社会の地形〉という概念を提唱する。

社会の地形〉とは、

  1. 建物や道路、農地や田園など、人為的・社会的に作られた空間に加え、人の手の加わらない自然空間やその景観、人びとの身体などの「物質的位相」と、

  2. そうした物質的なものを意味づけ、構造化する規範、神々や死者などの想像上の審級や存在者、それらをめぐる言説やイメージ等の「理念的・想像的位相」が、

  3. 一つの社会を共に生きる人びとによって具体的に行われる協働の行為や関係(行為遂行的位相)を通じて産出され、構成され、多層的に積み重なった、社会の空間的な広がりであり、

  4. またそうした広がりについて想像され、了解され、共有される空間の社会的なイメージである。

社会の地形〉を構成する空間は、それ自体が社会的な「出来事」であるという(『都市の比較社会学』pp.18-19)。社会学者の吉見俊哉が『都市のドラマトゥルギー』(1987)で盛り場を「出来事」として論じたのと同様に、何かしらの「原因」があり、その「結果」としての出来事が起きた——〈社会の地形〉が生じた——と考えるのではなく、出来事(結果)そのものに独自の「秩序化の原理」(社会的コード)が内包されており、それを通じて、人びとの振る舞いや営み、関係が産出されていくと考えるのだ。都市に生きる人びとは、観客=演者として舞台に立ち、都市を意味づけると同時に、都市に自らを規定されてもいるような循環的関係を築いている。

また先述したように、〈社会の地形〉は物理的なもの(①・②)であると同時に理念的・想像的なもの(③・④)でもある以上、その空間には、単一の位相に還元することのできない、多層性=多重性が備わっているということである。都市や社会について考える際に、それらすべての層からなる全体を対象としなければならないわけではないが、都市や社会がそうした多層性=多重性を持っていることを認識しておくのは重要なことだ(『社会〈学〉を読む』弘文堂、2012 年、pp.121-122)。

象徴的(シンボリック)な都市、寓意的(アレゴリカル)な都市

近代以前の都市の地形——冷たい都市/象徴的(シンボリック)な都市

熱い都市 冷たい都市』というタイトルは、文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースが主著『野生の思考』(1962)で、近代社会を「熱い社会」、未開社会を「冷たい社会」と区別したことを踏まえている。「二次的定住」として定義される都市は、交通によって人や物が絶え間なく流動し、社会形態の変化という歴史を生み出していくという意味で、「熱い社会」であると言える。

だが近代以前の都市近現代の都市を比較するなら、基本的に「熱い社会」である都市の中でも、「熱い都市」と呼ぶべき都市と、「冷たい都市」と呼ぶべき都市に分けて考えることができると若林は言う。

近代以前の都市は、堅固な城壁を築いて周囲を取り囲み、自らを他の社会や集団から切り離すと共に、内外の交通を厳しく統制・制御することで、社会形態の変化を生み出すことのない安定した構造を作り出そうとしてきた。このような都市の地形を、「冷たい都市」と呼ぶことができるだろう。

冷たい都市」は、都市の「全域」が一つの完結した全体であることを前提としており、その全体を象徴的な秩序や構造が分節するかたちで建設されていることに特徴がある。若林は『都市のアレゴリー』(INAX出版、1999年)において、都市のこのような現れを「象徴(シンボル)化された都市」(象徴的な都市)、あるいは「形象化された都市 figured city」(M・クリスティーヌ・ボイヤー)と呼んでいる。

figuredな都市、象徴的な都市
左: 若桑みどり『都市のイコのロジー』青土社、1990年
右: ジョーゼフ・リクワート『〈まち〉のイデア』みすず書房、1991年

近現代の都市の地形——熱い都市/寓意的(アレゴリカル)な都市

静的で安定した近代以前の都市に対して、近現代の都市の地形は、動的で安定性を欠いた「熱い都市」である。

交通の量・密度・速度は際限なく加速し、都市は膨張を続けていく。「冷たい都市」では保たれていた「定住」と「交通」の均衡が崩れ去り、これまで「都市」という語で表象されてきたものと、現在形の都市の実態との間に齟齬が生じていく。その結果、「大都市」や「世界都市」といった語が導入され、都市をめぐる新たな表象が登場することにもなるだろう。

