イノベーションを考える.3 なぜ日本人はイノベーションを‘起こせなく’なったのか

広告デザイン専門学校では、ロジカルシンキングという講義を担当しています。
これは以前、大学1年生のゼミで行っていた内容と同じような内容で、論理的に考える‘訓練’です。
CCDO(中部デザイン団体協議会)では、デザインセミナーの全体コーディネーターとしてデザイン思考セミナーのプログラムを作成しています。

この2つに共通するのは、「考え方」を「くせづける」ということです。
世の中には色々な思考法がありますが、これらはいずれも、‘普段から’どのように考えるかということが大切で、訓練しなければ身につきません。

ところで、最近僕は「アイデア発想法」というのがあまり好きではありません。
なぜなら、発想法をいくら学んでも、良いアイデアが出てくるとは考えていないからです。

講義では、オズボーンのチェックリストといったものを実際に行なってもらいますし、デザイン思考も問題発見や解決に有効な方法です。
これらは理論的に体系化された考え方で、非常に効果的ですが、これらを知ったからといって、アイデアを出せるようになるわけではありません。

最も大切なのは、普段からの姿勢で、この姿勢こそが、日本人がイノベーションを‘起こせなく’なった理由だと考えます。

・アイデアを出すための「姿勢」とは
僕は講義の中などで、「フラッシュアイデアにしない」ということを話しています。フラッシュアイデアとは、簡単に言えば「思いつき」です。

これについてはこちらで記しました。
「ロジカルシンキング なぜフラッシュアイデアになってしまうのか」https://note.com/sbelabo/n/n482e20f895b0

このときに述べていることと重複しますが、アイデアを出すためにも「目的と目標」が必ず必要です。そして「何をするのか」ということが明確になっていないと、フラッシュアイデアになってしまいます。

必ずしもフラッシュアイデアが悪いとは言いませんが、こうした発言が多い方は、往々にして普段から思いつきの言動が多いので、周りを振り回すだけで結果に繋がらないことが多いように思います。
これが個人ならまだよいのですが、組織や企業となると大変になります。

・日本人がなくした姿勢
日本には世界に誇る経営者と呼ばれる人が何人もいます。
例えば松下幸之助、本田宗一郎、盛田昭夫といった人たちは、今でも「経営の神様」として神格化されています。
実はこうした人たちには共通した「姿勢」があります。それは常に誰かの役に立とうとしていること。そして社会の役割を果たそうとする姿勢です。

失われた30年から脱却するため、イノベーションの重要性が説かれるようになって随分時間が経ち、食傷気味な感があります。
デザイン思考もイノベーションを実現する思考法として取り入れられていますが、「付箋は踊る、アイデアは出ず」といった状態。アメリカの著名なデザイナーであるレベッカ・アッカーマンは、MITジャーナルで「デザイン思考の輝きは失われつつある」と記しています。

デザイン思考のロジックは素晴らしいものですが、、、

マーケティングでは「ウォンツをニーズに」という考え方があります。ウォンツとは人の求める気持を指します。そしてニーズとは「購買可能な需要」と説明します。

つまり人々が求めていることを現実のものにする必要があります。このとき必要なのが、先に記した姿勢です。
日本人はこのような、何かを実現しようとする「姿勢」を失ったのだと考えます。

・イノベーションを実現するために必要なこと なぜ日本人はイノベーションを起こせなくなったのか
イノベーションという言葉の生みの親であるシュンペーターは、「技術が需要を生むのではなく、需要が技術を生む」と言っています。
例えば、全ての人が病気にかからず、一律で80歳で死ぬとしたら、医学はこれほど発達せず、年齢に応じた社会制度が生まれていたのではないでしょうか。
医療を伴わない、単に「老い」をケアするだけの福祉制度ならどれほど楽でしょうか。

もしかしたら、例えば選択定年制のような、驚くような優れた制度が生み出されていたかもしれません。

こういう表現をするとSFになってしますが、要は「人がもぉ求めていること」を認識することが最も大切で、多くの「名経営者」と言われる人たちは、それを実現してきた。その一方で、イノベーションを実現できないと困惑する人たちは、自分の欲求しか見てこなかったことか最大の問題なのではなでしょうか。


そしてその最大の要因は、本質的な疑問を持たないこと。本質的な疑問を持つことができるような「謙虚さ」がないことらではないでしょうか。


それが「今までこうやってきた」という言葉につながる、、、


本来、日本人が美徳としてきた謙虚さと献身。


今、イノベーションに必要なのはこの2つの姿勢だと考えています。


つまりこうした姿勢を日本人がなくしたからこそ、今日本人はイノベーションを起こせないのではないでしょうか。


いつから日本人は利己的で狭量になってしまったのでしょう。

この点は「バブル」という現象に責任を求めたいというのが持論です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?