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チャップリン全作品の感想

チャールズ・チャップリンは僕が最も好きな映画人です。一人で監督・脚本・編集・主演・音楽をこなすマルチスタイルも、納得いくまで何百回でもテイクを重ねる完璧主義の姿勢もクリエイターとして尊敬しています。現代人のチャップリンの認識として少し残念に思うのは、モノマネする人を見てなんとなくチャップリンを知った気になってしまうこと。実際に映画を見れば一目瞭然ですが、本物のチャップリンはまず身体能力が圧倒的に違います。(モノマネの多くがヨタヨタと歩くところの再現であるのは、おそらくそれ以上の技はマネが不可能だから) 日本でも志村けんさん・内村光良さん・太田光さんなど一流のコメディアンが大きな影響を受けているし、三谷幸喜さんや北野武さんも折に触れチャップリン作品に言及していますね。手塚治虫さんは「どうすれば後世に残るマンガを描けるようになるのですか?」という質問に「とにかくチャップリンを見ろ。あれに全ての答えがある」と答えたそうです。ブルース・リー、ジャッキー・チェン、ロベルト・ベニーニ、マイケル・ジャクソンなどにも影響を与えていますよね。100年も前のモノクロのサイレント映画なのに、今でもこれほど感動できるというのは奇跡としか言いようがありません。最近改めて全作品を観返したので、ざっくりとですが作品の感想などを書いてみたいと思います。


<初期作品・短編>

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『チャップリン・ザ・ルーツ 傑作短編集・完全デジタルリマスターDVD-BOX』

チャップリンの初期短編64作品のうちフィルムが現存する63作品はすべてこのDVD-BOXにまとめられています。年代順の作品リストは以下の通りです。

【キーストン社時代】

(1914年)
1.『成功争い』MAKIING A LIVING
2.『ヴェニスの子供自転車競走』KID AUTO RACES AT VENICE
3.『メイベルのおかしな災難』MABEL’S STRANGE PREDICAMENT
4.『泥棒を捕まえる人』A THIEF CATCHER(2010年に発見され初収録)
5.『夕立』BETWEEN SHOWERS
6.『チャップリンの活動狂』A FILM JOHNNIE
7.『タンゴのもつれ』TANGO TANGLES
8.『アルコール先生お好みの気晴らし』HIS FAVORITE PASTIME
9.『痛ましの恋』CRUEL,CRUEL LOVE
10.『幻燈会』THE STAR BOARDER
11.『メイベルの身替り運転』MABEL AT THE WHEEL
12.『恋の20分』TWENTY MINUTES OF LOVE
13.『チャップリンの総理大臣』CAUGHT IN A CABARET
14.『雨に降られて』CAUGHT IN THE RAIN
15.『多忙な一日』A BUSY DAY
16.『命取りの木槌』THE FATAL MALLET
17.『彼女の友人は詐欺師』HER FRIEND THE BANDIT(フィルム現存せず未収録)
18.『ノックアウト』THE KNOCKOUT
19.『メイベルの多忙な一日』MABEL’S BUSY DAY
20.『メイベルの結婚生活』MABEL’S MARRIED LIFE
21.『笑いのガス』LAUGHING GAS
22.『チャップリンの道具方』THE PROPERTY MAN
23.『チャップリンの画工』THE FACE ON THE BARROOM FLOOR
24.『リクリエーション』RECREATION
25.『男か女か』THE MASQUERADER
26.『チャップリンの新しい仕事』HIS NEW PROFESSION
27.『両夫婦』THE ROUNDERS
28.『新米用務員』THE NEW JANITOR
29.『恋の痛手』THOSE LOVE PANGS
30.『チャップリンとパン屋』DOUGH AND DYNAMITE
31.『アルコール自動車競走の巻』GENTLEMEN OF NERVE
32.『アルコール先生ピアノの巻』HIS MUSICAL CAREER
33.『他人のコート』HIS TRYSTING PLACES
34.『夫婦交換騒動』GETTING ACQUAINTED
35.『アルコール先生原始時代の巻』HIS PREHISTORIC PAST
36.『醜女の深情』TILLIE’S PUNCTURED ROMANCE

