見出し画像

18世紀ヨーロッパを股に掛けたニセ魔術師の大冒険

呪術と少し関係するかもしれませんが、ドイツでは、魔術は中世以降、民衆本に魔術師や魔女が登場し、グリム童話によってそのイメージが固定化していきます。この魔術師を演じながら、18世紀後半にヨーロッパの宮廷で活躍し、さまざまな文学作品のモデルとなった人物が「カリオストロ伯爵」です。

カリオストロは詐欺師として貴族から金を巻き上げる一方で、貧しい人々に施しをする〝義賊〞としての顔も持っていました。修道院で習い覚えた医学や写本の技術を悪用し、アジアやアフリカで魔法を学んだと触れ回っては、降霊術を披露したり、「若返りの媚薬」を売りつけたりして荒稼ぎします。そして詐欺が露見するたびに、他所へ移って同じことを繰り返しました。フランスでは「王妃の首飾り事件※」の首謀者として告発され、最後はローマの牢獄でその生涯を閉じます。
※マリー・アントワネットの名前を使った詐欺事件

カリオストロの破天荒な生き方には文学者も魅了され、ドイツでもさまざまな作品が生まれました。シラーは、カリオストロ風の人物が登場する『視霊者(邦題:招霊妖術師)』というベストセラー小説を発表。ゲーテに至っては、パレルモにあるカリオストロの実家に押しかけた顚末を『イタリア紀行』で回想し、彼をモデルにした戯曲『大コフタ』を書き上げています。

現実世界の中に神秘のきらめきを見る

ヨーロッパを股に掛けたニセ魔術師の物語に、なぜ人々は夢中になったのか。それは、彼には独特のカリスマ性があったからだと思います。貴族から富を奪い、貧しい民衆に還元した。その義侠心あふれる痛快な生き方に、当時の人々は快哉を叫んだのです。

カリオストロがオカルト的な雰囲気を漂わせていたことも、人々の関心をかき立てました。ドイツは哲学者や科学者を輩出する一方で、神秘主義的な雰囲気を持つ文学も数多く生み出しています。表面上は合理性を重んじているようでいて、それだけでは説明できないものにも惹かれる。20世紀前半にドイツで活躍した作家の多くは、医師や科学者を本業とする理系の知識人でした。彼らは最先端の科学を学びながらも、そこからこぼれ落ちた非合理な世界を常に意識し、現実世界の中に神秘がきらめく瞬間を捉えようとしたのです。それが、ドイツ文学の面白さであり魅力でもあると思います。

左から、カリオストロと「首飾り事件」を題材にしたゲーテの戯曲『大コフタ』森淑仁/訳(鷗出版)、カリオストロ風の人物や秘密結社が暗躍するシラーの恐怖小説『招霊妖術師』石川實/訳(国書刊行会)。『最後の錬金術師 カリオストロ伯爵』藤田真利子/訳(草思社)は、イアン・マカルマンが、カリオストロの生涯に迫った伝記作品。

この記事を担当したのは・・・
文芸学部ヨーロッパ文化学科 時田 郁子 准教授

この記事は『sful成城だより』vol.18 から転載しています。
sful最新号はこちら