若林は『都市のアレゴリー』において、近現代の都市における「冷たい都市」から「熱い都市」への変容を如実に示す例として、1952年に岩波写真文庫から刊行された『東京─大都市の顔─』を取り上げる。同書では、地図写真統計を組み合わせて用いることによって、一見無秩序にも見える「大都会」の持つ一般的な容貌・秩序を、「東京」という都市に代表させて説明することが試みられている。

『東京─大都市の顔─』における地図と統計(岩波写真文庫、1952年、pp.15-16)

地図であれ、写真であれ、統計であれ、『東京─大都市の顔─』に掲載されているのは、東京という都市における特定の時期の状況や風景を記録・記述したものである。だがそれらは、個別の状況や風景をそれ自体として見せるために掲載されているのではなく、1950年代初めの東京の「全域」的なありようを示すための「」もしくは「譬え」としての役割を担わされている。複数の写真や説明文、地図、統計が一冊のテクストとして構成されることで、組み合わされた写真の全体は、大都会の一見無秩序な様相と、その総体としての秩序を暗示する。すなわち、都市の「アレゴリー」して機能するのである。

アレゴリー寓意)とは、ある具体的な対象から別の抽象的な概念を読み取ることである。ポール・ド・マンによれば、シンボル象徴)は、自らが表象する「全体」との同一化、あるいは一体化の可能性を前提としている。それに対してアレゴリーは、自らとその対象との間に根本的な隔たりがあるため、「全体」と同一化・一体化しようとする欲望をあらかじめ断念した表現である。

以上を踏まえ、アレゴリーとは、要するに「全体的な連関や一体性を欠いた世界における表象のあり方」であると若林は言う(『都市のアレゴリー』p.27)。『東京─大都市の顔─』において、都市がアレゴリー的な表現によって把握されていることは、人びとによって想像される都市が全体性を欠いたアレゴリカルなものになっていること(人びとの想像力の変容)を意味するだけに留まらず、その都市自体がもはや、象徴的な体系や構造のような全体性に基づいて構築されたものではなくなっていること(物質的位相における都市の変容)、そして、都市という社会が象徴的な体系や構造によって意味づけられたり、現実化されるような広がりではなくなったこと(社会の変容)という、三つの位相における変化の表れとして読み取ることができる。

景観の消失、イメージの浮上

対象化された「景観」——『〈時と場〉の変容』(2010)

冷たい都市」から「熱い都市」へ、そして「象徴的な都市」から「寓意的な都市」への移行は、これまで社会や集団内で世代を超えて共有・継承されてきた都市のイメージが失われ、人びとがそれぞれ異なる都市のイメージを思い描くようになったということでもある。『〈時と場〉の変容——「サイバー都市」は存在するか?』(NTT出版、2010年)では、こうした、人びとが抱く都市のイメージの変化から、現代都市の〈社会の地形〉のありようが論じられる。

ある時期から「景観」という言葉が持ち出され、土地や空間の視覚的現れが公共的な問題として対象化されるようになったのは、従来は社会的基盤として共有されていた都市のイメージの喪失に対する危機感と、新たな社会的基盤を創出せねばならないという問題意識の表れであると若林は言う。今日各地で生じている「景観論争」は、あるべき景観についての公共的な含意が存在しないからこそ、議論されているのだ。

一例として、高層マンションをめぐる景観の問題を考えてみよう。高層建築は、都市における居住や活動の集積度を高める役割を担うだけではなく、その高さによって、パノラマ的な景観を独占的に眺めることができるという新たな眺望の獲得と所有を可能にする視覚的装置でもあり、またそのことが物件の資産価値を高めている。

多摩川と高層マンション(撮影alonfloc、2010)

だがその下に暮らす人びとの側からすれば、高層マンションはむしろ自分たちの生活空間における景観を遮る障害物である。さらには、自身の土地や住居の資産価値を下げる元凶でもあるだろう。

ここでの景観は、周囲の環境や空間の単なる視覚的表れであることを超えて、その表れが固有の価値や意味をもって所有されたり、そこから疎外されたり、場合によっては対立や抗争の火種ともなるような「社会的なもの」として立ち現れているのである。

現実の場所から遊離した「イメージ」

若林は『〈時と場〉の変容』の第2章「景観の消失、イメージの浮上」において、風景や景観に対する見方や価値観が拡散し、公共的な含意が存在し得なくなった状況を、メディアの高度化という観点から分析している。