【エッサネイ時代】

(1915年)
37.『チャップリンの役者』HIS NEW JOB
38.『アルコール夜通し転宅』A NIGHT OUT
39.『チャップリンの拳闘』THE CHAMPION
40.『アルコール先生公園の巻』IN THE PARK
41.『チャップリンの駆落』A JITNEY ELOPEMENT
42.『チャップリンの失恋』THE TRAMP
43.『アルコール先生海岸の巻』BY THE SEA
44.『彼の更正』HIS REGENERATION
45.『チャップリンの仕事』WORK
46.『チャップリンの女装』A WOMAN
47.『チャップリンの掃除番』THE BANK
48.『チャップリンの船乗り生活』SHANGHAIED
49.『チャップリンの寄席見物』A NIGHT IN THE SHOW
(1916年)
50.『チャップリンの改悟』POLICE
51.『チャップリンのカルメン』BURLESQUE ON ‘CARMEN’
52.『三つ巴事件』TIRIPLE TROUBLE


【ミューチュアル時代】

53.『チャップリンの替玉』THE FLOORWALKER
54.『チャップリンの消防士』THE FIREMAN
55.『チャップリンの放浪者』THE VAGABOND
56.『チャップリンの午前一時』ONE A.M.
57.『チャップリンの伯爵』THE COUNT
58.『チャップリンの質屋』THE PAWN SHOP
59.『チャップリンの舞台裏』BEHIND THE SCREEN
60.『チャップリンのスケート』THE RINK
(1917年)
61.『チャップリンの勇敢』EASY STREET
62.『チャップリンの霊泉』THE CURE
63.『チャップリンの移民』THE IMMIGRANT
64.『チャップリンの冒険』THE ADVENTURE


上記の1914年から1917年まではいわゆる「習作期」にあたります。基本的に追いかけっこや喧嘩が中心のドタバタ劇が多いです。デビュー作『成功争い』ではまだチャーリーのキャラクターは登場せず、チャップリンはドジョウ髭を生やしフロックコートを着た詐欺師を演じています。チョビ髭・ドタ靴・山高帽・ステッキ(日本製)・きつい上着にだぶだぶズボンの「チャーリー」が登場するのは2作目『ヴェニスの子供自転車競走』からです。(撮影順は3作目が先なので、チャーリーが誕生したのは3作目の『メイベルのおかしな災難』)初期短編を順に見ていくと、チャーリーのキャラクターが確立されていく過程が分かりますね。中には女性キャラを演じた『多忙な一日』といった貴重な作品もありますが。チャップリン自身が初めて監督を務めたのは12作目『恋の20分』で、21作目『笑いのガス』以降はほぼチャップリンの監督作品となります。また初期作品に欠かせない女優エドナ・パーヴァイアンス(当時チャップリンの恋人)は38作目『アルコール夜通し転宅』以降『巴里の女性』までほぼすべての作品に出演しています。初期短編で僕が特に好きなのは最初期のシンプルなドタバタ劇「夕立」・ペーソスを初めて取り入れた「新米用務員」「チャップリンの掃除番」・ストーリーもパフォーマンスも秀逸な「チャップリンの消防士」・一人芝居の技に圧倒される「チャップリンの午前一時」・驚異のスケートテクニック「チャップリンのスケート」・初期短編で最も完成度の高い作品のひとつ「チャップリンの霊泉」・アメリカの社会問題に目を向け始めた「チャップリンの移民」など。やはりミューチュアル時代に入ってからはグッと完成度が高くなりますね。ただこれからチャップリンの作品に触れてみようとする方は、初期短編から順に観る必要はないと思います。チャップリンの真骨頂はやはり長編にあるので、まずは代表作の『モダン・タイムス』や『街の灯』あたりから入って、ひととおり長編を観た後にそのルーツとして初期短編に遡るのが一般的な楽しみ方のような気がします。


<中期作品・中短編>

※ここからは『チャップリン Blu-ray BOX』より

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【ファースト・ナショナル社時代】

『犬の生活』A DOG’S LIFE(1918年)

