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【夢日記作家の超私的なマトリックス解釈】「ザイオン側の言っていることの信憑性問題」について

みなさん、こんにちは。noteで夢日記を連載しているヤシロと申します。

さて本日は、SF映画『マトリックス』シリーズについて、ずうっと前から疑問に思っていることを述べさせていただきます。

もちろん、私は、世代的にも、このシリーズは大好きです。三部作は何度も繰り返し見ているし、個人的にはちょっと「思ってたのとは違った」感がありましたが、第四作のレザレクションズも観た。

そしてこのシリーズが「エンターテインメント」としてはとてもよくできていることを評価してます。

しかし

この映画の設定をよくよく考えると、私のような細かいロジックのもつれが気になる人はとても気になって仕方がない点があることも確か。

まあ、その「長年の疑問」もまた、私がこのシリーズを何度も視聴して楽しめてしまう所以のひとつでもあるので。「論理的な疑問が沸いてしまうエスエフ」ってのは映画として欠陥とは思っていませんがね(ツッコミどころのないエスエフって、、、つまんないでしょ?w)

それにしても『マトリックス』に私が感じている疑問は、哲学的というか、実存的というか、そんな問題にかかわるので、なおのこと、人生をかけて何度も考え込んでしまう。

どういうことかというと・・・いやその前に、『マトリックス』の世界観を簡単におさらいしましょう。

・主人公のネオはしがないサラリーマンとして現代社会の都会で暮らしてる

・そこにモーフィアスと名乗る人物とそのグループが現れる

・実は、我々人類が「現実」と思っていた、この現代社会は、人間をいったん滅ぼした機械達が作った仮想現実の世界(「マトリックス」)だったのだ!そして機械たちは、この仮想現実の中で人類を家畜のように「飼っている」!

・その真実に目覚めたネオは、モーフィアスに連れられて仮想現実の「外」に出て、現実の世界(機械との戦争で荒廃した廃墟の地球)の片隅にある、「ザイオン」という人類生き残り達の基地に行き、ザイオンの人々と一緒に、マトリックスを破壊して機械の支配を終わらせるために戦う

まぁ、第二部や第三部で、もう少し複雑な背景が明かされるところもあるのですが、基本的な構図は上記の通り、「仮想現実の中で人類を飼育する機械」と、「それに立ち向かうザイオンの人々」の戦い。

なのですが・・・まぁ私の疑問は三つくらいありまして、そしてその中で最大のものは、こうなります↓

なるほど、今まで住んでいた世界が、実は「仮想現実だった」ということに気づいたとして・・・どうして「ザイオン」の人々の言っていることを今度は100%信じてしまうのか?むしろ、私だったらこう考える・・・「ええ!あんなに精巧な仮想現実を作れるテクノロジーがすでに発明されているの?・・・ってことは、待てよ、その説明をしている、このザイオンという基地の連中も、まったく同じテクノロジーで僕をいくらでも騙せるってことだよね?・・・つまり、このザイオンはザイオンで、今度は人間側が作った仮想現実じゃないの?」と

「機械が仮想現実を作って人間を騙せる未来世界ならば、ザイオンが同じテクノロジーを使って人間を騙すこともできるのでは、、、?!」

そう疑いだすと、ザイオンってめちゃくちゃ怪しいんですよ。

・やけに旧態然とした軍隊みたいな組織である

・権威主義的で、「委員会」なるものに歯向かうと懲罰があったり、まぁ、なんというか、ヒエラルキーができあがっちゃってる

・そもそも、マトリックスと戦う目的があるとしても、どうして「真実に気が付いた人を一カ所の基地に集めて管理している」の?複数の拠点を構えて分散で生きていたほうがよくない?それに、「ザイオン」以外の人間の組織がどこにも存在していない、というのは、やはり妙だ。こういうとき、「人間の生き残り」の集団は複数のグループがあちこちに発生しそうだが・・・

