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アダルトチルドレン卒業宣言【その3】 〜夫と私は「嵐の中で身を寄せ合う子供」だった〜

ここしばらく何回かに分けて、私がアダルトチルドレンを卒業するに至った要因と思われることや心の変化などを書いています。

今回は、『心の解放に役に立った5つの要因』の4つ目、夫との関係についてです。

夫もアダルトチルドレン。そして私と同じくADHDかつHSPで、お互いものすごい生きづらさを抱えた人間です。そんな二人が一緒に暮らすことになり、どんな変化が起きていったのかを書いていきたいと思います。

※前回、前々回は下記からどうぞ。スキいただけますと大変励みになります!

Forbes さんにも記事にしていただきました




と一緒に生活し始めたことも、アダルトチルドレン卒業につながる大きな要因でした。

「うちのキリスト」と私が外で呼んでいる夫とは結婚して早13年になりますが、最近よく感じることがあります。

それは「私たちは、暴風雨の中、穴倉で身を寄せ合っている子供みたいだな」ということ。


・アダルトチルドレンはアダルトチルドレン同士でくっつきやすい

夫も時々Voicyなどで発信したりしているように、アダルトチルドレンです。


アダルトチルドレン関連書籍でもよく言及されているように、アダルトチルドレンはアダルトチルドレン同士で付き合ったり結婚したりすることが多い そうですが、私たちもまさにその典型例と言えます。


確かに、機能不全でなかった家庭に育たれた方に長年苦しんできた親子関係やトラウマについて話すと、

「大袈裟すぎるよ。どこの家もそんなものだし」とか、「育ててくれた親に失礼。ちゃんと感謝しなよ」

なんて説教されることも少なくありません。

その理解しあえなさに絶望した後で自分と同じようなアダルトチルドレンに出会うと、「この人とは分かり合える!」と運命的なものを感じてしまったり、

アダルトチルドレン特有の「心の不安定な匂い」をお互い嗅ぎつけて、そこにいびつな安心感を抱いて居心地の良さを感じてしまうことがよくあります。


しかしそんなアダルトチルドレン同士の関係は、「どこまで私を受け止められる?」と相手を試してとことん傷つけたり、共依存になったり、束縛したり、お互い潰れてしまうパターンも多いと聞きます。

実際に夫と私も、安定的な関係になるにはかなりの時間を要しました。


・人との距離感がわからなかった私の結婚生活

そもそも私は、結婚するまで強烈な人間不信かつ愛着障害を持つ人間でした。

常に愛に飢え、人に多大な期待をかけて寄り掛かりすぎたり、逆に拒絶されるのを恐れて人を避けすぎたりと、「人との適切な距離感」というものを知りませんでした。

そしてちょっと問題が起きたり居心地が悪くなると関係を絶って逃げるということを繰り返し、結婚前は人と深く関わり本音でぶつかり合うことを極度に避けた生き方をしていました。


でも、結婚するとそういうわけにはいかず、生活を続けていくためにお互いの正直な気持ちや意見を伝え合わねばなりません。


関係をすぐ放り出そうとする私と対照的に夫は辛抱強く関係を保とうとしてくれ、そうして30歳を超えて初めて私は「自分の考えや思いを相手に伝えて関係を構築していく」という、世の中ではしごく当たり前のことに挑戦せざるを得なくなったのでした。

「人の機嫌を損ねないこと」をそれまでの最重要行動指針としてきた私にとって、これは生き方を180度変えないといけないような難儀な大仕事でした。


・コミュニケーションとは「攻撃の応酬」だと思っていた

そもそも「自分の考えや思い」といっても、私は生まれてこのかた「自然に発露する感情」というものに蓋をしてきてしまったので、自分が今心地良い状態なのか不快な状態なのかすら、その頃はわかっていませんでした。

しかしカウンセリングに通ったり色々な試みを重ねていくうち、なんとかそれが徐々にわかるようになってきました。

すると今度は、相手の反撃を恐れて自分の気持ちを伝えられない、という問題にぶつかってしまったのです。


というのも、自分の気持ちを口にすると「口答えするな!」とコテンパンにされるパターンを刷り込まれて育った私は、

自分の正直な気持ちを伝えるということは相手への攻撃になるから必ずやり返されて酷い目に遭うと、すなわちコミュニケーションは「攻撃の応酬」であると心底信じていたのです。