独立を果たし自前の撮影所(チャップリン・スタジオ)を建設しての第一弾。チャップリンの歴史において大きなターニングポイントとなった作品ですね。ここで心優しくイノセントな放浪紳士チャーリーのキャラクターが確立したと言われています。チャップリンの作品はよく「笑いとペーソス(哀愁)の融合」と表現されますが、ペーソスの要素が確立したのもこの作品と言えるかもしれません。チャップリンは極貧生活だった少年期を重ねるように路上生活者を演じつつ、弱者である犬に優しいまなざしを向けています。屋台の店主を演じているのは義兄のシドニー・チャップリン。批評家からは「映画史上初の完全なる芸術作品」と称賛されました。


『公債』THE BOND(1918年)

公債販売促進のために依頼されて作ったプロパガンダ映画。映画というよりCMに近いですね。チャップリンも本意ではなかったようで、このブルーレイBOXにも収録されていません。今の時代に観返す意味はほとんどないように思いますが、興味のある方はYouTubeで視聴可。


『担へ銃』SHOULDER ARMS(1918年)

戦争をテーマにした喜劇という難関に挑んだ作品。戦いそのものよりは、塹壕で暮らす兵士の悲哀を描いています。『公債』同様戦争についての作品を作らざるを得なかった事情があったようですが、平和主義であるチャンプリンはこの映画の中で一人の人間も死なせていません。


『サニーサイド』SUNNYSIDE(1919年)

ミルドレッド・ハリスとの望まぬ結婚(狂言妊娠で結婚を迫られた)によって精神的な問題を抱えていた時期であり、スランプ期の作品とみなされています。チャップリン自身「アイデアの泉は完全に涸れてしまった」と嘆いていたそう。牧歌的な雰囲気で僕はわりと好きですが。4人とニンフと戯れるシーンにバレエを取り入れるなど実験的な側面も。


『一日の行楽』A DAY’S PLEASURE(1919年)

これもスランプ期の作品。ある一家のトラブルだらけの休日を描いています。十分楽しめる作品ではあるけれど、全体的に過去のアイデアに頼っているようなところはありますね。冒頭、マイカーにエンジンかけるところは何度観ても笑ってしまうけど。小さい方の男の子は後に『キッド』で大活躍するジャーキー・クーガンですね。


『のらくら』THE IDLE CLASS(1921年)

ゴルフ嫌いのチャップリンがあえてゴルフで喜劇に挑みます。日本では「ゴルフ狂時代」と呼ばれていたことも。またチャップリンは放浪者と金持ちの一人二役を演じていて、むしろそちらの方がこの作品の肝になっているようにも思います。後半の甲冑のシーンは傑作ですね。


『給料日』Pay Day(1922年)

恐妻家の労働者を描いています。これは僕の中ではやや印象の薄い作品。この時代だとどうしてももっと高度なストーリーやギャグを期待してしまうので・・・。建築現場のエレベーターのシーンは面白いんですけどね。


『偽牧師』THE PILGRIM(1923年)

脱獄囚が牧師になりすます話。脱獄ものもなりすましものも過去にはあるけれど、この作品では改心して大活躍するチャーリーに気持ちが寄り添いやすいですよね。特にいたずらっ子が登場する中盤以降が傑作。帽子のシーンなんかも最高ですね。ラストシーンも好き。


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『キッド』THE KID(1921年)

上映順だと『一日の行楽』と『のらくら』の間にあたりますが、チャップリンの代表作のひとつであり長編並みの長さを持つことから単独でブルーレイ化されています。ファースト・ナショナル社時代の最高傑作。冒頭「ほほえみと、おそらくは一粒の涙の映画」という字幕が出ますが、まさにその通りの作品で僕はこの映画を泣かずに観終えたことは一度もありません。その後の多くのエンターテインメントで欠かせない要素となる「笑いと涙」の融合はこの作品によって確立されたと言っていいでしょう。チャップリンはもちろん素晴らしいけれど、子役のジャッキー・クーガンが最高なんですよね。チャップリンが天才と認めた名子役です。ちなみに後半の天国のシーンで「誘惑の天使」を演じているリタ・グレイ(当時12歳)はのちにチャップリンの2番目の奥さんになった人ですね。


<後期作品・長編>

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【ユナイテッド・アーティスツ社時代】

『巴里の女性』A WOMAN OF PARIS(1923年)

