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離婚式 38

 口角が弛緩している。
 目に哀願の色が強い。
 情けない男だと思う。
 なぜ惹かれていたの。
 見る目がなかったの。
 自らに問うても答えは得られない。それでもまだ利用価値はある。最後までしゃぶり尽くしてあげる。
 可愛いピンクのシーツのうえで、全裸の寧々がその身体をくねらせている。肌色には血色が失われて、黄色味を帯びてきている。
 股間にはあの玩具が刺さっていて、見るのが辛い。彼女は恥毛を丁寧に処理してたタイプだから、その部分がことさら露わになっている。
 肌にはまだ温もりは仄かにある。
「この娘は?」
「違法薬物を使われたらしいの、バスで死んでいる男にね。over doseよ、敵はとってあげたわ」
 神崎の顔が畏怖に歪んだ。無理もないわ。
「このコの補助脳のデータが欲しいのよ。貴方なら方法を知っているのではなくて」
「なぜ?」
「愛人だったの、ボクの。データにはボクの秘密が数えきれないくらいね。それが第三者の目に留まるのはいやだわ。それにこの首を持ち歩くのは危険だし、胸が痛むわ」
 神崎は逡巡している。だが浴室には佐伯の死体がある。その事実にはもう抗えるほどの矜持はないはずだ。
「お願い、彼女のデータだけが欲しいのよ」と甘えた声を出した。
 彼の首を掻き抱きながら、再び拘束する準備をしている。
 やっと了解したらしく彼は、裏codeで起動したタブレットのQRを、寧々の網膜にかざし始めた。ぴくり、と寧々の指が動いた。それは不自然ではない。死後硬直が始まると、収縮した筋肉が緩んで動くこともある。
 死体であった寧々の瞳の、それでも虹彩が開いたままの、魚眼のように生気のない目がぎょろりと動いた。
「駄目だ。意識が暗号化されて保存されている」と彼は呻いた。
 タブレット画面には、不規則な緑色の数値が、滝のように流れている。乱数表になっている。それを解析するには本社のマシンが必要だ。
「そのタブレットでは読めないの?」
「ああ、この娘の脳幹から電子デバイスか何かで、もう一方の脳幹と直接コンタクトを取れば、あるいは。。。」
 なるほど。
 ピンときた。
 寧々が持ち歩いていたものには、きっと意味がある。
 さっさと神崎を再び拘束した。
 彼女の股間に入り、あの玩具を抜いた。そこはすっかりと乾いていて。自分にも痛みが伝達するような、粘質的な音を立てた。
 それを彼女の口をこじ開けて押し込んだ。
 それから、彼女の傍に寝て、咥えこんだ。

 ひとつの肉体に、複数の魂を得た。
 寧々の戸惑っている声が聞こえる。
 彼女の微細な記憶さえ思い出せる。
 ふ。ふふ。
 こうした感覚は、なかなか味わうことはないわ。
 本当の女の感性が、この改造された肉体に宿る。
 さあて。
 ボクはベッドから降り立った。
 ソファで縮みこまる男がいる。
 彼の眼前に、血塗られた玩具を突き付ける。電源を入れると、うねるように動き出した。目を見開いて、嫌々と首を振っている。
 女はね、こんなものを咥えされられているのよ。
 それを一気に喉奥まで突っ込んでやった。
 


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