景観と呼ばれるものが鑑賞や消費、議論の対象となるのは、現実に目で見る景観に限った話ではない。例えば「日本橋の景観」と聞いて多くの人びとが思い浮かべるのは、物理的な土地空間上の景観ではなく、歌川広重が描いた「イメージ」としての日本橋だろう。また実際の日本橋を訪れたことがなくても、私たちは写真や動画などのテクノロジーやメディアを通じて「日本橋の景観」を見ることができる。

歌川広重『東海道五十三次』より《日本橋 朝之景》(1833–34)
日本橋(撮影arashio1、2011)

このように現実の場所から遊離した「イメージ」もまた、景観をめぐる社会的な諸活動──街づくりや環境整備・保全、都市開発やそれへの反対運動、家の購入や新築、旅行など──をするための媒介項として機能する。

媒介された景観(メディエイテッド・スケープ)──交通メディアと「場を占めぬ場所」

続けて若林は、近現代の交通メディアが風景や景観の見方に与えた影響について論じる。

地理には同じ地域の中に居たとしても、路上を歩行する場合と鉄道で移動する場合、あるいは自動車で移動する人の場合とでは、周囲の環境との関わりや、そこで体験する視覚的様相は、大きく異なったものになるだろう。このように、鉄道や自動車を介して人びとが体験する視覚的な様相を、若林は「媒介された景観メディエイテッド・スケープ)」と名づけている。

例えば鉄道という空間は、土地空間上の特定の位置に確かにありながら、列車の移動によって固定した位置を持たず、またその内部空間が周囲の空間から切り離された「場を占めぬ場所 placeless place」である。一度列車に乗り込めば、外部の空間に直接触れることはできないし、逆に外部の人びとも、走り去る列車を外側から眺めることしかできない。乗客たちは車窓風景を眺めたり、本を読んだり、吊り広告を眺めるなど、ほぼ視覚的な関係においてのみ周囲の空間と関わる。彼/彼女らはまるで「透明なチューブの中にあるように、速度によって周囲の環境から切り離された場所に身を置く」のである(『〈時と場〉の変容』p.68)。

電車のトポス(『〈時と場〉の変容』p.71)

同様に自動車も、高速での移動と車体という物理的な壁によって、周囲の空間から切り離された場を作り出す。鉄道の場合は、線路という固定された経路に沿って周囲の空間とは異質な「場を占めぬ場所」が生み出されるが、自動車の場合は、走行する個々の車体の内部、乗車している身体の周囲に、その都度「場を占めぬ場所」が生み出される。

また鉄道では駅が「場を占めぬ場所」への出入り口であったのに対して、自動車では、各自の車庫や駐車場、一時駐車した街路といった様々な場所が「異界への窓」となる(『〈時と場〉の変容』p.70)。ただし、路線バスや自動車専用道路、高速道路のように、特定の発着場や出入り口が設けられている場合には、そこに生み出される場のあり方は鉄道に類似したものになるだろう。

自動車のトポス(『〈時と場〉の変容』p.71)

このようにして、鉄道や自動車などの交通メディアは、従来の社会には存在しなかった場所性(場を占めぬ場所)を生み出し、数多くの孔(あな)とチューブが貫通する、多孔的な社会空間を作り出した。「それは、私たちの社会が作り出し、人びとにより生きられる社会の場所論的な構造という意味で、私たちの〈社会の地形〉なのだ」(『〈時と場〉の変容』p.71)。

電気的・電子的メディアが開く「非/無-場所的な場所」

加えて現代社会では、交通メディアだけでなく、電気的・電子的な情報メディアに媒介されるかたちで、さらに多くの孔が開かれ、重層的で複雑な「媒介された景観」を形成している。

例えば電話は、複数の空間の間を「声」だけ行き来させることで、部分的に距離の隔たりを乗り越える孔を穿つ。もちろん、交通メディアでは人間の身体が物理的に移動するのに対して、電話のような通信・放送メディアでは、身体は同じ場に留まったままである。だが電話をする人は、受話器のスピーカーを通じて現れる遠隔的な情報の場に「ヴァーチャル」に入り込んでいる。誰かが電話をしている時に、周りの人が容易に介入できないのはそのためだ。電話をする人は、物理的には「ここ」にありながら、社会的には物理的な場所ではない「ここではないどこか」にいる。すなわち、物理的な場所や距離や時間を乗り越えた「非-場所的な場所」に入り込んでいるのである。

