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序 ノンフィクション小説『ロックスター』
男は、いい男に惚れてナンボだからな。
―細美武士(Vo/ ELLEGARDEN、the HIATUS、MONOEYES)
ラジオ『Hedgehog Diaries』より
第1話 ブロンドの女 ノンフィクション小説『ロックスター』
「ハードロックカフェそこに来るらしいよ」
その知らせに店内が湧いた。
1992年、バブル崩壊。
これは夢が見られなくなった時代に夢を見た、名も無きロックスターの物語である。
***
「げ、きったねえ。飲みものはこっちに捨てろって書いてあんじゃん」
タカシは、『燃えるゴミ・紙類』と書かれた大きな外付けのケースからゴミ袋を引っ張りだすと、腰まで伸びた髪がその袋の中に入らぬよう気をつかいな
第2話 ガールは内緒? ノンフィクション小説『ロックスター』
彼女はにっこり笑って手を振り返すと、すぐに向き直り、グループの会話に戻った。
2人は揃って顔を見合わせる。
「おい、今の見たかよ」
ヒサはタカシを肘で小突く。もう一度小突く。
「先輩。すげーウケてましたよ。今のは脈アリで間違いないでしょ」
タカシもヒサを小突き返した。いつもの調子を取り戻したようだ。
ヒサとタカシの奮闘に触発されたのか、さっきまで軽くあしらわれて一度は諦めた男たちが、ま
第3話 1992年2月22日 ノンフィクション小説『ロックスター』
営業終了後の店内は相変わらずしんとしていた。外を走る車の音が、寄せては返す波のように、途切れながら聞こえる。
「はーい。しつもーん。先輩、なんで動かないんですか?」
「うっせー。黙って仕事しろ」
「だって、もう終わりましたもん」
タカシはピカピカになったテーブルにチラッと目をやるそぶりを見せ、すぐさまヒサの方にやってきた。
「けっこうマジに好きなんでしょ?」
たった今、ヒサが床の四角模
第4話 ミニチュア・オブ・ドラマ ノンフィクション小説『ロックスター』
ロレックスは近くの椅子を持ってきて、どういうつもりなのか、誕生日会に割り込んだ。
「邪魔してごめんね。この子達、日本語は分かるの?」
意外にも彼女たちには目もくれずヒサに話しかけた。口調も声色も、とても落ち着いたものだった。
「いや日本語は全然分からないですけど」
ヒサは少しあっけにとられながら答える。
「そっか、良かった。ほら、珍しい組み合わせのグループだったから。ちょっと見てたんだけ
第5話 渡米のワケ ノンフィクション小説『ロックスター』
ヒサが洋楽にハマったのは中学の頃だった。
何度もギターを買ってほしいと親にねだったが、教育熱心な両親は買ってやらなかった。これは時代的なことだが、エレキギターを持った子どもは不良になると信じて疑わず、「楽器が欲しいならフォークギターにしなさい」が口癖だった。ヒサが欲しかったのは、エレキギターだ。ジャーニー(*1)のニール・ショーンも速弾きの神と言われたイングヴェイ・マルムスティーンも、テレビで見
第6話 運命の列車 ノンフィクション小説『ロックスター』
1992年7月、蝉の合唱がリハーサルの様相を呈し始めた初夏の夜。
ヒサはこの日もシフトが入っていた。泉州(*1)に住んでいるヒサは、南海電車(*2)に乗って難波へ向かう。
いつものようにつり革を握り、窓の外をぼんやり眺めていると、泉大津を過ぎたあたりで、和歌山行きの電車に景色を遮られる。ガタンガタンと重たい音が車内に響き渡る。こちらの電車と違い、向かいの電車は会社帰りのサラリーマン達でぎゅうぎ
第7話 北新地の女 ノンフィクション小説『ロックスター』
