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A meleancholy sky and colorful umbrellas

憂鬱な空と色とりどりの傘達 : A meleancholy sky and colorful umbrellas.
著 西野 績葉
Author: Sekiyou Nishino.

二〇〇六年五月七日

俺は思うんだ。いつも制約が文化を作っているって。

そう、たとえば、八ビットゲーム機の画面の制約が、ドット・アートを生み出したみたいに。男尊女卑だと思われた過去の世界で、女性が驚くほど数多くの文化を発達させたように。黒人がラップ生み出したように。ニートが掲示板でAAを作るみたいに。侍が武士道を生み出したみたいに。職を失った書記が、文学を生み出したように。

不自由であったから、僕らは何かに寄って立つ『ヨリシロ』を生み出さねばならなかった。

見渡せば、どうだろう?

渋谷で見かける兄ちゃんの髪なんて、子供の頃、図鑑で見たライオンみたいだ。女の子は誰もが『きれいになりたい』と思うものらしい。ただ、どうも本当の所は、きれいかどうかは問題じゃないようだ。群れたい、認められたい、褒められたい、そんな気持ちが、満たされない恐怖とともに襲いかかってくるのだ。

ネットで飛び交う言論は、すぐ感情的になっていく。責任を持たずに何だっていえるから、傷つけられる可能性も、他人を気遣って物を言う必要もない。だから名前を出すのは怖くてしょうがない。相手が暴言を吐いても、そいつを殴ることもできないが、逆に殴られることもない。言葉はどんどん略されていって、オトナはワカモノの交わす意味を理解することを放棄し始める。ふと気がつけば、意味がすれ違う。表情が伝わらない。

経験があるんじゃないだろうか。メールで書いた文章が、伝わらない経験。気がつけば、文脈のずれた会話になる。誤解される。

ネットに限った話しでもない。

繁華街に出てみればいい。訳のわからない目で君を見るたくさんの目がある。

彼らは突然殴りかかってこない。かわりに、突然キスをされもしない。ただ、みんな無関心を装っている。無関心でなければ罰が待っているとでも言うように。

技術が人を変えていく。

朝や夜に電車の中をみてみるといい。

ケータイはあなたと誰かをうやむやな線でつなぐ窓。ヘッドホンステレオで、外でも引きこもっていたい人。

人は本質的に不自由なままだ。そして抑圧からの逃避として文化が生まれる。

僕は思うんだ。
自由とは動物になっていくことだって。

もしも——もしも、本当に何も制限の無い世界があったなら。
人が、肉体という頸木《くびき》から解き放たれる事があるなら。
それは無何有の郷《ユートピア》でもなんでもなく、きっと何も無い、人が人である何かが失われた世界。

いつからか僕らは進んでるんだ。いつしか人が人で無くなっていく世界に。

そこにはたくさんの文化があるかもしれない。たくさんの言葉や意味や記号があるかもしれない。だけど、もし他人とすべてが共有できたなら、だんだん言葉には意味が無くなってくる。やがて感情だけの世界になっていく。究極の自由。制限の無い世界。誰もが気ままで居られるかわりに、厳密な意味での他人が居ない世界。最後に、感情すらない世界。無・空。

「ねぇ、創馬《はじめ》、何を考えてるの?」
通話料が無料の、いくらでも話せる電話から、彼女の声が聞こえてくる。
「別になんでも」
もう、何時間話しただろう。いや、話してすらいない。ただ繋げていただけ。
「どうせまた、難しいこと考えてたんでしょう? また鬱がひどくなっちゃうよ」
「もう、たぶん、本質的には直らないから」
西暦二〇〇五年。冬。

彼女との恋愛と、人生の話しでも、してみよう。

彼女と知り合ったのは、匿名掲示板の一つのスレッドだった。

「メッセージングで繋げ! in 文芸板! Part xx」

そこに僕は自分の『メッセンジャー』のidと、ほんの少しの自分のデータを書き込んだ。自己紹介はあまり好きじゃない。偏見と先入観が関係を悪くするから。

そうしたら、彼女は僕のアドレスを『メッセンジャー』に登録したようで、僕に話しかけてきた。

「こんにちわ〜」
「こんにちわ、はじめまして、○○さん、どこ見て登録してくれたのですか?」
「たぶん文芸板だと思う〜」
「じゃあ……俺は北野です。趣味はゲームとかPCとかw エロい奴w 趣味で小説書いたりもしてます。○○さんは?」

「  」

誰とも解らない、そんな邂逅。そこでは言いたいことを言う。自分を出す。どうせ、だめでもとももとなのだから。嫌われたところで初めのうちならダメージは少ない。

ただ、セックスがしたかった事。誰かに自分を認めてほしかったこと。自分と趣味の合う異性を探していたこと。そんな欲求と、

「私もオタクなんですよね〜……もろ腐女子」
「ふじょし?」
「ボーイズラブが好きな女子の事w」

たまたま僕らが似たもの同士すぎた事だけが……。

程無くして、僕は彼女に会いに行った。

想像してたのとはちょっと違ったけれど、贅沢を言うつもりなんてなかった。すぐつきあいを申し込んで、欲望に任せてベッドに入った。あまり苦労もせず感じるようになってくれたので、行為はしやすかった。