つまり、コミュニケーションは単に「意見のキャッチボール」である、ということが当時の私には全く理解できていなかったのでした。


そんな状態なので、友人に何度も不快な言動をされ我慢をした挙句、最後にキレて大爆弾を相手に投げつけ、反撃されないよう即刻縁を切った、なんてこともありました。

そもそも勇気がなかったのでそんなことをしたのは1、2回でしたが、振り返れば、冷静に「この点が不快なのでやめてくれないか」と話し合えばよかったわけです。


そのように最初の頃は、夫ともなにか意見の食い違いが起こったときに「違うと思う」と述べるのにも、毎回ありったけの勇気とエネルギーを掻き集めないといかず、そんなときの私はまるで隅に追い詰められて全身の毛を逆立てている獣のような感じだったのではないかと回想しています。

また言語化が得意な夫と違い、自分の意見を言葉に紡ぐのが苦手な私はうまく気持ちを説明できず、たびたび話し合いの場から脱走していました。


しかし夫が辛抱強く関係を続けようとしてくれたおかげで、私も徐々に「感情を投げつける」のではなく「冷静に意見を交換する」ことができるように変化していきました。

そうして人にきちんと自分の気持ちを伝えられるようになると、夫との関係はもちろん、夫以外の人間関係も徐々に変わっていきました。


・「見捨てられる不安」からの解放

それまで「自分が我慢すればいい」とやりたくない仕事を受けたり、「あの人は業界の偉い人だから言うことを聞かないと」と無理していたことも、「これは自分がやりたくないことだ」と感じたら断れるようになり、結果的に物事の判断に時間をとられることが減って、人生がぐんとシンプルになりました。

(ADHDは、あれもこれもやらないととパニックになりがちなので、メンタルがとてもらくになりました)

同時に、逆に自分が断られた場合には、それまでは「断られる=私が嫌い」と受け取り「人格否定された!」と落ち込んでいたのが、「断られる=条件や状況が合わなかっただけ」とあっさり割り切れるようにもなりました。


思えば、私は極度の愛着障害を患っていたため、見捨てられる不安から人間関係をすべて、「私のこと好き?嫌い?」と愛情の問題にしてしまっていたのでした。


もちろん、そんな重い人間関係がうまくいくはずがありません。


とうとうこの思考回路に気がついて決別することができたとき、

「全ての人に好かれないと」という強迫観念に追い立てられて「この人とはなんか合わないけどご機嫌とらなきゃ」などと無理していた人間関係を、

「この人とはなんか合わないけどそんなもんだ。お互い様だしね」とありのままで受け入れられるようになりました。


「ああ、これが適切な人間関係の距離感なのか。これでいいのか」と腑に落ちた瞬間でした。


そうして、それまでずっと無意識にやっていた、「愛して欲しいがために人に過大な期待をかける」、という困った習性からも解放されたのでした。


・世の中の「あるべき夫婦像」からの解放

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人に過大な期待をしない」という心境の変化は、夫との関係にも大きく影響しました。


「期待をし過ぎない」ということを言い換えると、「他人も自分もありのままで受け入れる」ということになりますが、

それまでは「夫らしく妻らしく」「夫婦らしく」と、私たちにそぐわない世間の像に自分たちをあてはめようとしてしまっていたことも、「そうか、自分たちらしくでいいのか」と思えるようになりました。


同時に、私が夫に「こう変わってほしい」と無意識に操作しようとしていたことにも気が付き、「お互いやりたいことをやるべきだし、いたいようにいればいい」と思えるようになりました。


