命在るカタチ 第三話 「足音が聞える」(過去作品)

Life Exist Form-命在るカタチ
Wrote by / XERE & Kurauru

第三話
「足音が聞える」

 その日も俺は部屋でごろごろとしていた。
 やる事はあるようで実は全く無いようなものだ。
 勉強?
 そんなもの無視だ無視。
 何が悲しくて休みの日にそんなものやらなきゃいけないんだか……
 あいにく、俺は勉強なんか嫌いだ。
 やらされてる勉強なんか、勉強だと思わない。
 俺の親は放任主義だ。というか単なる無責任。
 だが俺にはそのほうが向いている。
 ……俺にとってはその方が楽だから。
 ベッドの上に寝転んで、天井を見やる。
 変わり映えしない場所から視線をずらすと、不意に、さ迷っていた視線が自分の机の上へと向かう。
 ……ふと思い出した。
 あの時のペンダント。
 俺は机の上に置いておいたんだった…
 ひょいっと起きあがって、机の上のペンダントを取る。
 埃をかぶった俺の机の上で不思議な色をたたえて輝くペンダント。
 ペンダントの鎖を掴んで、十字架が目の前に来るようにする。
 光を返してきらきら光る。

         『未羅(みら)』

このペンダントの持ち主はそんな名だった。
 飾りっ気なんぞ無いに等しく思える彼女が持っていたアクセサリー……
「……十字架、ね……」
 ベッドにだらしなく寝そべって、俺は長い時間、十字架を眺めていた。





 その場所は町の郊外にあった。

 洋風の墓地。

 死者の躯が眠る場所。

 そこは霊園。

 未羅はその一画、
 一つの墓標の前にかがみこみ、一人何事か呟いていた。
 否、それは母に対する言葉だったのだろう。

「あのね、変な人に会ったの。涼野柄咲っていってね、変な名前でしょ? それにね、ボクの事『変な名前』って言ったんだよ? おかしいよね、全然変じゃないのに。だってボクの名前、父さんと母さんがくれたんだもんね」
 母の墓標に微笑み、話しかける。
 当然、返事は無い。
 未羅は母を見たことは無い。
 だからここまで母を慕えるのかもしれない。
『これは墓標と言って母さんの魂がこの下に眠っているんだよ』
 思い出される過去の声。(といっても、ほんの数週間前のこと)
『…お母さん?』
『そうだ』
 初めて『母』の痕跡に触れた。
『ボクのお母さんてどんな人だったの?』
『お前の母さん…明美は……・誠実で…私にとって最高の伴侶だった』
 未羅にはよく分からなかった。
 父親は思い出を懐かしむように…虚ろな目をしていたから。
 そんな目を見た事が無かったから。
 よく分からなかった。
『…今はもういない母さんだと思って何でも話せばいいんだよ。返事は…帰ってこないけどきっと母さん聞いているから…』
 きっと父さんは、母さんのこと、好きだったんだろう。
 だた、それだけが判ることだった。
 愛とか/
     恋とか/
          そんなものは分からない。
 だけど、それが大切なものだって言うのは知ってる。
 どんな気分なんだろ?
 大事なものを無くす感じ?/ぽっかりと穴が開いちゃう感じ?
 ねぇ? どんな感じ? ボクにはわかんないよ…
 さぁさぁさぁぁぁぁぁぁ…
 霊園の各所に植えられた木々が風に音を立てる。
 枝垂れ柳の葉が触れ合って音を立てる
「ね、母さん…」
 未羅のダーク・ブラウンの髪の毛も風にゆれる。
 さらさらと流れる髪…

 かつ、かつ、かつ…

 靴音に振り向けば
「父さん。」
 彼女の父、月沢 神持だった。
「花束、買ってきたぞ。」
 ふぁさっ…
 花束が音を立てる。
「うん。」
 神持が持っていたのはバラの花束。
「母さんはこの花が好きだったんだぞ……」
 亡き妻の墓前に添える。
 再び、花束のバラはふぁさっ…と音を立てる。
「うん、知ってるよ。ボク。」
 おどろいたように、神持は未羅を見やる。
「知ってたのか?」
「だって、父さんよく言ってるじゃない?」
 言われてみれば、確かにそうかもしれない。
 いや…未羅の記憶力の賜物だろうな……
「そう…か。」
 一瞬目を伏せ、墓標に向け黙とうする。
 そして、腕時計で時間を確認する。
「未羅。父さん仕事があるから…先に帰るぞ。」
「うん、分かった。ボクは母さんともうちょっとお話してから帰るよ」
 神持は軽く微笑む。
「ああ、ご飯までにはかえってくるんだぞ」
 帰り際にそれだけ告げ、神持は霊園を後にした。