「9月にアメリカに行くのか。再来月じゃねーか。随分と急な話だな」
デイビッドは口に含んだ氷を噛み砕きながら言った。
「一年前から決めてたんだけどね」
ヒサも真似して氷を食べてみる。わるくはない。
「でもあれだな。たったひとりでギターだけ背負ってハードロックの本場に勝負かけるってんだろ?かっこいいな」
デイビッドは手元のお酒を飲むのも忘れるほどに、ヒサの渡米話に聞き入っていた。
「何か見
第8話 出国 ノンフィクション小説『ロックスター』
「去年までね。彼氏の家がハリウッドで。スラッシュっていうんだけど」
「ガンズ(*1)のギタリストと同じ名前ですね」
クラブミュージックがガンガンに流れている中でも、ヒサの後頭部でGuns N' Rosesのリフが鳴った。ハードロックバンドの名前を聞くと、曲が頭の中で自動再生されるのはヒサの癖だ。
「あ、そうそう。スラッシュっていうのはニックネームなんだけど、彼もギター弾いてたわ。たしかガンズ
第9話 ロックウォーク ノンフィクション小説『ロックスター』
ロサンゼルス国際空港に降り立った一人の日本人は真っ直ぐタクシー乗り場へと向かった。
透明なガラスの向こうに、黄色いタクシーがズラっと並んでいるのが見える。
映画のワンシーンのようだ、と彼は思った。
真新しいスーツケースを引きずりながら歩く若者は、グレーのジーパンにブルーのシャツ、黒のキャップを被っている。
背中にギターは背負っていない。
自動ドアを出ると密かに足元のコンクリートに目をや
第10話 ハリウッド・ドリーム ノンフィクション小説『ロックスター』
ヒサはモーテルの部屋で立っている。電話の前に立っている。受話器の上に手を置いたまま立っている。
この状態で20分は経っている。
ハリウッドに来て、今日で6日目になる。お昼に電話しようとしたものの、失礼があってはいけないと、あれこれ無駄に考え過ぎて、午後の時間をだらだらと過ごすうちに、もう夕方になっていた。
「っしゃ」
気合十分。ヒサはダイヤルを回した。
”Hello”
「もしもし、はじ
第11話 ダイブ・イン・ハリウッド ノンフィクション小説『ロックスター』
アツシの隣に立っていたのは、ロックスターRIKI、正真正銘の本物だった。
***
「せっかく二人ともギタリスト同士なんだし、隣で飲みなよ」
言葉を無くしたヒサは、アツシによって半ば無理やりRIKIの隣に座らせられた。
「じゃ、あたし仕事戻るわ」
ミヤコも気を利かせる。一旦スタッフルームに引き上げると、すぐに着替えを済ませて出てきた。
華やかな衣装に身をつつんだ夜の女はラウンジで待つお客
第12話 シャウト・イン・ハリウッド ノンフィクション小説『ロックスター』
目が覚め、仰向けの身体を横に向けると枕元にコースターが置いてある。
信じられないことがあった時、やるもんなんだろ?
ヒサは目を擦ってみる。
昨夜のことは夢ではなかった。
時計の針は午後2時を指している。
ヒサは眠気を覚まそうと、シャワールームに入った。
お湯をひねっているのに、冷水を浴びてしまう。
昨夜は興奮が冷めやらず、夜中になっても、もう眠れそうにないと諦めたヒサは日本に電話をか
第13話 パーティー・デュード ノンフィクション小説『ロックスター』
第13話 パーティー・デュード(*1)
ハリウッドでの人間関係はパーティーから始まることが多い。
RIKIに誘われたパーティーは、日本人の結婚祝いのパーティーだった。このパーティーで、ヒサはハリウッドでの時間の多くを過ごすことになる人たちと出会う。
「サトウです、どうも。あ、ハードロックはそれほど興味ないんで」
ハリウッドでジャズロックを弾いているギタリスト・サトウは、ひと月後にヒサとルー