電話のトポス(『〈時と場〉の変容』p.81)

その後に登場した携帯電話など現代のモバイルメディアは、固定電話の個別的・個人的なチューブを、持ち歩き可能なものに変えた。

さらにモバイルメディアは、電話の声のようにリアルタイムで現れては消えていくものを扱うだけではなく、大小様々なコミュニケーションをデータ化・保存することで、繰り返し手元に呼び戻し、接続、再生することを可能にした。ディスプレイ上に表示されるCGやアニメーションなどの映像、スタジオで録音された音楽、あるいは現在のSNSや動画共有サイトなどのソーシャルメディアは、「非-場所的な場所」のように場所や距離を乗り越えるのではなく、場所や距離や時間の概念を超えたものとして現れる。その場所は、そもそも物理的な空間の比喩では語ることのできない「無-場所的な場所」なのだ。

携帯電話のトポス(『〈時と場〉の変容』p.83)

景観の消失、イメージの浮上

交通メディアが生み出す「場を占めぬ場所」や、電気的・電子的メディアが作り出す「非-場所的な場所」「無-場所的な場所」により、空間の多孔化・多層化が進行したことで、現代の社会や都市はもはや共通の単一な像を結ぶことがなくなった。物理的な環境の視覚的な像を景観として対象化することが、社会生活上の共通環境ではなくなったという意味で、「景観の消失」とでも言うべき事態が起こりつつある。

そのように考えるなら、駅前やオフィス街、住宅地などにおけるクリスマス・イルミネーション、再開発地区やショッピングモールにおける人工的な景観のデザインなどは、「景観の消失」に抗い、都市の中に景観を新たに産出し、商品化し、占有しようとする「景観化」の試みであると見ることもできよう。

ただし、駅前のライトアップであれ、人工的な景観デザインであれ、それらは人びとの具体的な生活の必要からは遊離した「かかわりなき景観」であり、「イメージ」の次元に自足的に存立する、幻像(ファンタスマゴリー)としての景観を演出する試みである。現代の都市や社会に生きる人びとは、自然環境や物理的な都市空間を「景観」として受け取るのではなく、世界を情報や「イメージ」として受け取り、関わるようになっているのだ。

「商品」としての住宅、外部の視線を内面化した住民

若林は「視線と意匠——郊外ニュータウン試論」(『都市への/からの視線』所収、青弓社、2003年)と題した論考において、ライブ長池やベルコリーヌ南大沢といったニュータウンを取り上げ、「景観化」の興味深い実例について論じている。

それらのニュータウンは「商品」あるいは「広告」としての住宅地であり、あらかじめ他者(消費者)の視線を意識して、彼/彼女らに魅力的で理想的な生活の「イメージ」を抱かせるような街の表層が作り上げられていることに特徴がある。実際にその景観を見る者が居るかどうかにかかわらず、そのような外部の視線の存在を前提とする「構え」のようなものが建築空間自体の構造と意匠に内蔵されており、そこに暮らしている住民もまた、同じ「構え」をとるよう促されるのだ。

ベルコリーヌ南大沢

ベルコリーヌ南大沢において、駅からの展望や団地内の街路など、他の住民や住民以外の人びとの視線が想定される場所は「見える場所=見せる場所」として設計され、出窓の上には花や置物、ぬいぐるみなどが──家の内側ではなく、外側を向けて──置かれている。出窓は「中から外を見るための窓でも、外から中をうかがうための窓でもなく、外からの視線を受け止め、受け止められた視線に居住者の「趣味」や「スタイル」を表示するためのショウ・ウィンドウ」(p.165)の役割を果たしているのである。

それに対して、布団や洗濯物、物置の代用として使われるベランダなどは、コンクリート塀や緑の木々によって隠された「見えない場所=見せない場所」である。その場所に視線を向けることは、外部の人間はもちろんのこと、他の住民たちにも禁止されており、「立ち入り禁止」の場所にでも立たないかぎり決して見ることはできない。