ユナイテッド・アーティスツ社を設立し、制作から配給・公開まですべて自分の手でできる環境を手に入れたチャップリンは、まず第一弾として監督・脚本に専念したシリアスな作品を作ります。主演はこれまでずっとチャップリン作品のヒロインとして貢献してきたエドナ・パーヴァイアンス。彼女を女優として独り立ちさせるのがこの作品の目的だったようです。かつての恋人であり多くの作品を支えてくれたエドナへの友情が込められているように感じます。チャップリン自身はワンシーンのみのカメオ出演。(駅で荷物を運ぶ男)チャーリーが出てくるコメディではないので興行的には失敗でしたが、批評家はその芸術性を称賛したと言います。僕もこの映画は好きですね。観る前はサイレントのラブ・ロマンスってどうなんだろうと思っていたけど、分かりやすいしストーリーもすごく面白いです。


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『黄金狂時代』THE GOLD RUSH(1925年)

全盛期の始まりですね。再びチャーリーがメインの喜劇に戻ります。そしてやはりこの作品も悲劇や哀愁との融合が結実しています。舞台装置もだんだん大掛かりになってきて、この作品は雪山が舞台。オープニングは600人のエキストラを使った峠越えのシーンから始まります。空腹のあまり靴を食べるシーンやロールパンのダンスのシーンは有名ですね。前半の暴風を使ったくだりやクライマックスの崖っぷち小屋など、どうやって撮影してるんだろうと思うシーンも満載です。ヒロインは最初『キッド』の天使役リタ・グレイでしたが、途中で妊娠が発覚して降板。(この妊娠を機にチャップリンはリタと結婚)新たにジョージア・ヘイルを抜擢しました。彼女とのロマンスもこの映画の見どころですね。ちなみにこのブルーレイは1942年にチャップリン自身がナレーションをつけて再公開したサウンド版の方が収録されています。


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『サーカス』THE CIRCUS(1928年)

大好きな作品です。スタントも特撮も一切なし。チャップリンの究極の身体芸を堪能できます。純粋に「笑い」ということだけで言うと、この作品が一番声を出して笑ってしまうかも。完璧主義者のチャップリンは納得のいくシーンになるまで何度でもやり直したと言いますが、ライオンの檻のシーンは200回以上、綱渡りのシーンは700回以上も繰り返したそうです。僕は初めてこの綱渡りのシーンを観たときに大笑いしながら大泣きしてしまいました。紛れもなく「笑い」のシーンなので腹を抱えて笑っているんだけど、それと同時に「どうやったらこんなシーンが可能なのか?」「このシーンのためにどれだけの努力がはらわれたのか?」と想像し、感動や尊敬で涙が止まらなくなってしまったんですよね。そんな感情的肉体的反応を示したのは生まれて初めてのことで、僕はその瞬間に「この人の映画はすべて観よう」と心に誓いました。他にも書き尽くせないほど見どころはありますが、前半のミラーハウスのシーンはブルース・リー『燃えよドラゴン』にも影響を与えているような気がします。そして、ラストも素晴らしい。僕はこの映画のラストシーンも必ずと言っていいほど涙がこぼれます。


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『街の灯』CITY LIGHTS(1931年)

チャップリンのみならず、世界中の映画の中で僕が最も好きな作品です。個人的にはこれこそがチャップリンの最高傑作だと思います。(僕は新宿でリバイバル上映されたときと、錦糸町で生オーケストラ上映されたときの2度劇場に観に行きました。)撮影当時映画界はトーキー一色になっていましたが、チャップリンはあえてサイレントを貫きます。言葉よりパントマイムの方が普遍的な世界共通言語だという思いがあったそうです。その代わり自らオリジナル曲を作曲しサウンド映画として上映しました。浮浪者チャーリーが視力を失った花売り娘(ヴァージニア・チェリル)と出会う3分ほどのシーンに一年がかりで700テイクを重ねたというのはチャップリンの完璧主義を示すエピソードですね。試行錯誤を重ねた結果、娘がチャーリーを金持ちと誤解する見事なアイデアが誕生しました。物語は花売り娘とのロマンスと酔っぱらい富豪との交流の二本軸で展開していきますが、中盤に大傑作のボクシングシーンがあります。これはチャップリン映画の中で最も笑えるシーンじゃないでしょうか。劇場で観たときもこのシーンは大爆笑の渦でした。そして「世界でもっとも悲しい三枚の字幕」と呼ばれる映画史に残る美しいラストシーン。僕はその少し手前あたりから涙が溢れて止まらなくなります。ユーモア・パフォーマンス・物語の美しさ、どこから切ってもパーフェクトな作品です。


