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アメリカ南部文化の象徴的スポーツ、NASCARでBLMの狼煙を上げた黒人レーサーの軌跡:NETFLIX『ババ・ウォレス:新たなる地平へ』

愛称のババで広く知られる、ダレル・ウォレス Jr.は1993年10月8日、アメリカ・アラバマ州生まれ。彼は、アメリカで最も人気のある自動車レース、NASCAR(ナスカー:全米ストックカー・レーシング協会)における黒人唯一のフルタイム・ドライバーです。彼の2020年、2021年の「たたかい」を追ったNETFLIX『ババ・ウォレス:新たなる地平へ』を藤田正さんとともに紹介します。

ーーNetflixドキュメンタリー・シリーズに、ついに、ババ・ウォレスが登場しました。 藤田さんは2020年に発表した著書『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』の第1章で彼を取り上げています。編集担当、つまり私調べですが、2020年に日本で発売されたBLM関連本で彼に記述している唯一の本です!

藤田 そうなの? 僕はこれから戦いがはじまるレース会場の彼のガレージで、「Noose(首吊りの縄、輪縄)」が見つかったというニュースを知って、これは当然、書くべきことだと思った。輪縄は、かつての黒人に対するリンチを想像させ、人種差別的な脅迫と見なされるものだから、ね。

ーー1シーズン、全6話のドキュメンタリーの原題は『RACE:Bubba Wallace』です。

藤田 そう。速さを競う「レース」と、人種という意味の「レイス」のダブル・ミーニングなんでしょう。ババのドライバーとしての「戦い」と人種主義に立ち向かう「闘い」をドキュメンタリーは並行して描きます。

ーージョージ・フロイドさんが警官に頸部を圧迫されて亡くなる事件が起きたのが2020年5月25日。事件をきっかけに、ブラック・ライヴズ・マター運動(BLM)が全米で再燃しました。そのとき、NASCARで立ち上がったのが黒人唯一のドライバー、ウォレスさんでした。

藤田 これはものすごく勇気のいることですよ。NASCARは、1920年代の禁酒法時代に密造酒を運んだことに由来し、「だれの車が一番早く走れるか?」と競争が始まって、南部を中心に一般道で激化したレースが発展したものです。ババが現在、黒人唯一のドライバーといわれるように、NASCARの歴史上、黒人ドライバーは数えるほどしかいません。典型的な白人のスポーツなんです。いまでは全米に広がってはいるけれど、ファンも圧倒的に南部の白人が多い。

そんな環境のなか、ババ・ウォレスはフロイドさんの事件を象徴するメッセージ「I Can't Breathe 」と「Black Lives Matter」の2つをプリントしたTシャツを着て、2020年6月7日、アトランタで行われたレースの国歌斉唱のときに抗議の意思を示したんだから。

ーーさらに、NASCARからの南軍旗の排除も呼びかけます。

藤田 赤地に引かれた青いクロスの上に白い星が並ぶ南軍旗(コンフェデレイト・フラッグ)は、南北戦争(1861年〜1865年)で奴隷解放を訴えたリンカーン率いる北軍に対抗した南部連合が掲げたもの。これを南部の白人たちのなかには、自らのアイデンティティと同一視し、誇りとして掲げる人がいます。日本でいう、「日章旗」と同じ。NASCARのファンはこれを会場で掲げることが多かった。

しかし、彼らにとっては誇りでも、アメリカの有色人種にとっては奴隷制、人種主義の象徴でしかない。BLM運動では奴隷制を支持したかつての「将軍」らの像が次々と撤去されたけど、南軍旗の排除呼びかけも同様の動きです。

ーーNASCARはババの提言を受けて6月10日、南軍旗の持ち込みを禁止します。が、それら一連の抗議活動のあとに、ババ・ウォレスのガレージで「首吊りの縄」が発見された。場所は深南部、アラバマ州のタラデガ・スーパースピードウェイでした。

藤田 ジョージ・フロイドさんの事件のあと、アメリカでは、木に吊るされた黒人の不審な死体があちこちで見つかったり、「首吊りの縄」で脅す差別的行動が増えました。ビリー・ホリデイが南部でのリンチ殺人をうたった「奇妙な果実」にはじまって、パブリック・エネミー、スパイク・リー監督らがその作品を通じて、告発してきたことがまた、2020年に立て続けに表面化したんだ。

ーーこのあたりは『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』で、詳しく書かれているので、ぜひとも読んでいただきたいところです。

で、レース会場ガレージの「輪縄」は、FBIによる捜査ですでに過去から設置されていたものであり、結局は「事件性なし」となりました。しかし、あんな縄を、わざわざガレージの開閉用に使うか?と思うのは私だけでしょうか? 

藤田 まあね。普通ならどう見ても、「ガレージの開閉用の縄」には見えないけどね。。。さらに、このFBIの捜査結果受けて、いちゃもんをつけたのが、当時、まだ大統領の座にあったドナルド・トランプだった。「おまえは、でっちあげ(HOAX)を仲間にあやまったのか」とツイートしてかみついたんだ。

ーーほんとに、一国の、それもアメリカという大国の大統領がやることか、と。

藤田 このときの、ババの対応が本当に大人だった。彼は当時26歳だよ。#LoveWins 「愛が勝つ」と言ってね! 

僕もこのときまでババさんがどんな人かは詳しくは知らなかったけど(本でもそう告白してます)、それはアメリカでも同じで彼はNASCARの外ではそれほど知られる人ではなかったよう。でも、BLMの抗議行動を通じて広く知られる存在になった。白人が優位を占めるスポーツで、黒人である自分が何をすべきか、そう考え行動を起こした。それは、2020年、テニスの世界で大坂なおみ選手がしたのと同じことなんだよ。

ーーさて、2021年のシーズン、ババ・ウォレスはトヨタのカムリ、No.23に乗車しました。

藤田 23! これはバスケット・ボールの神様、元シカゴ・ブルズのマイケル・ジョーダンの背番号です! MJがババ・ウォレス率いるチームのオーナーのひとりなんだよね。

ーー私、このドキュメンタリーを通じてはじめてNASCARのレースというものを見ましたけど、むちゃくちゃハードな世界じゃないですかっ! 運転中の車内の温度は60度、300キロ近い時速で、ときにクラッシュした車が前から飛んできたり、視界がほとんどない状況でも突っ込んでいく…そんななかで常に冷静な判断が求められるなんて……。ただただスゴイと驚くばかり。

藤田 コース上のカメラだけでなく、車載カメラの映像、ババとクルーのやり取りなどが織り交ぜられているから、臨場感ありすぎ。

ーーほんと、興奮しますよ。レース・シーンは。

藤田 常人には不可能。肉体的にも、精神的にもキツイ。しかも、ババにはあのBLM以来、容赦なくブーイングも飛んでくる。また、彼は父が白人、母親が黒人だから、白人だけでなく、黒人からもツイッターで口撃される。

ーー肌の色の濃さの問題ですね。そのあたりもドキュメンタリーで描かれます。

藤田 ともかく、彼には才能があり、アメリカに生きるアフリカ系アメリカ人として自らが生きる世界で何をすべきかという役目もある。これからのさらなる活躍を期待したいね!


2021.10.4「因縁」のタラデガでチームの初勝利をつかむ!

Bubba Wallace makes history in Talladega! | Extended Highlights | NASCAR


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