・そういえば、「マトリックスは機械が人間を飼うために作った」とか、「過去に人類と機械の戦争があり、人類が負けたからこうなっている」という歴史の説明も、すべてザイオンの中にあった歴史史料で説明された話だ。外部の裏とりは何もとれていない

・まぁヒトコトでいうと・・・「今までの現実は機械が作った仮想現実でしたー」というのが本当だとしても、「だからその機械と戦おう!」という次のロジックが、ザイオンが集まった人間を「兵士」として管理するのにあまりにも都合の良いストーリーなのであり、めちゃくちゃアヤしいのである・・・まぁそのう・・・カルト宗教団体のお決まりの手法をもろに使っているのがザイオンなのです。嘘をついている証拠があるわけではないが、いくらでも嘘をつける立場にいるわけゆえ、彼らが言ってくることをとてもそのまま鵜呑みにできない、、、。

だから「ザイオンはおかしい!マトリックスのほうが正しい」というわけでもない。ただ、私が言いたいことは、「もし私があの映画のネオの立場だったら、マトリックスが信じられないのと同じくらいに、ザイオン側の主張も信じられない」w。

ところが、ネオは、あまりそのあたりのことには躊躇なく、ザイオンと一緒に戦う道を選んでしまったようだ。・・・もちろん、そうじゃないとエスエフアクション映画として話が進まないからですけどねw

ただし私がマジ考察するなら、私がネオの立場なら、なんとかスキをついて「ザイオン」からも逃げ出すでしょう。どう見ても私には「あぶない人たち」にしか見えないもの・・・。ではどこへ行くか?

もちろん、ひとつだけ、マトリックスに支配されず、かつザイオンにも組しない方法がある。あのマトリックスの世界の中で、たったひとつだけ、両方の支配から逃れる可能性のある場所がある。それは、もちろん、マトリックスの中です!

どうして、プラグを外してもらい、マトリックスの支配から自由になった人間が、今度は自力でマトリックスにジャックインして、「マトリックスをハッキングして作った隠し部屋(まさにバックドアルーム!)」を作り、そこで悠々自適の隠居生活をしないのか?

もちろん、マトリックスからもザイオンからも、双方から「追われる」身になるわけだから、自分の安全な隠れ家をプログラムするにはなかなか高度なハッカー技術の勉強が必要でしょう。

しかし、マトリックスもザイオンも信じられないなら、一人で生きる道を探す、というふうに考える人がたくさんいていいはずだし、そういう個人個人の間で、「マトリックスにもザイオンにも見つからない隠れ家のプログラミングマニュアル」(!)なんてものが相互交換されることになる筈だから、自由人としての生き方、けっして不可能ではないと思うのだが、いかがでしょうか。

ではなぜ、『マトリックス』世界には、そんな最強ポジション、「マトリックスにも組しないし、ザイオンも信じていない、ハッカーとして隠れながらうまく生き延びることを選んだ人」という、いちばんリアリズムな生き方を選択したキャラクターがいないのか?もちろん、そんなキャラクター、映画としてつまらないからでしょうw。

ただし!第二部において登場する「メロヴィンジアン」の一派のように、「マトリックスに支配されず、かといってザイオンに味方もしない、フリーのプログラム」集団というのは存在することが判明している。キャラクター名でいえば、キーメイカーやセラフ、ツインズ達ですね。個人的に、彼らの存在が一番、哲学的に興味深かったし、けっきょくはあのポジションがいちばんおトクだし、彼らは「もと機械のアウトロー」ですが、あんな感じの、「もと人間のアウトロー」も、マトリックスの中にはたくさん住んでいてもおかしなくない筈だ、と思うのですが、、、いかがでしょう?!


子供の時の私を夜な夜な悩ませてくれた、、、しかし、今は大事な「自分の精神世界の仲間達」となった、夢日記の登場キャラクター達と一緒に、日々、文章の腕、イラストの腕を磨いていきます!ちょっと特異な気質を持ってるらしい私の人生経験が、誰かの人生の励みや参考になれば嬉しいです!