このようにしてニュータウンの住民たちは、具体的な生活の景観を「見えない場所=見せない場所」として覆い隠した上で、自分自身も「商品」としての住宅の一部であるかのように「見える場所=見せる場所」を彩っていく。彼/彼女らは、様々な理由でこの家を購入しなかった者や、将来暮らすことになる者たちの視線を内面化しながら、ニュータウンで暮らしているのだ。

ニュータウンを生きること。それは、商品としての世界を生きることなのである。ライブ長池やベルコリーヌ南大沢に驚きの視線を向ける私たち来訪者たちの視線もまた、そのような世界の商品化、生活の商品化の構造に加担している。だが、そのような暮らしは、現代社会に生きる私たちの誰もが、どこかで送っている暮らしではないだろうか。

若林幹夫『都市への/からの視線』、青弓社、2003年、p.167

〈社会の地層〉——郊外の社会学

両義的な郊外——均質性と混在性の両方がある場所

若林は「都市と郊外の社会学」(『「郊外」と現代社会』所収、青弓社、2000年)、や「都市の景観/郊外の景観」(『「景観」を再考する』所収、青弓社、2004年)、「郊外論の地平」(『都市への/からの視線』所収、青弓社、2003年)、『郊外の社会学——現代を生きる形』(ちくま新書、2007年)、「“郊外”と“アート”をめぐる10の断章」『floating view “郊外”から生まれるアート』所収、トポフィル、2011年)などの著作において、団地やニュータウン、ロードサイドなども包括するキーワードである「郊外 suburb」の生活や文化を論じている。そこで様々な角度から問われる中心的な問いは、郊外の「両義性」についてだ。

佐々木友輔『土瀝青asphalt』(2013)

三浦展の「ファスト風土」論をはじめとして、「郊外」はしばしば「均質性」や「同質性」といった語のもとで論じられてきた。先述したように、団地やニュータウンは「商品」化された住宅地であり、同じぐらいの面積の土地に、似たような間取りやデザインの住宅が並びがちだ。80年代後半以降には、街並みの美的統一のために同一のデザインやコンセプトに基づいた分譲地も多くなった。街を構成するその他の施設についても、似たような駅に似たようなロータリー、似たようなショッピングモールが建ち並ぶ。遠く離れた郊外住宅地やニュータウン同士が、同一の街づくりの技法に基づいて作られることで、似通った景観として現れてくるのである。

他方で「郊外」は、社会学や地理学の分野では、「混住」や「混在」といった語で対象化されてきた場所でもある。郊外化による市街地の無際限な拡大(スプロール化)に近郊の農村が呑み込まれ、混在地域化することによって、以前からその土地に暮らしていた旧住民と新たに移入してきた新住民から成る、異質的で非等質的な社会が形成されるのだ。このように、郊外は「均質で同質的な団地や郊外住宅地と、異質なものの混在する地域社会の両方がある」両義的な場所である(『郊外の社会学』p.105)。

〈均質空間〉

だが、均質性と混在性という一見矛盾した場所のありようが同居しているのはなぜか。いかなる過程を経て成立してきたのか。こうした問いに答えるために有効な手がかりとなるのが、建築家の原広司が提唱した〈均質空間〉という概念である(「文化としての空間——均質空間論」1975年。『空間——機能から様相へ』所収、岩波現代文庫、2007年)。若林は「都市の景観/郊外の景観」(『「景観」を再考する』所収、青弓社、2004年)において、郊外の景観の形成過程を論じるために、この概念を導入している。

前提として、社会にはそれぞれ支配的な空間概念がある。例えば古代中国では、天は丸く、大地は碁盤目状に四角く区切られ、そこを天子が収めているという空間概念があった。またキリスト教徒にとっての聖地エルサレム、イスラム教徒にとってのメッカのように、「中心」を持った世界という空間概念を持つ社会もある。

近代以前の社会において、土地の用途はあらかじめ共同体で決められており、自由な用途で使ったり、商品化・売り買いしてはいけないものだった。土地の用途はあらかじめ共同体で決められており、農地、野良、山、それぞれの場所に田の神様や山の神様がいた。だが近代以降の社会資本主義社会)においては、価値を生む限りで、土地や空間は加工され、商品化され、売り出されていく。その結果として生じるのが「空間の均質化」であり、次第に〈均質空間〉が社会の中で支配的な空間概念になっていく。

