吉野正治

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小説 鳩胸出っ尻ヴィーナス(3)

1 袖すり合うも多生の縁とか。今生で偶然のように思える微かな出会いも、過去からの深いつながりによるものだと教えは説いている。広い世間で相方一人と知り合う〝えにし〟…

吉野正治
4年前
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小説 鳩胸出っ尻ヴィーナス(2)

1  彼女は静かに喋った。「私、名は〝ふよう〟ですが、兄さんのお名前をもう一度…何というんでしたか?」「あ、ふようさんかね。僕は薬袋健次郎なんだ。そう、健康な次郎…

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4年前
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小説 鳩胸出っ尻ヴィーナス(1)

1 薬袋健造と書いて「みない・けんぞう」と読む。健造はありふれた名前だが、薬袋という苗字は少なく珍しい。これを「みない」と読むのはもっと珍しいのではないか。山梨…

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4年前
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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その7)

野口英世の発表業績は多いが、その後の追試や新たな研究で論文に誤りがあり、それに基づくワクチンなどの予防薬には効果がないと指摘され次々に否定された。ほんの僅かな研…

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4年前
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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その6)

貧に生まれ乏に育った英世は、頭脳明晰だったが不具故に差別され隠忍のうちに成人した。しかし幸運にも隠忍の実情が分り、社会の同情を引き激励を得たのだ。更に嵩ずると英…

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4年前
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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その5)

独り居を好む者は孤独に陥りやすいと聞く。胸襟を開き思いを吐露する機会が持てないからだ。こんな時、逆に「私の左手はこうなんだ」と明るく開き直った方がポジティブで劣…

吉野正治
4年前
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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その4)

火傷で握ったまま焼け爛れて開かない左の拳は棒のようで、てんぼうと馬鹿にする悪たれのため、英世の心に反発心と共に強い劣等意識が芽生えた。 頭がよく努力もしたため成…

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4年前
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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その3)

店番の若い娘さんが妙な顔でこちらを見る。案内書には英世の少青年時代からロックフェラー医学研究所を経て、アフリカで殉職するまでの活躍の過程が豊富な写真とともに載っ…

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4年前
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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その2)

禍々しい原色を見せてフォルマリン壜に収まった毒蛇の実物標本、ガラガラ蛇の実物大の標本と骨格標本、それに実験に多く使ったというチンパンジーの剥製などには、英世が取…

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4年前
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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その1)

二十年ほど昔、私は福島県猪苗代湖畔にある野口英世記念館を見学した。東北自動車道を北上し、磐越自動車道へ入って少し走ったところで、工事担当者の指図に従い一般道へ下…

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4年前
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アカシヤの雨

〽アカシヤの雨に打たれて、このまま死んでしまいたい… アカシヤの雨は、西田佐知子唄う「アカシヤの雨が止む時」の第一章節の冒頭にある。何と古い歌をと笑われそうだが…

吉野正治
4年前
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小説 鳩胸出っ尻ヴィーナス(3)

小説 鳩胸出っ尻ヴィーナス(3)

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袖すり合うも多生の縁とか。今生で偶然のように思える微かな出会いも、過去からの深いつながりによるものだと教えは説いている。広い世間で相方一人と知り合う〝えにし〟である。健次郎がたった一度、袖より少し長い邂逅で心が動き芙蓉の虜になったという奇縁ともいえる縁の不思議さである。理性では如何ともし難い男の〝性〟が薄く絡み、彼女への思いが募る身になってしまった。その健次郎に愛しい彼女の容貌が思い出せない。

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小説 鳩胸出っ尻ヴィーナス(2)

小説 鳩胸出っ尻ヴィーナス(2)

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彼女は静かに喋った。「私、名は〝ふよう〟ですが、兄さんのお名前をもう一度…何というんでしたか?」「あ、ふようさんかね。僕は薬袋健次郎なんだ。そう、健康な次郎さんなんだ。ありふれた百姓の次男坊の名前なのさ」と少しふざけていった。照れくささもあったが、真面目に名乗ったら白けるような気がした。彼女「あ、健次郎兄さんなんですね。すみません、今、聞き漏らしたんです。分かりました」とまた兄さんといった。

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小説 鳩胸出っ尻ヴィーナス(1)

小説 鳩胸出っ尻ヴィーナス(1)

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薬袋健造と書いて「みない・けんぞう」と読む。健造はありふれた名前だが、薬袋という苗字は少なく珍しい。これを「みない」と読むのはもっと珍しいのではないか。山梨県甲府から南に離れた或る町村に限定して多く見られる苗字で、地元の人、県内で知る人なら別だが初めてだと読めない。初対面の名刺交換でこの名刺を出すと、殆んど人が首をひねる。正しく読めないのだ。
県立F高校の二年に在学する薬袋健次郎は健造の次男

