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【エッセイ】 空と風と時と

二十歳くらいのカップルがいて…

 くまざわ書店はネットで欲しい本の取り置きができる。月に一度のポイント3倍デーを狙って、それを取り行った。3倍のついでに他に何かないかと眺めていたら、小田和正さんがステージで歌っている表紙の本が目に留まった。『空と風と時と 小田和正の世界』。帯には「誰も書けなかった、初の評伝 全632ページ!」とまで書いている。手に取ると厚い。4センチくらいある。捲って見ると、幼少時のこと、東北大学時代、オフコース、ソロになって今までと、小田さんのすべてが書かれているようだった。うーん…迷う。なにせ厚い。値段は2,900円。注文の本だけでも7,000円くらいしたので、そんな値段にも躊躇した。でも…「初回、数量限定 特製しおり付き」とも書かれていて、小田さんの若いころの写真が印刷された硬いしおりが挟まれていた。
 置いたり、手に取ったりを繰り返して迷っていた。
 そばに二十歳くらいのカップルがいて、「冬休みなんだよねぇ。ゆっくり本とか読んで過ごしたいって思わない?」「そうそう!」と平積みを見ながら話しているのが聞こえた。
 今どき、そんな会話ができる若者たちって素敵だし、頼もしいと思いながら、「休みなんだよねぇ…」が、私の背中を押しているような気がして、改めて手に取った。

一緒に帰ろう

 白々として暗い空から、みぞれになりそうな雨が降っているのを、窓越しに眺めていた。
 母校の高校に勤めるようになって7年。あっという間に高校生の3年を通り越した。自分たちが歌った校歌とともに過ごし、後輩たちを見守りながら仕事ができることをこの上ない幸せと思う。しかし、高校生のときの思い出が、上書きされるような部分もあり、上書きではなく「名前を付けて保存」しなきゃと思う。

 「今日、一緒に帰らない?」なんて、友だちに都合を聞いて一緒に帰ったことが何度もあった。所属した部活動は文化部で、合唱とか吹奏楽のような“団体競技”でもなかったので、気が向かないときは帰っていた。同級生やクラスメイトには関係の濃淡があって、「友だち」といえる人はそう多くなかった。そのかなでもさらにノリや気持ちや波長の濃淡がある。こういう場面は… こういうことを話すには… といったこともある。帰る方向の都合もある。そういう意味で、「一緒に帰ろう」と誘う友だちは決まったひとりだったような気がする。「気がする」は、もう30年以上前になってしまったので、忘れていることも多いからだ。
 その人は、どうしているだろう。年賀状のやり取りをしていたが、数年前に「身の回りの片づけをしようと思っています。年賀状も今年で終わりにしたいと思っています。」とあって、それきりになった。小学6年からの「友だち」で、胸の奥も話せた相手だった。

 ちょっと深い関係になった人もいた。異性と「付き合う」なんてこともわけが分からず、多感な時期で気になる異性もひとりじゃなかった。当然ながら、その人との関係は長続きしなかった。

 高校1年のころ、オフコースが好きになった。オフコースを好きな友だちがいて、テープを借してくれたのがきっかけだったと思う。
 いろんな人のオフコースの話を聞くと、私が好きになったのは82年ごろ、アルバムでいえば『OVER』のころなので、オフコースファンの中では後発だということを思い知らされる。鈴木康博さんが脱退するころ以降なのだが、これ以前のオフコースの歴史も長く、「鈴木さんがいないオフコースはオフコースじゃない」とおっしゃる方も多い。
 まあ、それはそれとして、私がファンになってから、コンサートには毎回行ったし、89年の東京ドームでの解散コンサートにも行ったので、ファンの自負がある。座席が一番前で、ステージの小田さんと握手したこともある。
 多感な時期の人間関係と重なって、胸の奥に直接沁みてくるものがあった。「言葉にできない」「Yes-No」「愛の中へ」が好きだった。「さよなら」はヒットして広く知られているが、今もこれはあまり好きでない。
 普通の友達以上の関係とか、「付き合う」とか。そんなことにあこがれがあって、新鮮でドキドキして、ドキドキとは対極の甘いほんわりした気分もあって、「友だち」には話せないことも話せる、話してもいいような特別感もあって、会っていないときの寂しさもあったりして… そんな自分の感覚がオフコースのメロディーに重なっていた。
 
 この話の本題ではないが、「YES-YES-YES」は一番くらい好きだ。
  ♬ 君の嫌いな東京も 秋はすてきな街
   でも大切なことは ふたりでいること
は、神宮外苑あたりの銀杏の色づきをイメージさせてくれる。東京は意外に銀杏が多く、都会の喧騒に銀杏が溶け込んでいるのが、私は好きだからだ。私は東京が好きで、歌詞そのままに、そんな東京が特に好きだ。このフレーズは、蕭殺だが、美しく魅せているように思う。
 美術館で絵を見ていても、「暗い絵が好きなんだね」といわれる。ネクラなのだろう。夕暮れとか、暗かったり、寂し気な絵に惹かれる。

 小田和正さんがひとりになってからの曲「緑の街」に
  ♬ 傷つけた人がいる ただ若すぎたから
  ♬ 届け この想い あの日の君に
がある。私も高校生のときに、あの人をきっと傷つけてしまっただろう。いや、「きっと」じゃなく、「絶対に」。“若い”とか“多感”とか、そんなことのせいにしないで、「ごめんなさい」といいたい。
 
 地方の街は寂しくなって、学校帰りに一緒に行った書店も食堂も今はない。でも、今、目の前にある校舎からの眺めは昔のままで、連続して、継続して、昨日の今日のように私の今があるような気がする。
 思い出が妙にリアルなのはそのせいだろう。
 
 ブザーが鳴り、生徒が次々に校舎から出て行く。「一緒に帰ろう」なんて誰かを誘った生徒はいるだろうか。

(2023年12月26日)


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