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『ルームメイトと謎解きを』読了記念書評

私にとって本作は、いわゆる「青春ミステリ」ではない。
「本格ミステリ+‪青春群像劇」である。と思う。私は。個人的に。
私は本作について、これ以上ジャンルを略せない。

ポプラ社から今春発売された『ルームメイトと謎解きを』(著者:楠谷佑(くすたにたすく))を読み終わった。
珍しく書評というものをしようと思う。
本筋に関わるネタバレはない。
しかし書評というからには、書を評しなければならないので、私にはなかなか難しいことのような気がするが、まあいいじゃないですか。

本作は主人公の少年兎川雛太と、転入生のルームメイト鷹宮絵愛(エチカ)が活躍するミステリ小説である。
なお、エチカといえば、スピノザの著書に同名のものがある。
人の持つ情念と認識と理性などについて語られており、この名を彼につけたご両親の学識が垣間見えるし、実にその名に相応しい名探偵として、彼は本作で活躍してくれる。

閑話休題、ストーリーについて簡単にご紹介する。
無論、文才乏しい私の筆ではなく、帯から拝借させていただく。
まず、
「全寮制男子校である霧森学院の旧寮あすなろ館。
昨年起きたある事件のせいでほとんどの生徒が新寮に移ってしまい、今はたった6人の生徒しか入居していない」

つまり、そこに入居しているのが雛太くんであり、転校してきて同居するのがエチカくんというわけだ。

話が始まってしばらくは、空手部で頑張る雛太くんと、動物には心の扉をバチバチに開きまくるが人間とはあまり打ち解けるのが得意ではないエチカくんが繰り広げる、学園生活が描かれる。
当初は噛み合わない2人だが、互いの人柄もあり、やがてエチカくんが雛太くんに、制服のネクタイを結んでくれと頼むくらいの仲になる。
雛太くんは突っ込んでいたが。

あすなろ館の面々は個性的ながらも親しみやすく、「こんな寮に入ったら楽しいだろうなあ」という夢想を刺激してくれる。
……が、少しずつ不穏な影が忍び寄ってくる

思いがけないケガをする一人の寮生。
屋上での寮生たちの話を聞いたかと思うと、姿を消した人影。
生物たちの悲劇。
そしてついに、殺人事件が起きる。
ここでこっそり心の中でガッツポーズをとってしまったのは内緒である。
いやだってやっぱり本格推理では殺人が起きて欲しいし。。

「ある日、あすなろ館にむかう遊歩道の途中にある東屋で、学内で絶対的な権力を持つ生徒会長が何者かに殺害された。
現場の状況から、犯行が可能なのはあすなろ館の住人だけだった――!?」

(同じく帯から。一部省略)

そうなのだ。
雛太くんと心を許しあっている(濃淡はあるが)、あのあすなろ館の面々が、本作の容疑者なのである。
もちろんこの時点では外部犯の可能性もあり、全く別の生徒や教師たちだって犯人であってもおかしくないのだが、徐々に犯人像は絞り込まれていく。

疑心暗鬼の中で毎日を送る雛太たちだったが。
雛太は、会って間もない頃に、いくつかの目立たないヒントだけで雛太の部活をピタリ言い当てた、エチカの推理力に注目する。

現場に残された要素。
現場以外に残された、有形無形の痕跡。
警察が知らないことを、学園の生徒は、そしてあすなろ館の住人は知っている(別に秘匿しているわけではなく、知るともなく知っていることが、現地の生活者には沢山あるということ)。
雛太が動き、エチカが考える。
可能性の暗闇で絡まりあった鉄鎖を、意志と知性が解き明かしていく。

「それはなぜそこにあるのか?」
「なにが犯人の意思であり、何が思惑の外だったのか?」

私は、ミステリを読む時、基本的に、解決編の前にページを遡って読み返すということをしない。
常に時間は一方向に、ページは右から左へと流れていくままに読む主義だからだ。
己の見落としを名探偵に指摘され、ああそうだったのかと舌を巻くのが、私のミステリの楽しみ方である。
おかげで、ちゃんと犯人を当てたことは一度もない。

まあそれはともかく、そんな私が、本作では珍しく、ページを遡って読んでみた。
というのは、どうもこの犯人、なにかにとても怒っているような気がしたからだ。
犯人の一人称が挿入されるでもなく、凄まじく残虐な殺害方法というわけではなく、殺意アリアリなメッセージが残されていたわけでもない。
しかしどうも峻烈な怒りが、物言わぬ行間から伝わってくる。

その怒りと向き合うには、自分が謎解きにキッチリ向き合わないといけないと思った。
それは恐らく、読後感にも関わるだろうと判断したし、今考えても恐らく正解だった。

論理性の高いミステリに向き合う王道的手法(たぶん)として、私は登場人物の行動を書き出し、消去法で犯人を消していった。
おかげで、かなり真相には近づけた。
近づけたということは、つまりたどりつけなかったということである。
私の犯人当ては外れた。
おのれ。

しかしこの学園には、私ではなく、霧森学園のアームチェア・ディテクティブ(よく座ってるのはベッドですが)、エチカくんがいた。
彼のために、小柄な身で危険をいとわず走り回った空手家ワトソン、雛太くんがいた。
彼らのたどりついた真相に、未読の方は、ぜひ一緒に到達してみてほしい。
ミステリだけがくれる快感を味わえるだろう。

私は元々、ミステリは、ハウダニットが好きなようだ。
奇想天外なトリック、思いがけない大仕掛けに、とても心が震える。
しかし本作は、そんな私をして十二分に楽しませてくれた、良質な論理性フーダニットである。

果たして、誰が、やったのか?
誰には不可能であり、誰には可能だったのか?

ミステリファンにはもちろんおすすめだ。
そして普段あまりミステリを読まない方にも、もちろんおすすめなのである。

「ミステリってなにが面白いの?」

ミステリ読みがよく受けるその問いに、本作は答の一端を示すだろう。

本作のストーリーは、ただの妥当性パズルではない。
「誰かのことを思う」
その尊さを湛えた青春群像劇の中に、ひときわ眩しい知性の冴えが、ミステリという形で輝いているのだ。
その光は犯人を照らし出し、引いては、埋もれかけていた闇の泥沼も明らかになる。

そんなわけで、本作は「青春ミステリ」ではない。
「本格ミステリ+‪青春群像劇」である。と思う。私は。個人的に。

そんなわけで(2度目)、ぜひ本書を読んでみてください。
ベージを開いて彼らに出会い、最後の結末を、全ての謎の解明を、あすなろ館で共に迎えてみていただきたい。


終の後の追伸:
帯には「注目の若手作家」とあります。
奥付によると、1998年生まれ。
高校在学中に、『無気力探偵』でデビュー。
高校生で商業出版したミステリ作家、恐ろしいですね。

追伸2:
本作の解決編は、目次を見れば分かるのだが、無駄に紙数が多いということがなく、それこそ論理的に、なめらかに行われる。
これは作者の非凡な力量を示していると思う。
ゆえに、解決編がクドクドして長いのは嫌だなぁ……という方にもおすすめです。

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