 かつ、かつ、かつ…

 無機質な靴音だけが霊園にこだましているかのように思えた。
 否、それは違う。
 ココには様々な音がある。
 遠く、車の音。
 自分自身の靴音。
 そして、
「意外とセンチメンタルなんですねぇ」
 耳障りな声。
「冴木君か…」
 苦々しい顔で呟く。
「一応、手筈は整えておきましたよ。貴方の希望も含めて…ね。」
「ああ…」
 くすり、と、冴木は笑う。
「ちゃんと、本人の意思を尊重してあげましたか?」
 耳障りな声。
 ……元が綺麗な声だけに悪意がこもると耳障りに聞こえるのだろう。
「君には分かっていると思うんだが…な…」
「ええ、そうですよ。 確かに聞くまでも無い事でしたねぇ」
 言って、嫌味な笑みを見せる。
「さて…と…」
 神持に背を向け、冴木は歩き出す。
「何処へ行く気だ?…」
「未羅の監視ですよ? ……私の役目は彼女の監視……貴方と無駄なおしゃべりをすることじゃない」
顔だけ神持に向けて、冴木は言った。
「……」
「月沢博士」
 もう一度、嫌味な微笑み。
「念の為…勝手な行動は慎んでくださいね。」
 一方的に言い放って、微笑む。
 そして踵(かかと)を返して歩き出す。

 かつ、  かつ、  かつ、   かつ、       かつ…

冴木の靴音が響く。
その音が消えてしまえばどんなにいいか…
内心で、神持は悪態をついた。
「勝手な行動……ね……」
 ……未羅が出会った少年……柄咲……か……




 その日も俺は商店街のゲームセンターにいた。
 …別に理由があるわけでもない。
 単に家にいるのが嫌だったから外に出た。
 やる事も無いからここで時間つぶし。
 単にそれだけの事だ。
 鮮やかにスティックを操り、
 操作ボタンに軽快な音を立てさせる。
『YOU WIN!!』
 ゲーム機のスピーカーからそんな声が聞こえた。
「…五人抜き…」
 無気力につぶやく。

 自動ドアが開き、誰かが入ってくる。
 俺は無意識に自動ドアの方へ目を向ける。
『ROUND 1 FIGHT!!』
 ゲーム機からそんな声。
 スーツ姿の男……
 歳は幾つぐらいだろうか。
 いや、それ以前に……
(…ゲーセンに来るようなヤツじゃねぇよな…)
 ……真面目なビジネスマン。
 そんな言葉がぴったり当てはまりそうな…多分中年の男だ。

 ……既視感…
 ふと、視線を戻せば……
「……」
 1ラウンド目は敗北を喫していた。
「…またかよ…」
 ここ三日で2度目のワンラウンド目負け。
 デジャヴュが募る。
 前にもこんな事あったっけ…最近たびたびそう思う…
 まあいい、次とその次のラウンドで勝てばいいわけだし…
 それに所詮は時間つぶし。
 何時負けたところで気に留めることでもない。
『ROUND 2 FIGHT!!』
 機械音声が響く。

 ……かしゃん……
 硬貨がゲーム機の中に落ちる音。
 不意に画面が切り替わる。
「……」
 挑戦者。
『ROUND 1 FIGHT!!』
 速攻で潰すか……

 ……どがっ……
 一撃目が炸裂した。
 ……気がつけば……
 俺は1ラウンド目を先取されていた。
「……なんだ?」
 我ながら……明らかに動揺している。
 ……俺はこのゲーセンにあっては……格闘ゲームには結構自信があるほうだのだが……