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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その7)

野口英世の発表業績は多いが、その後の追試や新たな研究で論文に誤りがあり、それに基づくワクチンなどの予防薬には効果がないと指摘され次々に否定された。ほんの僅かな研究成果だけがドクター野口の手になるものという眼を覆うばかりの凋落ぶりである。自然科学の分野では、真実以外は総て淘汰される厳しくも無常の世界である。
日本の医聖と称賛され「日本人初のノーベル賞受賞候補者か」と喧伝された野口英世も、今日では日本

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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その6)

医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その6)

貧に生まれ乏に育った英世は、頭脳明晰だったが不具故に差別され隠忍のうちに成人した。しかし幸運にも隠忍の実情が分り、社会の同情を引き激励を得たのだ。更に嵩ずると英世の望みは高くなり、研究費用の援助を求める口実になった。果ては「優秀な自分に資金提供するのは当然である」とまで考えるようになり、援助を強要するようになった。この心は「他人の物はオレのもの、貰った物もオレのもの」となり借金しても返済する観念が

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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その5)

医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その5)

独り居を好む者は孤独に陥りやすいと聞く。胸襟を開き思いを吐露する機会が持てないからだ。こんな時、逆に「私の左手はこうなんだ」と明るく開き直った方がポジティブで劣等感から開放されて楽になって気分がよく、勇気も湧き出たと思うのだが…。気軽にいうが何も知らない他人の無責任な〝たわごと〟に過ぎないだろうか。
こんな時、ふと、藤村の〝破戒〟で詠んだ猪子蓮太郎が頭に浮かんだ。遺言となった父の「素性を隠せ」の戒

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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その4)

医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その4)

火傷で握ったまま焼け爛れて開かない左の拳は棒のようで、てんぼうと馬鹿にする悪たれのため、英世の心に反発心と共に強い劣等意識が芽生えた。
頭がよく努力もしたため成績優秀であったが、変らぬ貧しさの中で「てんぼう」の悪態は続いた。「てんぼうでさえなければ」とネガティブな考えに沈む性格、つまり劣等感の芽ばえである。持ち前の勝気な性格で劣等意識を跳ね返し、劣る点を埋めようとの積極性あれば、その努力で劣等感は

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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その3)

医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その3)

店番の若い娘さんが妙な顔でこちらを見る。案内書には英世の少青年時代からロックフェラー医学研究所を経て、アフリカで殉職するまでの活躍の過程が豊富な写真とともに載っている。そう、その写真集であった。
独り研究に打ち込む研究室での姿や研究スタッフ達と一緒の記念写真、また英世のため催された歓迎会であろうか、多人数と写った記念の集合写真などが多数収まっている。入館当初は展示された多くの物品に気をとられ、写真

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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その2)

医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その2)

禍々しい原色を見せてフォルマリン壜に収まった毒蛇の実物標本、ガラガラ蛇の実物大の標本と骨格標本、それに実験に多く使ったというチンパンジーの剥製などには、英世が取り組んだ現場の臨場感が溢れ見る者を慄然とさせる。
実際に使用した単眼式の光学顕微鏡もあった。病原細菌などを検索・検出するため英世が愛用した高価な顕微鏡であったが、医用機器の発達した今日の眼には古風な型式の機器にしか見えない。しかし検体の標本

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医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その1)

医聖・野口英世博士の劣等感       (野口英世記念館見学記 その1)

二十年ほど昔、私は福島県猪苗代湖畔にある野口英世記念館を見学した。東北自動車道を北上し、磐越自動車道へ入って少し走ったところで、工事担当者の指図に従い一般道へ下りた。この先はまだ道路工事が未着工とのこと…そんな頃であった。親切に担当者が記念館までの順路を教えてくれたので、その通り少し走ると左手に記念館はあった。
そう大きくないが、低い木造家屋が散見される中、鉄筋コンクリート二階建ての記念館は大きく

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アカシヤの雨

アカシヤの雨

〽アカシヤの雨に打たれて、このまま死んでしまいたい…
アカシヤの雨は、西田佐知子唄う「アカシヤの雨が止む時」の第一章節の冒頭にある。何と古い歌をと笑われそうだが、その通り確かにもう三十年いやもっと前に唄われ随分流行った。初めて聴いた時音感の鈍い私もいいメロディだと感じて口ずさんでいた。でも題名と歌詞の出だしにある「アカシヤの雨」に、はて?と首をひねりながらである。意味が分らなかったのだ。分らないま

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