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タメ口営業。少数派、常識、方言とか

言い訳、その1(その2はありませんが)


ぼくはどうも「ものの見方」が他人と違うようで、特に「常識」というようなものとの見解が離れがちだ。
だから、伝えようと放つ言葉が勘違いされないように、あらかじめ断りを入れてから話したり、常識的見解をふまえて言葉を選ぶようにしているが、その違いに気づかないこともあって、ときたま難儀することが……

でもまあ、ちょっとした「目線の違い」というようなものだから、そのまま話しても別に支障のないこともほとんどだし、少々意味が違っていても常識的に判断された方が却って都合がよかったりもして、これといって不便も感じていない。
……ただ、「その常識、ちょっとヘンじゃないか?」などの意を伝えたい時に、その常識への見解に相違があるから、わかってもらえず、歯がゆい思いをさせられることがある。少数派の弱み、とあきらめればいいんだけど、それが仕事についてだったりすると、少々困ることもあるので、あります。

で、その一つをここに表したいのですが、決して「自分が正しい」とか「オレの方がすごいだろ」とか言いたいわけではなく、あくまでも、「こういう見方もある、ということをわかってもらいたい」との自己弁護というか、そんなんですのでお含みおき願います。まあ、言い訳ですか。

さて、「タメ口での営業(byタクシー)」がその一つなのですが、ぼくだって常識的みなさんと同じ目線でそれを眺めますれば、「何タメ口きいてんだよっ!」なんて具合になったりもします。実際そんなんでケンカになったこともありました。
なのにぼくは、タメ口での営業を理想としているんです。一つには、「タメ口」というものの見解が違うということがその理由にあげられます。

最近では、「横柄な口のきき方」をそう呼んだりしますが、ぼくの見解ではそうは見えず、年上(目上)に対するものでもなく年下(目下)に対するものでもない、敬いもないけど遠慮もない、一番親しみある言葉だと理解しちゃってて、タメ口は一番誠意のある言葉なんですよ、ぼくにとって。

でも実際、誰にでもタメ口でいたら仕事にならないのが現実で、だから、丁寧語7割、タメ口3割くらいの割合で接客をしています。人によってタメ口10割のこともありますが、丁寧語で通す場合がほとんどですかね。

敬語(尊敬語・謙譲語)は極力避けます。できないわけじゃありませんし、仕方なく使う場面もありますが、あまり誠意のある言葉には思えないんですよね、ぼくには。それに、好んで敬語を操る人、もしくは会社にいわれてそうしている人に、あまりそれを感じないし、それどころか、腹の中があまりよくないことが目立つような気さえします。

でもやはり、「タメ口=悪い」という記号は、悪い言葉をタメ口と呼ぶようになってしまったし、そんな常識に従わざるをえないのもまた現実。
経緯が違っても結果的にあらわれるタメ口は、耳には同じ言葉が届くし、ぼくも腹を立てるようなタクシー運転手のタメ口と比べても、「オレのは違う!」って言ったって、それがどう違うのか説明ができない……

……というわけで、うまいこと丁寧語でごまかしながら、隙を見てタメ口をきいて、伝わらない誠意を遠慮がちに使うようにしているのですが、如何ともしがたい、マイノリティの誠意の示し方(生きる道)なのであります。

それぞれに、それぞれの立場があって、それぞれの見解がありますが、何が正当であるとかそんなんじゃなくて、「通常とは違う『ものの見方』もある」ということをわかっていただきたいのであります。アイツの放つタメ口とぼくのそれとは、断じて違うんですよっ!

とまあ、こんなふうにいつも強引に締めるのが常となってしまうのですが、目線が違うのに合わそうと思うと、どうしてもズレが生じて、そのシワ寄せが最後にあらわれちゃうのです。
でも、「大発見とは常識的見解からは決して生まれない」という事実をふまえ、でもうまく常識的な表現とも折り合いをつけながら、上手に生きていこうと思っている次第であります!

……あと、これを書きながら、ふと思い出したんですが、「方言」という表現方法が「タメ口」に少し似通っているところがありまして、10年前の拙著「タクシー運転手ココだけの話」というのに書いてありました。

これは、「少数派の苦悩」などというものとは全然別物なのですが、もしかしたら、そんなものを通して、ぼくの言う「タメ口」に理解が得られる可能性がありますので、最後にそれを張り付けて、ぼくの主張(言い訳)を終えようと思います。その項の見出しはぼくの名付けたものではありませんが、「ホンモノの『お国に言葉』に触れて」です。
どーぞご一読のほど、よろしくお願い致します。

ホンモノの「お国言葉」に触れて


 日本の首都・東京には、全国からたくさんの人が集まってくる。来るからには、そこでたくさんのお金も使われる。それによって商売をしている人もやはりたくさんいるし、僕らタクシーもその恩恵を受けている業種の一つだ。
 全国から集まってきた人は、お金だけではなく、その地方の情緒というか、雰囲気も運んできてくれる。その雰囲気の多くは温かいもので、それを仕事中に受け取ることができるタクシー運転手とは、なかなかありがたい商売なのかもしれない。

