巣ごもりの朝
街が目覚めようとしている。
路線バスのエンジン音が、信号の傍ですとんと止まり、またぶるっと身じろぎをして動き始める。
その気配が伝わってくる早朝だ。
そんな明け方に、耐えがたいような喉の渇きを覚えた。ベッドを降りると、湿っぽくて冷え冷えとした匂いがした。
ジンジャーエールを冷蔵庫から引き出して、封を切って飲んだ。予想外に冷たくて、そのうえ炭酸がきつくて、胸がぎゅっと苦しくなったので、その場にうずくまってしまった。
休日だったので二度寝ができた。
もう午前中が残り少ない時間帯にちゃんと目覚めたけれど、睡眠時間の割にはまだ身体から疲れが抜けきってはいなかった。
いい匂いがしてるな、と思った。
寒気のなかで芳香が漂っている。
それがベーカリーで買ってきたバゲットの匂いだと気づいた。そういえば昨日の午後に買って、ほろ酔いのままで手に下げて帰ってきた。
そのお店は引っ越してからお気に入りで、蔵を改装して一面にガラス窓がついている。その窓からきちんと整列しているパンが通りを覗いている。古風な佇まいで、もう百年はその場所で営んでいるような店構えをしていた。
白チーズにジャムを添えて、トーストしたバゲットと食べた。ポケットに包まれたまま帰宅した缶コーヒーはレンジで温めて、たっぷりのミルクを加えてカフェオレにした。
ソファベッドの隅には、スマホが転がったままだ。意識的にそれにピントを合わさないようにして、見た。
昨晩からMessageの着信音が、絶え間なく続いている。
やだな。
もう見たくない。
きっと泣き言が並んでる。
そんな情けない言葉を重ねないで。
貴方を素敵だと思った時間まで汚さないで。
今日はここから出ないで過ごすんだ。そのために昨日は買い物を済ませて、ちょっとお酒も入れてきたのに。
この小さな鳥籠のような部屋。
頼りない止まり木だけの部屋。
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