「俺、たぶん二次元(※アニメや漫画の絵)以外、信頼してないんだよきっと。だから君は永遠にアニメのキャラには勝てない」

「え〜なにそれ。ひどいw」

「君が漫画とかで、ボーイズラブという幻想の世界に安心するように、俺はこの世界が、心底嫌いなんだよ、たぶん。だから、二次元しか安心できない。俺も幻想に生きてるから」

モノローグの一人称は「僕」でも体面上の一人称は「俺」

冗談ぽく笑いあっているけど、矛盾を抱えた僕ら。

やがて彼女もエロゲーをやるようになった。ゲームも趣味になった。誰に聞いても、こんなに理解がある人は珍しいらしい。たぶん、幸運なのではないかと思う。なので別に相手に対して特に期待もしていないし、これからもすることはなく、淡々と、分かり合える相手がカノジョであったという事が、ただ、うれしかった。

……実際のところは、大して似たもの同士でもなかったのかもしれない。
ただ依存する相手がほしかっただけかもしれない。

「ねえ、共依存って知ってる?」
「何それ?」
「お互いがお互いを依存しあって、周りが見えなくなって、反社会的な行動や結果を引き起こす、恋着にも似た感情と関係――ねえ、うちら、共依存なのかな?」
「少なくとも、俺は依存してないと思ってる。前例があるから」
「前例?」
「前に話さなかったっけ? 僕が昔年上の、家庭ある人と関係を結んだってことを」
「……ははは、聞いた。それで童貞捨てたのだっけ?」
「あのときの自分は本当にその人に依存していた。舞い上がっていた。会えないのがつらくて苦しかった。その人も現実のつらさを何かに委嘱《いしょく》したがっていた。話を聞いてくれる人がほしかった。だから最悪の共依存関係になった」

「そう……」
「だから、俺らは別に共依存だとは思わない。君が俺に依存してるかどうかは、俺には分からないけど、節度を保ってるような気がするし」

「ほんとに私の事好きなの?」

「冷静な気持ちで好きだよ」

あるいはそれは、単に冷めた気持ちで、好ましかっただけだ。

それでも悪い関係だとは思わない。

現実をこんな風に、自分の頭の回路そのもので直視させたら、彼女は泣くのかもしれないが、現実を見せなくても、結果は同じなのだったら、別にわざわざつらい言い方をしなくてもいい。悲しませたくはない。

あるいはこんな形の関係でも、やはり相手が『大切』であることに変わりはないのだから。


「好きだよ、早紀」
「私も創馬の事が好き」
「俺の何が好きなの?」
「優しいし、話を聞いてくれるし、あっ、あとね、あと趣味が合うし!」

人はなぜ好んで『恋愛』をするのか——?
単につがいという意味ではなく——?
マスコミに踊らされて? それもまたシャカイケイザイのシクミだから——?
それとも、敗戦後の日本において、何か大きな共同幻想が打ち砕かれた後に作られた、新しい共同幻想だったから——?

もっとシンプルに言葉にしてみる。それはたぶん気持ちがいいから。気持ちの悪いことを人はしたらがらないから。

いろいろ経緯はあるのかもしれないが、恋愛は気持ちがいい事なんだろう。

なぜ気持ちがいいのか、麻薬だからだ。

脳内で快感を感じる物質が生成されるから。
脳内にその物質を受容するレセプターがなければ快感を感じない。

僕は感じるんだ。
街に出て、人であふれた街路を歩くとき。
あるいは、毎朝、満員の電車に、不機嫌そうな顔の人々があふれているのを間近にした時。

孤独や、悪意や、絶望。僕を見る、目、目、目、目、目、目……。たくさんの目。あるいは僕を見ない目を。

走っていくのは、クルマ。黒いクルマ。赤いクルマ。白いクルマ。

錯綜する。ニュースの記事。

おっさんが広げた新聞。

車内に棚引く下品で欲望を刺激することしか考慮しないつり広告の数々。

化粧を直す女。

子供《ガキ》のわめく声。
怒る母親。

笑い顔のスーツ。

カートを引いて、心を閉ざして歩くばあさん。

低い声でゲハゲハ笑うじじい。

誰も何も言わない、言うとしても匿名か、あるいは公権力を持つ者へ。その場で言うことはない。言っても詮がない。意味がない。そんな……セカイ。

あるいは夜。
車内でイチャつくカップル。
酔っぱらったオヤジ。
化粧の濃いババア。
満員電車で顔をしかめている姉ちゃん。
怖そうなチンピラ。
女性専用車両に乗らない女。乗ってるブス。
とりあえず、生きるしかないホームレス。