「この人、東京の人ではないな」と気づくのは、お客さんの話す言葉を聞いて、ということが多い。東京に旅行に来ている人などは、ついつい方言が出てしまう、あるいは堂々と方言丸出しで話をする人も少なくない。
 先月も、僕と同じ歳の青森の漁師さんが乗ってきたが、なんだか安らぎを感じさせるような話をしてくれた。
 その漁師さんは、最近プレイステーション3を買ったそうで、それについて話していたのだが、その「プレイステーション3」という発音だけでも笑顔がこぼれてしまう。僕はゲームには詳しくないが、「すごいんでしょうね」と言うと、「おおう、三百ギガバイトだよ」と返してきた。やっぱり、顔がほころんでしまう。

 なんでかな、と少し考えてみた。
「プレステ3」と略しがちな商品名を、東北弁の独特の間で丁寧に長く言うからかな、と思ったが、その後で映画の話をしたときには、その人の「ブラピ」という言葉にも僕の顔はほころんでいた。
 方言には、なぜか人を笑顔にさせる不思議な力があるものだな、と感じたのを覚えている。

 ところが最近の方言は、〝笑顔になれない〟もの、も含まれているような気がする。
 たとえば最近、「方言紹介」みたいなコーナーをテレビの番組内で見かけたりするのだが、僕はそれにちょっとした違和感を覚えるのである。
 その中での方言の使い手は、だいたいがその地方出身のアナウンサーやタレントだ。しかし、そこで使われている方言は、普段耳にしている温かみのある方言と少し……いや、全然違うように聞こえる。
 出演者はネイティブ(と表現していいのかわからないが)の人のはずなのに、なぜおかしく感じるのだろうか。
 今までのお客さんとの会話で、同じような違和感を覚えたことはなかったか、記憶の引き出しをゴソゴソと探ってみた。……あった。
 一度、大阪弁を使うお客さんに、そういう、笑顔になれない、雰囲気をかもし出している人がいた。
 大阪弁は、他の方言とはちょっと違うところがあって、どこか堂々としているように思う。「これが標準語だ」と言わんばかりの強さを感じることも多いし、それこそ、大阪弁の味わいの一つなのだろう。
 でも、僕が思い出した大阪弁はそんな強さともまた違う、まったくの別物だった。
 その大阪人は、大阪以外の人たち三人と計四人で乗ってきた。つい最近転勤してきたような会話をしていたので、その行先や時間から考えて、その大阪人の歓迎会へ向かうところだったと想像できた。
 大阪以外の人が、僕に行先を告げて、そこへ向かおうと思ったときのことだ。
 大阪人がこう切り出した。
「大阪はな、ちょっとちゃうねん。こう言うんや!『運ちゃん、運ちゃん。どこどこ行ってんか?』こんなんや」

 そして、その後に繰り広げられた大阪弁講座は、さほど面白くないことにも「ツッコまんかい!」などを連発したりする、しらじらしいものだった。 よくみんな付き合っていられるな、と不思議にすら思った。
 これを読んだ大阪の人も、きっと嫌な感じを受ける人が多いと思う。無駄に方言をひけらかしたりする、変な気負いが感じられたのだ。仮に大阪弁を使いたくなったとしても、この人からは教えてもらいたくないな、と思ったのをよく覚えている。

 方言に対して、標準語というものがある。
 自分の住んでいる地方の方言を持ちながら、誰もが知っている標準語を使うというのは、いわば仮面をかぶっているようなものだろう。
 その仮面をかぶらない、そのままの姿が方言と呼べるのではないだろうか。そんな方言の〝飾らなさ〟が、聞く人にどこか心地よさを覚えさせるのかもしれない。
 だから、方言をひけらかそうとしたり、そのよさを紹介したりする〝飾った〟行為は、やっぱりおかしいのだ。テレビ番組でアナウンサーやタレントが方言をしゃべっていても、嫌な感じすら伝わってくるのは、そのあたりが関係している。
 とはいっても、僕たちタクシー運転手が仕事の中で触れるのは、本物の飾らない方言である。そんな〝飾らなさ〟に触れると、自分もついつい、普段かぶっている仮面を脱いでみたくなるものだ。