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『モダン・タイムス』MODERN TIMES(1936年)

機械文明を皮肉ったチャップリンの代表作。トーキーが始まって10年経った頃にまだサイレントにこだわっていたため時代遅れとみなされ、当時の客入りはイマイチだったそうです。また資本主義を批判する内容から共産主義的だという非難も多かったと。しかしチャップリン全盛期の四大要素「ユーモア」「ペーソス」「社会風刺」「ロマンス」が見事に結晶した大傑作ですよね。僕にとっては生まれて初めて観たチャップリン作品で、これをきっかけにチャップリンの世界にハマりました。冒頭の「ネジしめ」と「自動食事マシーン」のシーンから抱腹絶倒で一気に惹きつけられたのを覚えています。サイレントとは言うものの、前半社長の台詞には声がついているし、中盤チャーリーがデタラメ語で「ティティナ」という曲を歌うシーンもあります。(これがチャップリンの肉声初披露) また『街の灯』同様チャップリンが全曲作曲していますが、中でも「スマイル」は名曲ですね。僕はすべての楽曲の中でこの曲が一番好きです。後に歌詞がつけられナット・キング・コール、マイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロス、エルヴィス・コステロなどによって歌われています。(2020年コロナ・パンデミックのバーチャルコンサート「One World Together At Home」はレディ・ガガが歌うこの曲で幕を開けました。)今回のヒロインはポーレット・ゴダード(チャップリンの三番目の奥さん)。僕は歴代のチャップリン作品のヒロインでは彼女が一番好きですね。特にこの作品のポーレットは理想の女性像です。美しく感動的なラストシーンも最高ですね。


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『独裁者』THE GREAT DICTATOR(1940年)

アドルフ・ヒトラーの独裁政治を批判した作品。なんとそれをコメディでやってしまうという。ヒトラーとチャップリンには様々な因縁があります。まずチャップリンが生まれたのが1989年4月16日でヒトラーが生まれたのが同年の4月20日。わずか4日違い。20世紀で最も愛された喜劇王と最も憎まれた独裁者がほぼ同時期に産声をあげているんですね。またヒトラーはチャップリンの人気に便乗してチョビ髭を生やしたという話があります。チャップリンはそれを逆手にとり、似た風貌を活かしてヒトラー批判の映画を作る。なんという運命の悪戯でしょう。チャップリンがこの作品に着手した頃はドイツやイギリスから様々な妨害をされたそうです。ドイツだけでなくアメリカ内部でさえ9割の人がヒトラーを英雄視していた時代。そんな中チャップリンは命がけでこの作品を撮りあげます。当のヒトラーは完成作を観たそうですが、圧倒されたのかノーコメントを貫いたそう。しかし、この作品で「笑い」にされたことでヒトラーの扇動的な力は薄れ、以降演説の回数も激減したといいます。ともあれこの作品はチャップリン史上最も商業的な成功を収めました。初の完全トーキー作品で、チャップリンはヒトラーをモデルにした独裁者とユダヤ人の床屋の二役を演じています。ヒロインは「モダン・タイムス」に引き続きポーレット・ゴダード。政治批判の作品ではあるけれど、全編コメディで笑えるシーンが満載です。特に「権威」の本質を突くような笑いは絶品ですね。そしてやはり最大の見どころはラストの演説シーン。サイレントにこだわり続けてきたチャップリンは、言葉を使っても凄かった。何度観ても圧倒的な迫力で観るものの胸に迫ってきます。


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『殺人狂時代』MONSIEUR VERDOUX(1947年)