『ROUND 2 FIGHT!!』
 相手はこちらの出方を伺っている。
 相手が攻撃に出ないと見ると、俺はすかさず遠距離攻撃技の『ソニックフレア』を仕掛ける。
 ちっ。 かわされたか……
 流石に相手も必死だ。
 相手キャラクターの持ち技である『フラッシュ・ゲイン』が炸裂する。
 強烈な光が相手から発せられる!
 俺のキャラクターの目がくらんでる隙に、すかさず相手の連続攻撃が炸裂。
 パンチパンチ・キック・気功波!
 ぐっ……しまった。
 ゲージ半分くらい減ったぞ……
 俺は又、間合いを取り、遠距離攻撃を仕掛ける。
 だが、難なくかわされてしまう……
 が、しかし今のはカムフラージュ。フェイントというものだ。
 本命の攻撃方法はまだ相手には見せない。
 単調に飛び道具で攻撃を仕掛けながら、機会を伺う。
 刹那、
『今だ…!』
 内心のそんな声と俺が操作を入力するのとどちらが速かったか…
 相手の隙を逃さず、俺は『奥義』のコマンドを入力する。

 軽やかにレバーを動かす。カカカカカカカカカカカカカ……バンバンバン!
 画面が近くなる感じ/画面の中の世界が全てを埋める…
 その時俺はゲームの世界に一体化したとも思えた。
 左、右下、右、左、左下、下、右、右、右、パンチボタン+キックボタン!!!
 突如画面が派手なエフェクトにつつまれる。
 俺のキャラクターは相手を空中に浮かせ数十発に及ぶ連続攻撃をヒットさせた!
「まだまだ…これで終わりじゃないんだな…」
 そう、一般にはあまり知られていないが
 この『奥義』のあとには特定の技がつながるのだ。
 すかさず左、左、下(1秒)、上と、同時にキックボタン!
 空中から落下する相手キャラクターにさらに連続キック攻撃を仕掛ける。
 バキバキバキバキバキバキバキ・ドスッ キュピィーン…ブシャッ
 派手な効果音とともに相手の体力ポイントをしめすゲージが0になり、俺は勝った。
 そして、
 ……結局、相手も必死の抵抗を試みるも、
 2ラウンド目以降はなんとか、俺が勝ちを得たのだった。

「……負けたか……」
 ……念の為言っておくが、俺の声ではない。
 ゲーム機の影になって姿は見えないが、聞こえたのは低めの男の声である。
 その姿を確認してみれば、
 先ほどのビジネスマン風の中年男だった。
「……いや……いけるとおもったんだがぁ……」
 ははは…とその男は軽く笑う。
「……」
「強いんだな、君」
「……」
 その男は一方的にしゃべっていた。
 男はおおむろに、百円玉を取り出し、スリットに挿入する。
「……」
 沈黙だけを返事として、俺は再びゲーム機のディスプレイへ目を向ける。
 ちなみに、二戦目は俺の圧勝であったことを述べておこう。

「……うーむ……」
 腕を組み、うなっている男。
「……」
 そんなに都合よくいくものか……
 内心でだけ、そう言ってやる。
 不意に、ひらめいたかのような感じで男は俺の方を見やった。
「ひょっとして…この前未羅を泣かしたのは君かい?」


         みら。


 そんな変な名前の人間は一人しか心当たりは無い。
 未羅。
 彼女以外に心当たりは無い。
「…誰だ、あんた…」
 男はおおむろに立ち上がって、俺のほうへ近づく。
 胸ポケットから名刺を取り出して、俺に向けて差し出す。
「……?」
 その名刺にはこう書かれていた。

 株式会社 テクニカル ライフ ルーツ コーポレーション 日本支社
 Technical Life Roots Co.,Ltd. in Japan.
  HA中央総合研究開発所 主任
  HA形態研究部 部長
   月沢 神持
   Sinzi Tsukisawa

「…月沢…」

 …月沢 未羅…

「…あんたは…」
 男……月沢 神持の顔を見やる。
「未羅の父親だ。」
 ……父親……
 やはりあいつにも親ってものがちゃんとあったのだ。
 そんなくだらない事を思う。
「娘から君の話を聞いたものでね。」
 だから俺のことを知っている……
 だから俺に会いにきた……
 ……とでも言いたいのだろうか……
 興味津々、とでも言うべき表情で俺を見る。
   ……親子そろって変な連中……
「俺に何か用でもあるんですか?」
 我ながら敵意のこもった声であると思う。
「いや、今日の…特に…ね。」
 ゲーセンの騒音の中、彼の声は聞き取りにくかった。
 ぴろろぴろろぴろろ…
 クレーンゲームか何かの音だろう。安物っぽい音が耳障りだ。
「見……かっ…のさ…のク……トをね…」
 おかげで、彼の言葉はよりいっそう聞き取りづらかった。
「はぁ?何だって?」
 反射的に聞き返すが、その時には彼は身を翻してゲーセンの自動ドアへ向かっていた。
 多分、俺の声は届いていなかっただろう。

