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政治の堕落(2016)

政治の堕落
Saven satow
Dec. 29, 2016

「ポリュビオス、今われわれは、かつては栄華を誇った帝国の滅亡という、偉大なる瞬間に立ち会っている。だが、この今、私の胸を占めているのは勝者の喜びではない。いつかは我がローマも、これと同じときを迎えるであろうという哀愁なのだ」。
スキピオ・エミリアヌス

 なぜ政治が堕落し、それをどのように防いだらよいのかを分析した最初の思想家の一人がポリュビオスである。経験を踏まえて政体を形成するが、世代交代すると、それが忘れられて堕落すると彼は明らかにする。その上で、防ぐには権力同士で牽制させることを説く。

 ポリュビオスは紀元前2世紀に活躍したギリシア人の歴史家で、当時その名は地中海世界に広く知れ渡っている。第三次マケドニア戦争のピュドナの戦いの際に、ローマの捕虜になるが、彼を敬愛するスキピオ・アエミリアヌスがその身を保護し、思索活動の支援を行っている。それは慶長の役で日本の捕虜となった朝鮮朱子学の大家姜沆と藤原惺窩の関係を思い起こさせる。ポリュビオスは、ポエニ戦争の際、スキピオに同行し、その模様を「歴史」に記述している。

 ところで、アリストテレスは『政治学』において政体に関する比較政治学を展開している。政体は統治者数により王政・貴族政・ポリティア(政体)の三つに分類できる。王政は意思決定権者が一人、貴族政は少人数、ポリティアは大勢である。その堕落した政体として僭主政(独裁政)・寡頭政・民主政がそれぞれ対応する。アリストテレスにとって政治はよく生きること、すなわち徳の実践である。政治の堕落は統治者が共通善、すなわち公益よりも私益を優先することだ。権力による私益追及が一人の場合は僭主政、少人数の場合は寡頭政、大勢の場合は民主政である。

 この認識を踏まえれば、民主政は今日で言うところのポピュリズムのことである。また、ポリティアが今の民主主義に相当する位置づけだろう。

 アリストテレスは民主政が堕落した政体に分類している。実は、アリストテレスのみならず、その師プラトンも民主政には厳しい。彼らが活躍した時期はアテナイ民主政の後期である。アテナイの民主政は制度疲労を起こし、矛盾が露呈している。当時の思想家が民主政を堕落した政体と見なしても不思議ではない。

 ただ、アリストテレスは理想的な政体を規定していない。いかなる政体もうまく機能している時はよいが、堕落する危険性がある。

 ポリュビオスは『歴史』においてこのアリストテレスの政体論を生成・消滅のサイクルによって歴史的に捉え直す。ポリュビオスは政体を王政・貴族政・民主政に三分類する。さらに、その堕落形態を専制政・寡頭政・衆愚政とそれぞれ当てる。政体は当初よく機能するが、次第に堕落し別のそれに交代する。ポリュビオスはそれぞれの政体を生成・消滅の循環の中に位置づける。

 誰も統治していない状態から一人が王として権力を握る。最初は共通善のために政治を行っていたが、世代交代に伴い、その意識が薄れて堕落していく。王政が専制政になると、少数者が打倒して貴族政を始め、共通善に基づく統治を行う。しかし、代替わりをすると、腐敗した前の政体を倒したことを忘れ、同じように堕落する。寡頭政に対し、大勢が立ち上がり、民主政を起こす。けれども、世代交代すると、統治者は共通善よりも私益を追い求め、衆愚政に陥る。かくして政体が消滅し、統治者のいない状態に戻る。この過程の繰り返しが政治の歴史だ。

 ポリュビオスは政治の堕落の原因を世代交代に見出す。腐敗した政体を打倒し、理想に燃えて新しいそれを始めても、その当初を経験していない世代に統治が交代すると、同様に堕落してしまう。いかなる政体も公益に基づく統治が行われることもあれば、私益追及に溺れて堕落することもある。政体建設に携わらず、引き継いだ者はそれが自明である。前の生態がいかにして滅亡し、現体制がどのように誕生したのかを体験から理解していない。

 ポリュビオスはこうした政体循環論に適合しない国家があると指摘する。それが共和制ローマである。なぜかと言うと、ローマには王政・貴族政・民主政の三つが混合しているからだ。

 共和政ローマには国家元首として定員2名のコンスル(執政官)、貴族の統治機関である元老院、平民の合議機関の民会が設置されている。王政・貴族政・民主政の三つの制度が併存し、相互に牽制している。権力が分立して、均衡しているので、どれかが暴走することがない。世代交代しても、実質的に統治を担当しているのは元老院で、三すくみになることはない。相互牽制のために政治が堕落しない。共和制ローマは政体が混合しているため、生成・消滅の循環に向かわない。

 政体が循環する原因は世代交代による政治の堕落である。それを防止するためには、混合政体、すなわち権力分立による相互牽制が適切である。このポリュビオスの混合生体論は共和主義思想として西洋政治理論の伝統の一つを形成する。共和主義は共和政ローマに由来する政治理論という意味で、権力分立による牽制と競争の思想を指す。そのため、共和国のみならず、王国にも適用できる。三権分立は近代の共和主義の制度の一つである。

 ポリュビオスの指摘において見逃してならないことは政治の堕落が世代交代を原因にしていることだ。第一世代はなぜ前体制が堕落し、新たな統治を打ち立てなければならなかったのかを経験で知っている。公益よりも私益を追求すると、政治腐敗が生じる。だから、それを戒めねばならない。ところが、第二世代にそうした知識がない。現状の秩序を利用して公益よりも私益を追い求める。けれども、そうした姿勢が体制崩壊をもたらすという危機感がない。

 制度は、世代交代しても政治が堕落しないために、必要だ。制度は人が代わっても統治を安定し、行動する際の予想を可能にする。権力分立制による相互牽制は世代交代を含めた人の入れ替わりがあっても腐敗を防止する機能を果たす。

 反面、世代交代して公益より私益を求める者にとって制度は邪魔者である。第二世代は権力分立制を解体し、一つに集中させていく。ポリュビオスの死後半世紀ほど後、ユリウス・カエサルは平民派勢力を背景に権力のバランスを崩しにかかる。彼は紀元前44年に暗殺されるが、混合政体は実質的に解体に向かう。紀元前27年、ローマは共和政から帝政へと移行する。

 翻って近年の日本を見れば、戦争を経験した世代の政治家が引退し、それを知らない世代に自民党が占められている。戦争体験を共通理解として、それに反省的に踏まえつつ統治に臨む政治家がいない。その状況から安倍晋三が総裁に就任、首班指名も獲得する。この戦後世代の首相は権力の暴走を抑制する三権分立を始めとする諸制度を形骸化させる。ポリュビオスの教訓通り、政治の堕落が世代交代から生じている。今、戦後最も政治が堕落している。
〈了〉
参照文献
山岡龍一、『西洋政治理論の伝統』、放送大学教育振興会、2009年


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