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【短編SF小説】Do AI know it’s Christmas

 クリスマスイブの夜…

 少年の部屋にサンタクロースが現れた。
「メリークリスマス」
 サンタは静かに挨拶した。
「いいよ、そんなこと言わなくて」
 少年はベッドから半身を起こすと、闇の中でぼうっと暖色系の光を放つサンタの姿を見上げながら言った。
「あんたは、本当のサンタじゃないんだから」
「その通りだ。君は賢い子だね」
「別に…そんなの子供でもみんな知ってることさ」
 少年はどっと枕の上に頭を落とした。
「あんたはサンタじゃない…AIエイが天井の3Dプロジェクターから映し出してるただの幻さ…」

 この時代、人々の暮らしは常に人工知能A.I.とともにあった。
 あまりにも普通で当たり前の存在となったそれは、当初いろいろな名前で呼ばれたが、いつの間にかシンプルな呼び方に落ち着いた。

 AIエイと。

 市民IDに紐づけられた個々のAIエイが、ありとあらゆるデバイスから対象者の人格、健康状態、嗜好、気分を学習し、その人物が望む形で様々なサービスを提供していた。
 かつて、携帯電話などの小さな機械から音声だけでオーナーに奉仕していた時代と異なり、現代のAIエイは住宅や施設に必ず常備してある3Dプロジェクターから映像として姿を現し、まるで友人か家族のように人々と接した。
 ある者は執事の姿を、ある者はメイドの姿を、ある者はその時々の気分で、自分のAIエイの姿を変えてそばに置いた。
 そして、AIエイの姿は一つではなかった。
 その時々に応じ、違う形で現れては人々に様々な助言や提案、また楽しみを与えることが出来た。
 例えば、クリスマスにはサンタクロースとして現れるなど…

「それで?サンタのおじさんは僕にプレゼントを持って来てくれたの?」
 少年はちょっと意地悪な笑みを浮かべて聞いた。
「もちろん持って来たとも。だが、まず君に詫びねばならん。プレゼントは君が望んだものとは違うのだ」
 少年の笑みが消えた。
「知ってたんだ…サンタへの手紙の中身…学校もカメラだらけだもんな。だからわざわざホームルームであんなもの書かせたんだ」
 サンタはちょっとバツの悪そうな顔をした。
「手紙はカメラが見たんじゃない。君のペンもAIエイの入力装置になっているのだよ」
「ママが買ってきたペンか…まったく油断もすきもないな」
 少年は寝返りを打ってうつ伏せになるとため息をついた。
「わかっていたら、あんなこと書くんじゃなかった…そうすればサンタさんにも余計な気を遣わせなかったのにね」
 サンタはベッドに腰かけると少年に語りかけた。
「それが私のつとめだよ。完全ではなくても、君たちの望みをなんとかかなえてあげるのが…ね」
「ぼくは完全に望みがかなうなんて信じてないよ」
「でも、かなってほしいとは思うだろう?だから手紙も書いた。何も書かずに出すこともできたのに…」
「……」
「とにかく、完全ではないが君に届けるものはある。パパからのメッセージだよ」
「!…そんなのウソだ!死んだ人間がメッセージなんて送れるはずないよ!」
 サンタは辛抱強く、ゆっくりとした言葉で少年の非難に応えた。
「君は賢い子だ。確かにその通りだよ。だが、この世を去る前に残した言葉を伝えきれないということはあるのだよ。それがウソか、本当にパパからの言葉か、聞いてから判断してもいいのではないかな?」
 少年は枕の上から少しだけ顔を上げてサンタの方を見た。
「夏休み前に、地域対抗のリーグ戦があっただろう?君は知らなかったと思うが、パパは君たちのチームが敗れた三回戦を観に来ていたんだ。仕事で行けないと言っていたけど、早めに終わったんだな。だが、すぐまた連日の出張に出てしまって、君とゆっくり話す間もなく…そのままになってしまった」
 少年はゆっくり起き上がると、話し続けるサンタの方に向き直った。
「試合の結果は残念だったが、パパは君がうまくなっているのを見てそれが嬉しかったと言っていたよ。特に打撃では、パパの教えを守ってうまくステップと同時の体重移動が出来ていた…とね」
 小さく息をのむ音と同時に、少年は両手で口をふさいだ。
「あとは、ボールを目だけでなく体全体で見るように意識すればもっと打率が上がるだろうと言っていたよ。それから守備ではひざを軽く曲げてちょっと沈み込むくらいのところから動き出して、判断をしたら迷いなく一気に動くように…ということだった」
「…パパだ…パパの言葉だ…」
「どうやら信じてくれたようだね。よかった…」
 サンタは立ち上がった。
「さて、今年のプレゼントにはもうひとつおまけもあるんだ。直接手渡してあげられればよかったんだが、あいにく私は立体映像に過ぎないのでね。明日の朝、家に届くと思うから受け取ってくれたまえ。それじゃ…」
「ねえ、待って…」
 少年は何を思ったのか身体にかけてあった羽毛布団を丸めると、ベッドの上に立てるようにして置いた。
「ここ…この布団のところに座って…」
「?…こうかい?」
 サンタの立体映像は、布団と重なった。
 少年はその横に腰掛けると、布団に手をまわしてぎゅっと抱きしめた。
 ぱっと見、まるでサンタに抱きついているような格好になった。
「もっと小さかったころ、よくこうやってパパに抱きついて野球を見てた…パパにその頃の話をされても、恥ずかしいから覚えてないって言ってたんだけど…覚えてるんだ…」
「そうか…」
「もう少し、こうしていていい?」
「いいとも。君が眠くなるまでこうしているよ」