長年愛されたチャーリーのキャラクターはこの映画から登場しなくなります。チャップリンは素顔(自前の髭)で連続殺人犯の男を演じています。コメディの要素も少なめで、全体的にシリアスな物語。(とは言っても後半アナベラとのくだりはかなり笑えますが) 60歳を前にして以前のような身体芸を披露することが困難になったチャップリンは、言葉で勝負するかのように饒舌な殺人犯を演じきっています。有名な「一人殺せば悪党で、100万人殺せば英雄だ。数が殺人を神聖にする」はこの映画のセリフですね。ところで、僕は映画人ではチャップリンを、作家ではJ.Dサリンジャーを最も尊敬しているのですが、1943年にチャップリンの4番目の奥さんとなったウーナ・オニールはサリンジャーの元恋人です。僕はこの事実を知ったときに驚愕しました。「僕の最も敬愛する二人が、同じ女性を愛していたなんて!」と。結局ウーナはチャップリンが亡くなるまで奥さんとして添い遂げることとなります。


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『ライムライト』LIMELIGHT(1952年)

落ちぶれた老道化師と自殺未遂をした若きバレリーナの物語。悲哀と人生訓に溢れた後期の名作ですね。チャップリン作曲の主題歌「テリーのテーマ」は映画史に残る名曲となりました。音楽もバレエもセリフも主人公二人の関係性もすべてが美しさに満ちています。数ある名言が生まれた作品ですが、特に「人生に必要なのは勇気と想像力と・・・少しのお金だ」は有名ですね。世界的大スターへとのぼりつめたチャップリンが、落ちぶれた人間の悲しみまで自ら描ききるところに喜劇役者としての気迫を感じます。チャップリンの人生が詰まっている作品と言えるでしょう。それは共演者にも表れていて、まずずっとライバルであったバスター・キートンと初共演しています。またチャップリンの子どもたちも出演していて、警官役が長男チャールズ、青年ネヴィル役が次男のシドニー、冒頭に登場する子どもたちがジェラルディン・マイケル・ジョセフィンです。ヒロインのクレア・ブルームも奥さんのウーナに似ているから起用されたという話もあります。この名作が最後の作品だったらチャップリンのキャリアはより完璧なものになっただろうと思ってしまいますが、チャップリンの戦いはまだ続きます。


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『ニューヨークの王様』A KING IN NEW YORK(1957年)

チャップリン最後の主演作。共産主義者であるとの誤解によってチャップリンはこの頃アメリカから追放されているので、これはイギリスで製作しています。反共主義吹き荒れるアメリカを批判した作品ですね。御年67歳。さすがに往年のような輝きは望めませんが、消火ホースのくだりなどまだまだ笑いを生み出すセンスは残っていますね。息子のマイケル・チャップリンが少年役で大活躍しているのも微笑ましい。興行的には失敗しますが、後に巨匠となるトリュフォーもゴダールも絶賛したそうです。ちなみに1972年にアメリカはチャップリンにアカデミー名誉賞を授与することで謝罪。授賞式の際史上最長の12分間にわたりスタンディング・オベーションを受けたといいます。


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『伯爵夫人』A COUNTESS FROM HONG KONG(1967年)

チャップリン最後の監督作であり、唯一のカラー作品。チャップリンは船員役で一瞬カメオ出演するのみで、監督・脚本・音楽に徹しています。主演はマーロン・ブランドとソフィア・ローレン。そして次男のシドニー・チャップリンが三番手役で出ています。船上を舞台にしたロマンティック・コメディですね。これは興行的に失敗し、評価も低かったようですが、チャップリンは最後の最後まで喜劇を作り続けました。(『Blu-ray BOX』には収められていませんがDVDで入手可)


以上、チャップリンの全作品について簡単に触れてみました。

これから初めてチャップリンの映画を観てみたいという方にまず入口としてオススメしたいのは、『街の灯』と『モダン・タイムス』です。この2本はチャップリンの魅力が完璧に詰まっているので間違いないと思います。ネクストステップとしては『キッド』『サーカス』『黄金狂時代』でしょうか。これらサイレントの代表作を踏まえたうえで、『独裁者』に進むとより感動できると思います。(『独裁者』はトーキーですし、チャップリンの中では異色作なので)色々なことを書きましたが、基本的には世界中の人が楽しめるように作られているコメディなので、気楽に味わっていただくのが一番だと思います。チャップリン作品を楽しむ参考としてこの記事が少しでもお役に立てれば幸いです。


「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」―チャールズ・チャップリン