この心の変化の中で始まった私の「アート仮装『KESHIN』」活動を、夫も楽しんでサポートしてくれるになり、二人で仮装して出かけたりするようにもなりました。

そしてその変化は周囲に伝わったのか、その頃から夫婦で取材を受けたり、人前に一緒に呼ばれる機会が急に増えてきたのでした。

BIT VALLEY2019では、夫は講演、私はワークショップをさせていただきました。https://2019.bit-valley.jp/

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こんな素敵なコミカライズまで。


・夫を使った「褒めまくったら人間はどう変わるのか」という実験

ただ正直なところ、なぜ夫がここまで超ポンコツで気難しい私を見限らず、関係を保とうとしてくれたのかはよくわかりません。

初めて私を見た時に、「この人と結婚したらなんか面白そうと感じた」とは聞いていたのですが、それにしても本当にありがたいことです。


でも一つだけ、私が彼に「してあげられた」と自信を持って言えることがあるとすれば、それは結婚当初からこっそりと続けていた「褒めまくり実験」です。


アダルトチルドレンだった私も夫も、小さい頃から存在を否定される言葉をかけられ続け、自己否定をベースに育ちました。

二人が長年身を置いていたのは、「自分には何の価値もない」という無意識の思考パターンが刷り込まれ、生きているのが辛い日々。


でも、ならば逆にしてみたらどうなるんだろう?

存在を肯定する言葉をかけ続けたら、人って変わるんじゃないだろうか


ふとそう感じた私は、あるときからひそかに「ひたすら夫を褒め続ける、肯定しまくる」という実験を始めました。

私の唯一の特技は、多少言葉が軽くなってしまったとしても、人の素敵なところを見つけて、いくらでも褒めることができること。

それは「人に好かれたい愛されたい」がために人間観察をしまくった、愛着障害の数少ない有用な産物かもしれません。


そうして、夫を褒めまくる日々が始まりました。

・いいプレゼンができたと言われたら、「超すごい!」
・新しい試みについて「どう思う?」と聞かれたら、「いいね、やっちゃいなよ!」。
・朝起きられたら、「エライ!」。
・ゲームで場面をクリアしたら、「頑張ったね!」。
・「この靴合わせるのどう思う?」「似合うよ!」。
・ご飯を作ってくれたら、「美味い旨い、さいこー!」


小さなことから大きなことまで、怒涛の「いいね!」祭。でも、それぞれは多少大袈裟ではあったとしても、決して嘘ではありません。


そうしてそれをしばらく続けていたら、夫がどんどん生きやすそうになってきて、一緒に住む家を「安全地帯」と認識してくれるようになりました。

育った家をそう思えなかった私たちにとっては、それは本当に大きなことでした。


おお、この方法は有効なんだ!この結果に密かに大喜びした私なのでした。

見方によっては「褒めると言う行為自体も、人をコントロールすること」という声があるかもしれません。でも、そもそも自信や自己の存在を肯定する気持ちがマイナス無限大状態だった私たちにとっては、ポジティブな言葉を人から投げかけられることは必要不可欠な体験でした。

ちなみに何年か前に、夫に「実は褒めまくる実験をしてたんだよ」と打ち明けたところ、「まじか!気がつかなかったよ。でもそんな実験ならいいね」と笑ってくれました。


・心の武装解除とポンコツのカミングアウト

結果的に、夫の変化は自分にも跳ね返ってきて、私も自分自身に優しい言葉を意識的にかけられるようになり、自己否定の感情が薄れ始めました


そうなると、「存在価値がないのがバレないように、自分を大きく完璧に見せなくては」と長年纏っていた巨大な鎧カブトに、二人とももはや必要性を感じなくなりました。

ならばと心の武装解除をし、おそるおそる「ポンコツな自分」をカミングアウトしてみたら、あらびっくり、素の自分のままで生きられることを発見してしまいました。

しかも、なんだか周囲の方々からの愛情が強くなったな、と夫も私もとみに感じられるようになったオマケまでついてきてしまったではありませんか。

あんなに昔は愛が欲しかったのに、求めるのをやめたら愛されるなんて。

「なんだ、弱みって見せていいんだ!」。

私は少し前からポンコツを出し始めていたのでそこまでの驚きではなかったのですが、ひた隠しにしてきた彼にとっては大変な衝撃だったようです。


実際、夫のことが大好きと公言してくださっている昔からの知り合いの男性に、「どこがそう思えるポイントなんですか?」と尋ねてみたところ、

「だってすごい頑張ってるのに時々空回りしてところが見えたり、なんかすごい愛らしいんだよ」と言われ、「愛らしいって!!」と私は思わず笑ってしまいました。

「自分は愛される価値なんてない」、そう長年思わされてきた彼が、今ではこんなに愛されている。よかったね。頬が緩みました。

彼の最近の記事です。愛らしいってよ。

ポンコツカミングアウトの瞬間を、まさに夫の視点で書いた記事です。



・無邪気でいられなかった子供時代を二人で取り戻す日々

気がつけば結婚してから13年ほど。

最近では夫の活動が皆さんの目に触れる機会が増え、もしかしたら彼の長髪や私の大柄な風貌から、「なんか派手で押しが強そうな夫婦だな」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。