均質空間〉とは、一切の文化的・物理的なコンテクストを排除した「ただの空間」であり、いかなる意味や価値、象徴的な秩序も備えていない。隅々まで均質で、どのような用途にでも使用できる「白紙」の空間である。

均質空間〉を典型的に表現した建築様式として、例えばカーテンウォール(ガラスの壁)の高層建築や、美術館のホワイトキューブが挙げられる。これらの建築は、①基本的に建てる場所を選ばず、②外部環境と切断したところに独自の環境を作り出し、③内部の気温や湿度などを一定に保ち、④電源・電話などのインフラを空間全体に行き渡らせることで、その建築が建っている周囲の自然環境や場所の特性を排除すると共に、⑤その空間をどのような用途・目的でも使うことができ、⑥またどのような人や物、作品も受け入れることができる中立性を持たせることによって、文化的な意味や宗教的な意味も排除しているのである。

均質性の二つの現れ——イゾトピーとヘテロトピー

団地やニュータウン、郊外住宅地に見られる均質性や同質性——似通ったコンセプトやデザインに基づき、同じくらいの面積の敷地に同じような間取りで作られた住宅——は、まさに〈均質空間〉的な建築様式の一例である。そうした建築が建ち並ぶことで、地域全体が同一性と均質性の高い空間——アンリ・ルフェーブルの言葉を借りるなら「イゾトピー iso-topie」——が形成されている。

また、ライブ長池やベルコリーヌ南大沢のように、和洋折衷の凝った名前を与えられ、個性的で特徴的なデザインが採用された住宅地も、一見すると均質性や同質性とは対極にある混在的で異和的な空間——「ヘテロトピー hetero-topie」——を形成しているように思えるが、「この建物はこういう形である必然性はない、十年後には別のものに建て替わってもまったく不思議ではない」と思わせてしまうような「薄っぺらさの感覚」が常につきまとう(「都市の景観/郊外の景観」p.207)。これもまた、一切の文化的・物理的なコンテクストが剥ぎ取られ、どのような用途にでも使用できる「白紙」の空間である〈均質空間〉の顕著な特徴であると言えよう。

同様に、「郊外」における都市的なものと農村的なものの「混在」もまた、〈均質空間〉が支配的な空間概念となったことの一つの現れとして見ることができる。伝統的に受け継がれてきた土地の意味や用途が失われ、その土地を自由な用途で用いたり、商品として切り売り出来るようになったことで、都市と農村の混在地域化が進行し、異質な場所のありようが混ざり合うヘテロトピックな空間が出現したのだ。

〈社会の地層〉——多層的な郊外

若林は『郊外の社会学』において、つくばエクスプレスに沿って東京郊外の風景を見つめることを通じて、一見均質に見える「郊外」という場所にも、異なる風景やあり方をする場所が複数存在することを確認する。そこには、都心部で働くホワイトカラー層が多く居住する「白い郊外」もあれば、ブルーカラー層が居住する団地や住宅の多い「青い郊外」もある。長い歴史を持つ古い郊外もあれば、開発されたばかりの新しい郊外もある。地理的には東京都心に近いにもかかわらず、通勤ルートから外れていたために郊外化が進んでいない場所もあれば、自立的な都市を目指したが結局は東京郊外に組み込まれつつある場所もある。「郊外」は時間的にも空間的にも、非均質性を——あるいは多面性・重層性を——備えているのだ。

若林は以前の著作で〈社会の地形〉と名づけたものを、その多層性=重層性をより強調するかたちで、「郊外の「地層」」として表現する。〈社会の地層〉とでも呼ぶべき、新たな概念が提唱されるのである。(『郊外の社会学』に〈社会の地層〉という表現は見られないが、2009年10月27日に日本経済調査協議会「林委員会」で行われた講演「社会としての『郊外』―その過去・現在、そして未来―」のスライドでは〈社会の地層〉が使われている。)

郊外の現在のこのさまざまな様相は、東京という都市の歴史を通じてそのまわりに形成され、積み重ねられてきた郊外のいわば「地層」である。
地層」という言葉を使ったのは、こうしたさまざまな様相が東京近郊の郊外化の歴史のなかで、社会経済的な状況や文化的な条件生活の基礎インフラのあり方などに規定されて形作られてゆき、その古い層が一定の厚みに達する一方で、ときにそれを壊し、あるいは併存し、都市の外側に伸びる形で新しい層が形成されてゆくあり方が、地質学的な意味での地層のあり方と似通っているからだ。

