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殺人ボットの「自分探し」の旅『マーダーボット・ダイアリー』

趣味の合う友達がテンション爆上げで『弊機くん』に萌え散らかしていたので、ついつい気になって買ってしまった本がある。
それがこの『マーダーボット・ダイアリー』である。既刊4巻。最新刊の『逃亡テレメトリー』は今月出たばかりである。
当然のように4冊ともすでに購入済であるが、とりあえず1、2巻(上・下巻)を読み終わったので感想を書く。

人工的に作られた存在萌えの属性がある人は、まず読んで損はないと思う。

この作品は人型警備ユニット(人間のクローンできたで有機組織と、メカ的な非有機組織でできた存在)の『弊機』の一人称で描かれるSF小説である。中編の連作で、上下巻で4話収録されている。この4話は地続きというか、1、2話の内容がかなり3、4話の内容にかかってくるので、上下巻は一気読み推奨です。1、2巻じゃなくて上下巻なのには理由があるんだな。

丁寧語だけど、どこか不遜さのにじみ出る独特の語り口が面白い。「おやおや」とか「やれやれ」といったワードが普通に飛び出し、人間の行動に頻繁に呆れたりいらだったりしている。そんな弊機くんのやたらとひねた語り口で、起こったできごとを記録していく「ダイアリー」なのである。

しかも趣味はドラマ鑑賞。ことあるごとにドラマ鑑賞。隙あらばドラマ鑑賞。少しでも暇があればドラマ鑑賞に耽溺する。ドラマにハマった結果のコメントが「冷徹な殺人機械のはずなのに、弊機はひどい欠陥品です」なのが、そういうところだぞ弊機くん!ってなりますね。1巻(上巻)の帯に使われているモノローグですが、まさか読み始めて1P目でお目にかかるとは思わなかった。本当にそういうところだぞ、弊機くん!好き!!

ピンチになるとここはドラマだと『まずいぞ!』というシーン」とモノローグを入れる。あくまで後になって回想してる体でのモノローグとはいえ、そんなことを気にしている場合か、本当にまずいんだぞ弊機くんよ!

ちなみに弊機くんは警備ユニットではあるのだが、必要があれば人も殺す。色々あって記憶を消されているが、かつて大量殺人をおかす『事故』を起こしたことがある。その経験もあってか『弊機』は自らの統制モジュールをハッキングしており、思考や行動の自由を得ながら、表面上は警備ユニットの提供先である保険会社(=弊社)の命令に従って行動している『暴走警備ユニット』である。

弊機くんは暴走警備ユニットなので、考える自由がある。

人間のことは守らねばならない存在だと考えているけれど、人間そのものは苦手。感情を見られるのも苦手。できれば相手にしたくない。ドラマとは違うのだよ。

しかし、この『マーダーボット・ダイアリー』は、そんな弊機くんが人間や人工知能ボット、人型のペットボットなどと出会い、別れを繰り返して自己を確立していく「自分探し」の旅物語なのだ。

暴走警備ユニットになった時点で、弊機くんは『一般的な警備ユニット』にはもう戻れない。統制モジュールにハッキングしたのがバレたら、最悪部品取りのスクラップ。絶対にバレてはいけない。そのために、弊機くんは割と頻繁に様々な場面でハッキングをして証拠隠滅を図っている。

そんな不安定な立場に置かれている弊機くんなのですが、せっかく人間の後見人を得て自由を得られるとなった時に、「大好きなメンサー博士」への書置きを残して旅に出てしまう。暴走警備ユニットが脱走警備ユニットに変わった瞬間である。

人間が苦手な弊機くんが「大好きな」と表現していることに、まず尊さが一億倍なんですよ。その後も何かにつけてメンサー博士のことを思い出したり、メンサー博士のためになりそうなことをしてみたりしていて、本当に君、メンサー博士は「大好き」なんだね!!そうだね!!ってなりました。

ペットロボットのミキが、人間と友人関係にあることをひそかにうらやましく感じているそぶりを見せるくだりとか、ミキのことは「友達じゃない」と言いつつもミキが壊れてしまったことをは「悲しい思い出」と言ったり、ちょいちょい感情が人間的になっていく弊機くんが、愛しい。こんなの好きになっちゃうよな。

「不愉快千万」と評したARTとのことは「良い思い出です」っていうのに、ミキのことは「悲しい思い出」なんだよな、弊機くん。

ミキは人間に愛されていたけれど、最後は『友達』である弊機くんのことを守ろうとして『命令を拒否』して壊れてしまった。

弊機くんにとって、それがどれくらい重い意味をもつのかと思うと……。

ドラマを見る理由について「寂しくないから」と答えるのも、弊機くん……!ってなりますね。そうなんだよ、彼は根本的に孤独なんですよ。普通の警備ユニットには戻れず、しかも過去に人間を大量殺戮している事実があるので人間との交流を深めることには臆病。思考停止もできないし、誰とも繋がれない。

メンサー博士を救出する4話目では、「勝ちたかった」という理由でだいぶ無茶をした弊機くんであるけど、それもまた「大好きな人間のため」であるんですよね。自己消失の危険を冒してまで守りたかったものが、彼にできたんだ。

下巻の最後では弊機くんは「選択肢があるのはいいこと」と言えるだけの余裕ができている。それは、彼が人間との関係性に居場所を見出したから。

暴走警備ユニットの「自分探し」の旅が、少なくとも「今はまだわからなくてもいい」と思えるところにたどり着けたということ。

自分探しというと、なんかスピリチュアルだけども、自由意志を持った暴走警備ユニットにとって「自己の確立」がどれだけ苦難の道のりだったかは、読んでいるだけでもわかります。ひねた語り口だから強い自我がありそうな風ではあるけど、割としょっちゅう心が揺れている。

弊機くんは別に人間になりたいわけでも、人間らしい感情を持ちたいわけでもないのだけど、「自分が自分のままであること」を認められたことで、ようやく彼は「居場所」を獲得できる。下巻にある解説では「多様性が認められる」と書かれている。

ちなみに解説もSF史をざっと紹介してくれていて、大変おもしろいのでぜひ読んでほしい。

長々と書きましたが、久々に買ってよかった!とニコニコ大満足の顔ができたSFでした。日本語翻訳大賞を受賞したって書かれているけれども、本当に読みやすい訳だった。
この独特のヒネた口調、原文ではどんな感じだったのかが気になりますね。いや、英語能力に自信がないので、原文読んでも多分なんもわからないんだろうけど……。

めちゃくちゃハマってしまったのに、まだ4巻までしか出てないなんて。いや、翻訳SFで4巻まで出ているの相当すごいと思うんですけど、気持ち的には10巻くらい読みたい。10巻くらい続いてほしい……。頼みます。この通りですから。


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