でも内情はこんなで、揃ってADHDのポンコツで、超HSPでメンタルが激ヨワで、しょっちゅう内外の嵐で心がボッキボキに折れている二人です。

せっせと安全地帯をメンテナンスして、そこに傷だらけになった体を横たえHPを回復しないと、とても生きられない。


冒頭に書いた「嵐の中で身を寄せ合う子供たち」というのはそんな意味でした。


そんな私たちは、現在二人でいるときは馬鹿なことを喋りまくって、馬鹿なことをしまくって、まさに「無邪気でいられなかった子供時代」を今せっせと取り戻しています。


年齢はもう立派な中年ですが、中身は全く大人ではない二人。無駄な分別を捨て去って、現在はようやく自分らしく楽しく生きられるようになりました。

最近二重生活をしている千葉県山武市の市長さんにお会いする機会があり、市の可愛いゆるキャラ「サンムシくん」グッズをいただいて喜ぶ二人

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・夫との結婚生活で得られたもの

夫は、結婚当初社会生活をまともに送れず経済的に困窮していた私をサポートしてくれ、現在までも大いに助けてくれています。

別のときに書こうと思いますが、私はポンコツ脳がものごとを自己流に解釈してしまうせいで「言われたことを遂行する」ということが全くできず、ビジネスの現場では問題を起こしてばかりでした。

また、睡眠障害に近い夜型人間のため会社に定時に行けなかったり就業中に寝てしまったり、20代はあらゆる業種職種を転々とし、しまいに電気を止められたりしたこともありました。

結婚して彼が一番最初にしてくれたのは、なんと半年以上も私が滞納していた区民税を払ってくれたことだったのでした。

また、彼のビジネススキルなど、一緒に生活することで学べることもたくさんあります。


でも本当の意味で、結婚して私が得られたものは、「心の傷を埋め合い、社会に踏み出すための人間関係を一緒に学んで構築していく同志」としての彼、だったのだと感じています。


夫が心に私と同じように傷を抱えたアダルトチルドレンではなく、健全なメンタルの持ち主だったならば、私が現在このように「アダルトチルドレン卒業宣言」なんてことを書けていたのかはわかりません。

また、アダルトチルドレン同士といっても、傷つけあう関係にならずに済んだのは、相性が良かったということもあるのでしょう。

ともかく、ご縁で一緒になって歩んできた彼との結婚生活は、私にとってアダルトチルドレンを卒業できた大きな要因の一つでした。

彼にとっても、私がそのような存在であるといいなと願ってやみません。


しかし、だからといって私たちが模範的な夫婦だとは、全くもって思いません。

知り合いのご夫婦にも、全く違う形で支え合われていらっしゃる方々がたくさんいらっしゃいますし、夫婦ではなく友人同志でという方もいらっしゃいます。


私たちはあくまでも、「お互いアダルトチルドレンの苦しみを抱えながら、生きにくさを克服しつつあるパートナーシップ」の一つの例に過ぎませんが、「こんな感じでいいんだ」とどなたかのガス抜きになれば幸いと感じています。

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次回は5つめの要因である、「親との関係の変化」についてご紹介する予定です。

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ちなみに以前飼っていた保護犬からも、心の回復過程を学ばせてもらいました。

私の「褒めまくり実験」は、恩師からの影響も大きくありました。

自分の感覚を大事に生きるようにしたら、人生がシンプルになって自由になれたという、私の過去記事です。

愛着障害についてはこちらの書籍にわかりやすく書かれています。

よろしかったら夫の本もぜひ。 下記は販売促進用に”家内”製手工業で、書店に置いていただくPOPを量産したときのものです。私頑張った…!

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これからもおバカなこといっぱいやって、人生を楽しんでいこうと思います!

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