若林幹夫『郊外の社会学』ちくま新書、2007年、pp.95-96

ここで言われる①「生活の基礎インフラのあり方」とは、交通網や電気・水道などのライフライン、商店街やショッピングセンターなど商業施設の付置状況のことであり、〈社会の地形〉における「物質的位相」に相当するものであると見て良いだろう。

また②「社会経済的な状況や文化的な条件」とは、国家による都市政策や労働者の賃金・労働環境、住環境に対する選好や理想的とされるライフスタイルなど「経済・政治・社会・文化などが課してくる、個々人によっては容易に動かすことが難しい状況と条件」(p.96)であり、こちらは「理念的・想像的位相」を——〈均質空間〉を支配的な空間概念とする現代の都市のありように即したかたちで——カスタマイズしたものと見ることができる。

そして、③上記のような諸条件のもとで、個々人が可能な選択肢から自らの住居を選び、やはり一定の制約のもとで、地域との関わり方や出産・子育ての仕方、買い物や余暇の過ごし方などを選択し、行動すること(行為遂行的位相)を通じて、郊外の「地層」が形成されていくのである。

郊外化の地層(『郊外の社会学』p.97)

郊外の神話と現実——忘却の歴史と希薄さの地理

三浦展の「ファスト風土」論など、1990年代から2000年代にかけての郊外論では、しばしば「均質で同質的な郊外」が問題視され、またそうした均質性に由来する「あぶない郊外」——地域共同体の崩壊や犯罪事件の増加——が批判された。若林は『郊外の社会学』において、そのような見方は郊外という〈社会の地層〉が持つ多面性・重層性から特定の部分だけを切り取り、一般化したものだと指摘し、郊外に暮らす人びとの決して均質・同質ではない具体的な生活のありようや、その土地で積み重ねられてきた歴史にも意識を向けるように読者を促す(p.110)。

だがそれは、郊外の多面性や重層性こそが「現実」であり、「均質で同質的な郊外」や「あぶない郊外」といった見方は偏見や思い込みに満ちた「イデオロギー」に過ぎないと断じれば良いということではない。若林は郊外とその場所にまつわるイメージを「現実」と「イデオロギー」のような真偽・正否の二元論で捉えるのではなく、「現実」と「神話」として理解することを提案している。ここで言われる「神話」とは、単に「現実」を正しく反映していない観念(イデオロギー)なのではなく、「人びとによって生きられる現実の一部」(p.113)である。

郊外という場所にも、その場所に人が住むことを支え、そこでの住宅開発を意味づける「神話」としての理想や理念や社会像がある。また、そうした場所に対して人びとが心に抱き、それを通じて解釈する郊外のイメージがある。肯定的でも否定的でもありうるそうした郊外像は、郊外の「現実」を客観的に反映しているわけではないが、郊外に生きる人びとの思考と行動を意味づけ、方向づけ、その風景を産出する媒体となり、結果としてその神話を現実化したり、現実と神話の齟齬を社会的な問題として生み出したりもする。

若林幹夫『郊外の社会学』ちくま新書、2007年、p.114

現代の支配的な空間概念である〈均質空間〉を徹底化させたような場所である「郊外」は、そこに人が住み、生きることが「たまたまの偶然」として現れるような場所であり、また、そのような偶然が堆積して、分厚い膨らみを形成しているような場所である(pp.219-220)。だがその分厚い膨らみは、「たまたまの偶然」の堆積であることや、同じ場所に住む人びとの関わりの希薄さ——若林はそれを共同体に対して「共異体=共移体」と呼ぶ——のために、集合的記憶に定着することなく忘れ去られ、明確な歴史を形成していくことがない。加えて、その分厚い膨らみを「均質的」「同質的」とイメージしてしまう空間的な想像力が、郊外という〈社会の地形〉あるいは〈社会の地層〉には内包されている。