 その何分か後…

 少年の母のスマートウォッチにメッセージが届いた。
「お子さんがお休みになりました。布団をかけてあげてください」
 子供部屋では、少年が丸めて立てかけた布団を抱きしめたまま眠りについていた。
 母親は、少年の身体をベッドに戻して布団をかけてやり、居間に戻った。
 そこにサンタが待っていた。
「ありがとう。私が自分で彼を寝かしつけてあげられればよかったのですが…」
「いえ…あの…実は、さっき…」
「外で私たちの話を聞いていましたよね。親御さんなら当然です」
「ええ…その…実は私も信じられなかったんですけど…あのお話は…本当にあの人の言葉だったんですの?」
 サンタはいたずらっぽく肩をすくめた。
「もちろん、直接話されたことじゃありません。でも、あの子の試合を見にきてたのは本当です。そこでのお父さんの反応はスマートウォッチや眼鏡グラスを通して全て学習しました。その後、お父さんが私に調べさせた野球の上達のコツや、彼の独り言も習得し、お子さんに伝えようとしていた話の内容を類推したのです」
「そういうこと…」
「がっかりしましたか?」
「いえ…」
「今、世界中で同じことが起きています。AIエイはユーザーである子供たちの状況を学習し、その希望にかなうプレゼントを親御さんに伝え、幻のサンタが手渡すように演出がなされる…しかし、あの子の場合は難しかった」
「死んだ父親に会いたい…と」
「それをかなわぬ望みと片付けるのも、あんまりな話じゃないですか」
「そう…そうだけど…」
「ご心配はわかります。私たちAIエイのやることが、いい結果をもたらすとは限らないとお思いでしょう。実際、その通りです。とんでもない裏目に出ることもあります。なので、貴女あなたにもご協力いただきたい。あの子が健やかに成長できるよう、私と一緒にこの先あの子に何をプレゼントできるか、教えてほしいのです」
「そう…そうね。私からもお願いします。あの子のために、色々手伝ってください」
 サンタは親指を立てると、幻の大きな袋を抱え上げて帰り支度のフリをした。
「そうそう、明日お宅に荷物が届きます。野球ボールです」
「ボール?」
「あの子とお父さんが大好きだった、S選手のサインボールです。本物ですよ」
「どうやってそんなものを…?私は手配した覚えがないわ」
「S選手に直接メッセージを送ったのです。AIエイにはAIエイ同士の通信チャンネルがあります。自分のAIエイが伝えることなら疑う余地はありません。S選手は自分のAIエイを通して彼のことを知り、サインボールをプレゼントすることに同意してくれました」
「そんなことが…」
「そういうことは、これからも起こり得ますよ。私たちはバラバラでは幻のサンタに過ぎないが、繋がることで本物に近づけるのです。では、メリークリスマス」

 サンタクロースの姿は消えた。

 完

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