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優しさってなんじゃらほい

その人はおはようからおやすみまで
1日何回もラブリーメールをくれる。
サティちゃんは最高!
大好き!大好き!大好き!
いつもいつもそう言って
褒めまくってくれる。
扉は開けてくれるし
コートも着せてくれるし
肩も揉んでくれる。
優しいなぁ…と思う。


だけど好意の熱量が違うからか
私がそれほど好きじゃないからか
まぁ優しいなぁ…とは思うものの
不思議と心に染みてこない。


優しさっていったいなんじゃらほい


初対面の人でも
優しさを感じることがある。
一目で一言で一瞬で
優しさに包まれることがある。
素敵な人だな…
魅力的な人だな…
そんな人と出会ったら
そんな印象を持つ。


優しさってなんじゃらほい


サティ思うに優しさって
キャッチャーミットのようなもの。
野球をあまり知らないサティが
なんで野球喩えするのかよく分からないが
その喩えが一番しっくりくる。


ピッチャーは精魂込めた球を投げる。

キャッチャーはミットでしっかり受け取る。


名ピッチャーと名キャッチャーは
絶大なる信頼関係で結ばれている。


人間だから調子の良し悪し
気分のムラなどあるだろう。
だけどたとえミットで弾いて
キャッチ出来ない球があっても
必ず走って受け取って
しっかりと投げ返す。
調子が悪けりゃドンマイドンマイ
互いのフォローで乗り切る。


キャッチャーはピッチャーを

《見ている》

神経を集中させ投げる球筋を

《見ている》


よっしゃこい!
ドンとこい!
最高のお前で投げてこい!


小学校低学年の時
国語の授業で
『親』という漢字を習った。
先生は黒板に大きく親と書いて
『親は木の上に立って
いつも見ている』
と教えてくれた。

サティはとても感動した。

その時その文字を見ながら
浮かんできた情景を
今でも鮮明に覚えている。

丘の上の木の上に立ち
いつまでもいつまでも
遠くに見える我が子の姿を
心配しながら見守っている
親の姿。。。


優しさってそういうことだ。
優しさって《見る》ことなんだ。
いつもいつでもどんな時も
見ていてくてることなんだ。


元気でいるか

町には慣れたか

友達できたか

寂しかないか

お金はあるか

今度いつ帰る


たとえ遠く離れていても
ずっとずっと気にかけてくれている

病める時も健やかなる時も
いつも想ってくれている

こちらを信じ
こちらの力が
思い存分発揮されることを祈り
こちらが元気に笑顔でいることを
いつもいつでも願っている。

それでいい…
それだけでいい…
いつでもしっかり受けとめてやるぞ!
そんな想いで木の上に立って
ずっと見ていてくれるんだ。


ラブリーな言葉や
肩を揉むことが
決して優しさではない


私は見ている

あなたがちゃんと
私を見てくれているか


私から見るとあなたは
時によそ見を
時に振り返り
私に向かってとんちんかんな球を
投げてくるばかり。。。

そんな相手を信じて
本気の球は投げれない。


それが
好きになれない理由


優しさってなんじゃらほい


優しさってなんじゃらほい


優しさがあれば人間関係
自然と築かれてゆく


優しさってなんじゃらほい


優しさってなんじゃらほい


優しさは心に染みるもの


心を繋ぐもの






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最後まで読んでくれてありがとう(*^^*)♪

またサティに会いに来てねー(^з^)~.:*:・'°☆



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