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かつ丼 郷愁は継承する

 再びかつ丼に関する話題です。
 先に和食のお店の料理を図るメートル原器として、かつ丼を注文するとも書きました。この習慣はもう大学生時代からですかね。
 かつ丼には、だしの配分、卵の量、かつの厚さ、などの個性があります。そこに料理人の矜恃が出てくるのだと思います。
 さてもう失われた銘店です。
 長崎に諫早市という地域があります。あの体操のレジェンド、内村航平選手の出身地でもあります。
 この諫早市にドラゴン食堂というお店がありました。
 私の高校時代から、甥っこの高校時代もここに通っていました。見た目から、初見では入り難い敷居の高さが伺えますね。

この光景が懐かしい

 で、店内はこんな感じで学生街の定食屋さんの雰囲気満載です。このお店はトルコライスも出していましたが、私は永遠にかつ丼でした。確か600円を貫いていたかと思います。
 いつからその光景が繰り返されていたのか、老夫婦で店内は取り仕切られています。白髪の奥さんが静かに微笑みながら、水を運び注文を取ります。店主は仕上がってきた料理を、カウンターに渡す瞬間にしか姿が見えません。ことにお昼時ともなれば、常に厨房内では調理の音が連続していました。

平日は近所の会社員も多かった。

 このお店が閉店したと聞いたとき。
 あのご夫婦を思い起し、ご苦労様でしたと胸の内に語りましたが、一抹の寂しさは耐えがたいものがあります。ああ、もう一杯だけ食べておけばよかったな、という思いは尽きません。
 離島に移住して3年近くになり、もう長崎は郷里というよりも旅行先に近くなっています。よく通っていた店舗がシャッターで封じられ、ああと嘆息することが多くなりました。
 しかしFacebookというSNSの伝手で、あのメニューを継続しているという情報を知りまして。
 それで炎天下をブロンプトンで輪行したのが2年前になります。

 再開発された諫早駅から国道を越えた並びにある、どんくという居酒屋さんのランチメニューになっていました。
 ひと口頂いて。
 仕上がりは近い。もう一歩ではありますが。だがかなり近い。
 それで美味しくいただきまして、店主にことの経緯をお話しますと。
「ドラゴンの大将にレシピは聞いたけど。まだまだ追いついていないからね。次に来るときはもっと美味しくなっけん」という言葉が嬉しい。
 年頃は私よりも幾分若い。高校時代は、恐らく馴染みの客でもあったろうな。
 こうした継承が為されていく、幻の一杯でした。

どんくの継承かつ丼


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