 つい先日も、〝飾らない〟方言と出会うことができた。
 そのお客さんは、天気のいい日の午後三時頃、羽田空港と浜松町をむすぶモノレールの、とある駅から乗ってきた。普段はあまりお客さんがいない場所だ。
 三十歳前後のサラリーマン風。小太りで、人のよさそうな丸メガネをかけていた。「朝日新聞社まで」と言って乗り込んできたが、少し急いでいるようで、いきなりどれくらいで着くか慌ただしく尋ねてきた。
 どれくらいで着くか聞かれたとき、僕は多めに言うようにしている。その時間につかなければ責任を追及されそうだし、急ぐと事故の原因にもなるし、もし不都合だったら降りていただいた方が気も楽だからだ。
「今日は道が混んでいるので、四、五十分ぐらいかかりますよ」と僕は言った。
「モノレールの方がよかったかぁ~。はぁ~……まあいいや。やってください」
 もう乗っちゃったし、しょうがないなぁ、というような響きだった。覚悟を決めてくれたことに安心した僕は、ため息をつくその人に、
「なんであんなところで乗ってきたの?」
と、なぜかタメ口で聞いてしまった。でもその人は、僕のその言葉に逆に安心したように、こう言った。
「ばってん落ち着かんくて、降りてしまったとですよ」

 そのお客さんは、福岡から飛行機で羽田に来て、すでに大遅刻だったのでモノレールに乗ったものの落ち着かず、少しでも早い方がいいと、思わずモノレールを降りてタクシーを拾ったということだった。
「運転手さん、自分は一介のサラリーマンとですよ。そんな自分が十時になっても、まだ寝とるのをオカシイと思わん女房がいるとですよ。どげん思うですか?」
 ぼくは博多弁に詳しいわけではない。記憶と雰囲気で書いているので間違っているかもしれないが、その人はそんなふうに博多弁で話し出した。
 僕はその博多弁に応えるべく、なるべく丁寧語や敬語を使わないように「えっ、どういうこと?」と聞いた。
「起きないオイが悪かことはようわかっとるとですよ。ばってん、アイツはオイが休みやないっちゅうことは十分知っとるっちゃです。なのに平気で朝ご飯ば食いよるとですよ。こんな女房がいるとですよ」
 その人の投げやりな言い方が面白くてただ笑っている僕に、お客さんはさらに気持ちのよい方言で続けた。

「あいつは歳が一つばっかり上だっちゅうことで、少しオイをバカにしとうとこがあるったい……ふつうじゃ考えれんことでしょう?」
 僕にとっては、まったく他人事だし、普段だったら無難にお客さんの側に立って「まったくですねぇ」なんて仮面をかぶって言うのだが、その人の放つ方言に敬意を表して、奥さん擁護の立場を取った。
「でも、最近はみんな仕事、仕事って言い過ぎるから、それくらいの方がいいよ。栄養ドリンクを『はい、どうぞ』なんて渡されたりしたら、それこそ『バカにするな』ってことじゃないですか?」
 その人は「そんなもんやろうか……」と小声で言った後、また大きな声で続けた。
「オイも九州男児やろう。そんなこってケンカばしたら恥と思うてですね」
 自分の方が冷静になって我慢したように言うので、
「そうそう。夫婦ゲンカしても男は損なことばっかり……」
と僕は返した。そこまで言うと、
「したとですよ、大ゲンカになってしまったとですよ!」
漫才師のような間で入ってきたので、僕はまた笑ってしまった。

 ケンカの理由はこうだ。
「しまったーと思って部屋ば出たら、アイツは平然とエビフライを食うとるとですよ。オイは、なんで起こさんとかって聞いたとですけど、アイツはオイが悪い、と言いよるとです。(中略)気が強いやつで、そう簡単には謝らん女です。
 あんまり頭にきたけん、アイツの食うとったエビフライを、鷲づかみにして、むぎゅうううう~っと握りつぶしてやったとです。そうしたらアイツは怒ってしもうて、オイに水ばぶっかるとですよ……」
 その人はケンカの内容をこと細かに話してくれた。仕事中、こんなに腹の底から笑ったのは初めてだった。
 おそらくこの人も、僕に洗いざらい話すことができて、気分よく遅刻ができたに違いない。きっと、冒頭の青森の漁師さんが聞いたら「グッドジョブ!」と言って褒めてくれるだろう。
 もしその人が標準語を話していたら、絶対にこうはならなかったはずだ。僕も仮面を外さなかっただろうし、こんなに楽しい思いをすることはなかった。
 方言、恐るべし。
 方言、ありがたし。

「東京の運転手さんは、なんだか冷たい感じがする」とか「東京の運転手は無口だ」などとたまに言われることがある。
 事実、そうだとぼくも思う。
 しかし、東京では、言葉一つでお客さんの機嫌を損ねてしまったり、それが原因で会社に苦情が入ったりする事情もあるから、なかなかお客さんと話すのも難しいことをわかってほしい……
 仮面は〝かぶらざるをえない〟のです。

 博多のお客さんを乗せたときは、つい出てしまったタメ口というか、友達に使うような言葉が、〝飾らない〟会話を誘い出したのだと思う。
 こういう温かい瞬間に出会えるのが、仕事の中の楽しみでもある。
 それが僕の自己満足だったとしても、「年上女房の食べるエビフライを握りつぶす」という、迫力ある会話を一人で味わえるタクシーという商売は……もう、楽しかですタイ。


タイトルのところもそうですが、高橋潤さんのイラスト画





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