アブない大人の男はマタタビ、恋はキケンだはやくお逃げよ

私がいままでみた男性の中でも、ジョージの漢気はずば抜けている。
親分気質で面倒見が良く、口が悪くて情にもろい、かと思えば中身はほとんど少年のようでもある。
何か頼むとファーックと言いながらなんだかんだでやってくれる、そんな男である。
私が子供だったら、こんな兄ちゃんについてくんなと言われながらくっついていって、なんだかんだでアメとか買ってもらったりしたい。
一緒に遊びましょ〜!とこっちの世界に降りてくる大人より、子供は自分に大人の世界を垣間見せてくれそうな、そんな大人が好きである。
しかしである。私は子供ではない。ご覧ここいるのは間違いなく30過ぎの小汚い女である。
こんな女でも、ジョージといると自分がちいさな女の子に戻ったような気持ちになれた。

私がこれまで一緒にいた男性は、よくもわるくも私のことを第一に考えてくれるような、フェミニンなよき聞き役タイプの人が多かったが、ジョージは全く違った。どこか危うい雰囲気があり、いつかぱっと消えてしまいそうな、目が離せなくなるような――ろうそくの炎のように、ドキドキと見つめてしまう。
中学生の頃、クラスの悪そうな男の子に妙にときめいてしまう感じ。

家探しになかなか本気になれない理由は、自分でよくわかっている。

ツナとトマトのサンドイッチで、ジョージと簡単な夕食。
こういうとき大体ジョージはいつも何か仕事のメールをしたり音楽を流したりしていて、私はだいたい図書館で借りてきた英語の本を無理して読み進め、わからない単語が出てくるたびに、これなに?と聞くのが日課である。
あーめんどくせえ、俺本読まないから……としぶしぶ唸った後に出てくるジョージの答えはいつも明快かつシンプルである。

Incougonous(不調和、不適当な)は、Fuckin' weirdo(やばいくらい変)
Intolerable(耐えられない)は、Can't fuckin' stand it(マジでもう無理)

という風に置き換え可能であると教えてもらう。
イギリスでは、話し方で皆なんとなくそれぞれの階級を確認しあっているという。確かに、いい仕事についているひとの英語と、パブで汚れた手でビールを呑んでいる人とでは話し方から何からほとんど別の言語である。
Incougonousなんて単語生きてて使ったことねえし……とジョージは笑って、
わざわざこんな遠くまで来て、下っ端を捕まえて君は運が悪いなあ、
と言った。

ああその声と、その話し方だよ。
それが、きょうも私の胸を妙にひりひりと焼きつかせる。
文字通り、胸がいたくなる。普通に病気かと思う。

この感じを、私はずっと昔に味わったことがある。
この人は――私の一番好きだった人にとてもよく似ている。かの人は、ただ存在しているだけで、たまらなく私を不安にさせた。

これが恋だと有頂天になるほど私は若くはない。
危ないものに触れて、胸がドキドキとしているだけなのだ。
きっと彼と結婚したりとか、そういうことは一生ありえないだろうと手に取るようにわかるので、それが私の心をきしませるのである。
彼は酒飲みだし、
お金にだらしがないし、
女の子の友達だって無限にいるし、
私のことはたまたま家に転がり込んできた野良猫くらいにしか思っていないのである。好きなようにさせて、たまにエサをやって擦り寄ってきたら頭くらい撫でてやる。
しかし、そのぶっきらぼうな優しさがしみる。

彼を好きになったりしたら、私はまた長い長い片思いのループに入って、めちゃめちゃになってしまうだろう。
私が好きになった男の人は、いつも私を悲しくさせる。

フサフサとしたオリーブ色の髪と青い瞳と、ごつごつとした骨格にしゃがれ声、すっかりミーハー中学生マインドに戻ってしまった私はドギマギ日々を過ごすばかりで、貯金は減っていくばかりなり。

はやく、早くここを出なければいけない。

思い出せ、私はわざわざこんな遠い国までやってきて、さあどんじゃか働いておまんま食べて一旗あげてやるんじゃという意気込みでやってきたんじゃないか、ここで恋に落ちるのは危険だ、危なすぎる、はやく逃げなさい。

と思いつつ、今日も私はぽかぽかソファで昼寝をし、そしてヘアサロンでなぜか頭がこけしになる。


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