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岡本太郎の原稿がよみがえる新刊『誰だって芸術家』制作の裏側!

2月7日発売の『誰だって芸術家』(岡本太郎・著/SB新書)は、近年「人生論」としての側面ばかりが注目されてきた太郎の言葉を、「芸術家論」としてとらえ直して編まれた1冊です。
雑誌・新聞・論集などに太郎が寄せた、今では稀少な原稿を中心に扱い、「芸術家論」のテーマに沿って平野暁臣さん(岡本太郎記念館館長)
が編纂にあたりました。
この記事では、『誰だって芸術家』から平野さんが書かれた「おわりに」を抜粋し、本書が狙った内容や編集方針などを紹介します。

(以下、本書より)


芸術はマニアの占有物ではないし、スノッブの教養でもない。ビジネスの商材でもなければ、金庫に溜め込む資産でもない。芸術とはあくまで民衆(ピープル)のものであり、無償無条件でエネルギーを放射し続ける太陽のようなものであって、日々のくらしのなかに生きるものだ。

そう考える岡本太郎は、膨大な作品群を制作する傍らで、数多くの著作を社会に送り出しました。芸術論、文化論、人生論、社会論……、ジャンルはさまざまなれど、想定読者はあくまで市井の人々。だからいずれも平易な文体で書かれています。

特筆すべきは、戦後の日本社会に現代芸術の概念を浸透させようとしたこと。ベストセラー『今日の芸術』(1954年)が象徴するように、はやくも1950年代から、芸術の本質と意義をわかりやすく解説する試みに着手しています。

前衛芸術家がそんなことをしたら損をするだけなのに、大衆相手の啓蒙に力を注いだのは、ある種の使命感からだったにちがいない。ぼくはそう考えています。

パリからもどって旧態依然とした日本美術界を目の当たりにしたとき、国際標準に書き換えなければいつまで経ってもガラパゴスのままだ、パリで20世紀芸術の最前線に立ち会ったオレにはそれをやる責務がある、そう考えたのではないかと。

そしてなにより決定的なモチベーションだったのは、なんでもない市井の人々こそ、芸術の感覚、芸術家の精神をもって日々生きるべきだと考えていたことでしょう。じっさい太郎は『今日の芸術』の冒頭にこう記しています。

「問題は、けっして芸術にとどまるものではなく、われわれの生活全体、その根本にあるのです。だから、むしろ芸術などに無関心な人にこそ、ますます読んでいただきたい」

芸術感覚をもって創造的に生きることこそが、生きがいを持った人間らしい生き方であり、そう生きることこそが芸術なのだ。

芸術は道ばたの石ころとおなじでありがたいと拝むようなものじゃないし、特別な教養がなければわからないものでもなければ、専門的な技法の習得なしにはつくれないものでもない。

そもそも芸術は職能じゃない。だれだって生まれながらに芸術家なんだ……。

芸術、即、人生。人生、即、芸術。

この芸術観・人生観こそが〝岡本藝術〟の本源であり、それゆえに太郎は生涯をとおして現代芸術の本質と自らの芸術思想を大衆に語りつづけたのでしょう。

芸術とはなにか。創造とはなにか。芸術家とはなにか。

本書は、岡本太郎がのこした膨大な著作のなかから、芸術感覚と芸術家精神に関するテキストを集成し、再構成したものです。

過去の膨大な著述から本作にふさわしいものを掘り起こした。

これまでにも著作群を再編集した書籍はあったけれど、そのほとんどは〝生き方〟を主題にしたものでした。

対して本書のテーマは「芸術精神・芸術感覚をもって生きる」こと。

芸術とは生活であり、生活こそが芸術だ。

そう考える岡本太郎の芸術思想の片鱗に触れ、なんでもない毎日にわずかでも芸術の構えと視座をとりいれる契機になれば……。そう願いながら編集作業を行いました。

セレクトに際して優先したのは、図書館で探索しない限り出会えない絶版本や新聞雑誌への投稿などのレアなテキストです。この機会をとらえて、埋もれていた文章に光を当てたいとの思いからでした。

驚くべきは、収録テキストのほとんどが50〜70年前に書かれたものなのに、いま読んでもまったく古くないこと。それどころか、いまこそ読むべき提言であり、いまこそ習得すべき教えに満ちている。その普遍性たるや尋常ではない強度を備えています。

太郎がほんとうのこと、真っ当なことしか言わなかったからです。

リアルタイムで太郎を知る世代には「奇をてらった言動を売りにした変わり種」とイメージする向きが少なくないけれど、じっさいは逆。ゆいいつ考えていたのは「人間とはなにか」「芸術とはなにか」「生きるとはなにか」であり、人間存在の本質でした。

どんなに時代が進もうと、ひとの本質はそう簡単には変わりません。だからいつまでも古くならないし、時代を超えて心に響くのでしょう。

太郎の言葉にはウソもハッタリも皮算用もありません。むろん打算や保身とも無縁。他人から聞いた話もしなければ、他人にこうしろとも言わない。

ただ「オレはこう思う」「オレはこうする」と言うだけです。

本書では、太郎が撮影した写真、太郎の作品、太郎を写した写真など、理解の助けとなるビジュアル資料を多数紹介している。写真は、今はなき《日の壁》(1957年)。東京都庁舎の建て替えに伴い、残念ながら解体・廃棄されてしまった。

太郎の凄いところは、自らの信念を駆け引きなしに世間にさらし、それをそのまま実践してみせたこと。

思ったことは言う。言ったことはやる。人生を賭して「岡本太郎」をやりぬく。

この本にはそんな岡本太郎の芸術観・世界観・人生観がぎゅっと詰まっています。

けっして他人事ではありません。

半世紀の時空を超えて語りかけてくる太郎の言葉がまっすぐに届くのは、それがいまを生きるぼくたちに必要な成分であり養分だから。

読み進むうちに、いつのまにか自信が湧きたち、誇らしい気分になるのがその証左です。

岡本太郎はけっして過去の偉人などではありません。

いまこの瞬間を生きるぼくたちと共にある〝ライブな〟存在なのです。

大阪万博テーマ館のために制作した《ノン》は、世間にノーをつきつけて立ち向かうという、太郎が説く芸術家としての姿勢を如実にあらわしている。

『誰だって芸術家』はAmazon等Web書店、全国リアル書店、また岡本太郎記念館、愛知県美術館で開催中の「展覧会 岡本太郎」にて絶賛発売中です。