かつてそこにあったものも、そこで起こり、生きられたことも“忘れゆく場所”であること。互いに互いを見ない場所や人びとの集まりや連なりであること。そこに郊外という場所と社会を限界づけるものがあると同時に、人びとをそこに引き寄せ、固有の神話と現実を紡ぎ出させてきた原動力もある。そんな忘却の歴史と希薄さの地理のなかにある神話と現実を生きることが、郊外を生きるということなのだ。

若林幹夫『郊外の社会学』ちくま新書、2007年、p.221

地方映画史研究への応用に向けて

「映画館に行く」という移動行為の分析

研究者の近藤和都は『映画館と観客のメディア論——戦前期日本の「映画を読む/書く」という経験』(青弓社、2020年)において、映画興行を駆動・規定する論理を明らかにするためには、人びとが「映画館に行く」という移動行為の分析が必要であり、そこには大きく分けて二つの方向性があると述べている(pp.27-28)。

一つは、映画館が位置する都市の「意味論的な構造」の分析である。例えば東京の「盛り場」を論じた吉見俊哉が、浅草や銀座などそれぞれの盛り場には異なる「秩序化の原理」(社会的コード)が備わっており、それに応じて、盛り場が隆盛を極めた時期や、そこに集う人びとの階層・振る舞いも変わってくることを示したように、映画についても——勢いのある盛り場に映画館を建てれば集客が容易になるが、逆に多くの映画館が集まることで競争が激しくなるかもしれない、というように——盛り場ごとの差異が興行のあり方に与える影響は大きいだろう。若林が提唱した「二次的定住」や「冷たい都市/熱い都市」、〈社会の地形〉や〈社会の地層〉といった概念も、映画館が位置する都市の「意味論的な構造」を詳細に分析するための枠組みとして、有効に活用することができるはずだ。

そしてもう一つは、映画館が位置する都市の「場所論的な構造」の分析である。これは、若林幹夫の論を参照して「社会の中での行為や関係、建築物や建造物などの行為や関係の環境であると同時にそれを支え、かつ条件づける物質的なもの、交通機関やコミュニケーション・メディアなどの行為や関係の媒体などによって形作られる、近さや遠さ、隣接や接続や切断などの空間的な関係」(『〈時と場〉の変容』p.66)と説明される。

「映画館に行く」という移動行為もまた、具体的な経路や手段に大きく依存する。例えば浅草の映画館に行くためには、周辺地域に住む人であれば徒歩や自転車で移動することができるが、遠方に住む人は、電車や自動車、バスなど何かしらの交通メディアを利用しなければならない。また映画の興行側も、そのような移動手段の条件を考慮して、自館に観客を集めるという課題に取り組む必要がある。様々な交通メディアおよび電気的・電子的メディアが人びとの空間や場所の経験をいかに変容させたのかを論じた若林の『〈時と場〉の変容』は、「映画館に行く」という移動行為を可能にする条件を分析するための手がかりとなるだろう。

均一な多様性——『モール化する都市と社会』(2013)

加えて、映画館やレンタルビデオ店、さらにはSVOD(定額制の動画配信サービス)などで映画を鑑賞/視聴する際に、観客/ユーザーがどのような選択肢の中から見るべき作品を選び得るか、またどのような作品にアクセスし得るかという問題を考えるために、若林が取り組んできた「均質性」をめぐる探究を役立てることができる。

若林は「多様性・均質性・巨大性・透過性」と題した論考(『モール化する都市と社会——巨大商業施設論』所収、NTT出版、2013年)において、ショッピングセンターおよびショッピングモールを分析するために、社会学者ジョージ・リッツァが提唱した概念「均一な多様性」を導入している。確かにショッピングモール同士を比較すれば、どこも似たような建物ばかりで、品揃えもそう変わらない。その意味でモールは「均質性」を特徴とする場所である。だが実際にそのモールを利用する者にとっては、大量の商品から自分の趣味・趣向やライフスタイルに合ったものを選べるという意味で、モールは中心市街地の商店街や小規模な店舗よりも「多様性」に満ちている。同様のことが、かつてのレンタルビデオ店や現在のSVODにも当てはめて考えることができるだろう。

また若林によるモールの分析は、アン・フリードバーグウィンドウ・ショッピング——映画とポストモダン』(井原慶一郎・宗洋・小林朋子 訳、松柏社、2008年)などと共に、地方においてモールやシネコンを果たす役割を検討する上でも、重要な参照項となるはずだ。

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