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離婚式 37

 後ろ手に拘束されている。
 手首に血液が満足に通っていない。
 手首ばかりか親指を纏めてタイラップで締め上げている。その手首辺りからロープが伸びて首に掛けてある。抵抗すればするほど、喉首がより締まるように。
 それだけ素人の手腕ではない。
 なぜこの女に入れあげたのか。
 彼女の素性に類推を繰り返す。
 或いはという推理に、背筋が戦慄いた。彼女は、θ上層部からの、おれに対する抹殺官かもしれない。脳核チップに不用意な遺言めいたことを書き記したからか。あるいはワインバーのVIP席で、θタブレットを紛失しかけたときからか。
 いや、違う。
 その随分と前からの接触はあった。
 いや、違う。
 造反予備軍として目をつけられて、第一線から行方不明の同僚の話も聞く。おれの仕事の、どこに不備や失点があったのか。自らを顧みれば、思い当たる節は随所にある。仕事の職掌範囲は法理の外に及んでいる。法律との狭間にある、闇深く、陥穽が口を空けている細道を歩いていた。
 艶かしい肉肌色にシーツの上に、全裸の見知らぬ女と、おれを拘束しているりょうが横たわっている。全裸の方はすでに遺体であり、まだ体温が残っていて死後数時間というところだった。危なかった、まだ脳内の記憶は溶けてはいない。
 その隣に着衣のりょうが横臥しているが、窒息しかけて仮死状態になっている。指先がびくんびくんと痙攣して踊っている。
 彼女がまた覚醒するのか。
 それは神の知るところだ。
 明日の午前中、チェックアウトでフロントからメッセージが来るだろう。りょうが事切れてしまえば、誰も返答出来ない。そしてフロントマンか、警官が踏み込んでくる。
 密室に死体が3体をいう状態を、どう言いくるめれば良いだろうか。

 先刻のことだ。
「この首を持ち歩くのは危険だし、胸が痛むわ」
 りょうは全裸の彼女を指差して、冷たく言い放った。彼女は悪戯か何かをされていたのか、股間から男根を模した玩具がぞろりと伸びていた。膣内にあるのが根本なのか、あるいはそちらも亀頭がついているのか。
 りょうは吐息を耳に吹きかけた。背中からおれを抱きしめているが、その細腕がいつ喉元を潰しにかかるかがわからない。
「お願い、彼女のデータだけが欲しいのよ」
 裏codeで起動したタブレットのQRを、彼女の網膜にかざしてみる。補助脳があればそれを認識して強制起動するはずだ。
 死体であった彼女の瞳に光が宿る。それでも虹彩が開いたままの、魚眼のように生気のない目がついと動いた。
「駄目だ。意識が暗号化されて保存されている」
 タブレット画面には、不規則な緑色の数値が、滝のように流れている。
「そのタブレットでは読めないの?」
「ああ、この娘の脳幹から電子デバイスか何かで、もう一方の脳幹と直接コンタクトを取れば、あるいは。。。」
 そう、とりょうは呟き、背中から離れた。
 後ろに腕を出して、というので従うと、数瞬で拘束を受けた。背中に回っていた理由が、拘束の準備だったようだ。
 それからりょうは女の死体に馬乗りになって、股関からあの玩具を抜き出した。既にそこは乾いていたらしい、ぬちゃっと耳障りな音を立てた。

 

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