「……」
 まあ、どっちにせよ俺には関係の無い事だ。
 視線をゲーム機に戻した時には、
 すでに『GAME OVER』の表示が浮かんでいた。
 ……さっきのおっさんと話しているうちに2ラウンドともコンピューターにとられてしまったらしい。
 ……あのおっさん…月沢神持とかいったな。
 中年にしてはトップレベルの実力だ。
 しかし不思議に思うことがある。
 そもそもこの時間帯はこの場所は人が居ない、つまり穴場なのだ。
 ……もっとも、だから俺はここに良く来るワケなんだが……。
 なのに何故、この場所がわかったのか……
 たとえ対戦がきたとしても、たいてい実力差が圧倒的にできるものだ。
 こっちが圧倒的に勝つか、負けるかどちらかしかない。

 よく考えると、あのおっさんはかなり不思議だった。


翌日


「おーいっ!男子諸君っ!!ビッグニュースだぞ~~っ♪」
 快活な声とともに飛びこんできたのは俺のクラスメートの女の一人。
「なんだよ…三枝(さえぐさ)…」
 俺の近くにいた男子生徒の一人がいらついたような声で問うた。
 ……どうやら折角の安眠を三枝の声に妨げられたらしい。
「今日さ、転校生が来るんだって。しかも女の子!」
 おおおおおっ…!!!
 ざわざわざわ…
『女の子』の一言が出ると、
 途端に、男連中の間からそんなざわめきが起こった。
「可愛い?」
「美人!?」
 似たような問いがあちこちから発せられる。
 ……俗っぽくて、はっきり言うと付合い難い。
「さぁて…それは私も知らないけど…」
 三枝のそんな返事に、気を抜かれたように座りなおす男連中。
「……へぅ」
 俺は一つ溜息をついたのみ。
 はっきり言って俺には関係の無い事だ。
「HR始めるぞーっ、席につけーっ。」
 野太い声。
 担任の木柄だ。
 理科の教師ではあるが、その容貌は一昔前のドラマに出てくる熱血体育教師、といった風である
 俺は窓の外に目を向け、何処へという事も無く視線をさ迷わせる。
 俺の席は窓際だったから、ここから景色がよく見える。
 否、そんなものは俺の視界にあるだけなのかもしれない。
「今日は転校生がいるので紹介する。   ……入ってきなさい。」
 がら……
 スライド式の教室のドアが開かれる音。
 とん   ・  とん ・ とん ・とん…
 足音が聞こえる。

 ただ『クラスメート』という人種がまた一人増えるだけに過ぎない。
 …はずだった。

 クラスの連中の間から、感嘆の吐息が漏れる。
「わーぉぅ」
「エクセンレント」
「うわー…俺一目ぼれしちゃったよ」
 男子は相変わらず……
 ここまで俗っぽいと呆れるの通り越して感心するよ。全く…
「カワイィー」
「いいねー」
「イケてるじゃん」
 女連中からもそんな声が聞こえる。
 ほぉ…よっぽどの美人なのか?
 そうなると悲しいのが男の性。

         ……何となく気になる。

 視線を向け、転校生の方を見やる。
 途端、俺は……顔の筋肉が一瞬引きつったような気がする。

 ……なんてこった……
『見ておきたかったのさ。未羅のクラスメートをね。』
 そう、確かに一昨日の男…未羅の父親…はそう言っていたのだ。
「月沢 未羅です。」
 精工な人形のように…愛らしく整ったその容貌。
 その唇から発せられたのは、
 鈴を転がすように涼やかな、だがどことなく不思議な声。
「どうぞ よろしく」
 そして、彼女はふかぶかと一礼した。

1999 8/12 Complete

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