一〇〇円を出して、そのホームレスから、漫画雑誌を買った俺。

そしてそれらを見ている『僕』の目。

他人から見れば、僕もそんな世界の一部でしかない。

死にたくなる。この世界から消えてしまいたくなる。

ここでは、僕は必要とされていない。
必要とされたいとも、思わなかった。

必然性がない。
必然性がなければやれない。
そんな世界は余裕がない。
カネの力は余裕を許さない。
カネを持たない人間に余裕という言葉はない。

世界よ、滅亡しろ。灰燼に帰せ。

世界を滅亡させるより簡単な方法がある。


それは自分を滅亡させること。



どうやら、また病院らしい。

「なんで死ぬなんて言うんだよぅっ……、私を置いてどっかいかないでよっ……」

僕はもうろうとした頭で聞いていた。また、中途半端に死んだらしい。

彼女が、早紀がそばにいた。
「死ぬなら……確実にやれ。後遺症が残ると悲惨だよ。精神病院にぶち込まれて、苦しくても死ねない。一生檻の中で、人権とか言う、わけのわからないもののために生かされる」
先に逝った友人の言葉を僕は反芻した。
ごめんなさい。僕は、後遺症が残るほどの事すらできないヘタレです。

「ごめんなさぃ……」
生まれてきて。

「創馬に悪い事なんて一つもないんだよ」
「ぅう、ぅ…ぇほっ」
「……だから置いてかないで」
「おっ、俺……は、にはっ……——はぁー」

悪い事なんてそんな多くはないんだ。もちろん。悪いこともあるさ。人間だれだってあるんだ。
ただ、『悪いこと』を決めるのは、いつも誰かだ。
痛かった。
苦しかった。

「辛いよね、苦しいよね、創馬」
そうだとも。
「私じゃ足らないの? 創馬が残したゲームっ、CDっ見るたびに、私はまた、泣ぐぅっ。ぐうぁううう………うっ」
彼女は泣いている。彼女を悲しませたのは僕だ。悪いとすればそこだろうか?

「いつか……忘れるっ…消えてっ……くっ、っ、じょ、じょに」
ああ、眠い。

僕はどうやったんだっけ? ああ、そうか。車道に飛び込んだ。でも、アバラか何か、ちょっと折っただけか。内臓に、きてるかな? どうでもいいか。
「うっ、ううっ、そんなの、無責任だよっ……創馬だけっ」

みんな死んだら、幸せになれるんじゃないか? みな同じように、無責任なんだから。
本当の意味で、責任を負ってる人間がどこにいる? みな何かに委嘱してるじゃないか。
感情なんて一時のものにすぎない。
感情が過ぎ去ったら、静かに、悲しい想い出が残るのだろうか?

ああ、煩わしい。 何もかもが、煩わしい。

「ねむ、い」

僕の親ってのいうのは、どうやら、とても苦労した人だったらしい。

断片的にしか情報は伝わっていないのだが、それを断片のまま書くとすれば、こうだ。

戦争が終わった時、やっと和暦が二桁になろうか、って頃。

曰く、その頃、物はなく、食料も乏しく、家の中には雪が降ってきた。水を汲みに川までいかねばならなかった。
十四で妾になれと言われた。それはとてもできることではなく、行為の直前となって相手の家を飛び出した。
曰く、母親は自分の稼いだカネを兄弟の学資金のため、もっていった。
曰く、初めて結婚した人は暴力男で、元々右の耳は聞こえがわるかったというのに、左の耳の鼓膜さえも破られた。
補聴器生活。人工鼓膜。何度にもわたる手術。
四度目の手術。すべて嫌になり、逃げ出して、草むしり。
ストレスから解放されたからか。それで一旦よくなる。

それでも、補聴器。機械も古い。聞こえない。半端に聞こえる。
歪んでいく性格。大きな声。他人の気持ちを想い量る能力の欠如。

やっと手に入れた幸せな結婚生活。

トラックの運転手との生活。
その男も脳卒中で死亡。
そして母はノイローゼを発症。
精神病院に、母の兄弟が、母を、入れた。
その後それでも手に入れた、生命保険の仕事。

足が棒になるまで営業。
知り合いの所で出会った十一も若い男——
だが性格が合わない。性格が合わずとも、なんだかんだ、幸せもある日々。
でもやはり、出て行く決意。

チューリップが咲くまでいろよと引き留められる日。
それで、籍もいれずにできた子供が僕。
できて、生まれて、それまでは、人が変わったようによくする父親。
生まれて数年すりゃ、またギャンブルに走った。

結局母子家庭。

息子が学校に上がってみれば、世界は変わっていた。

高度成長も終わっていた。
バブルも弾けた。
子供は熾烈なイジメに遭った。

己の価値観と違う価値に世界は染まってた。
若い担任。周囲の若い親。
やまないイジメ。
学校へ、生徒への介入。つまり軽く暴力。
転校。転校。転校。転校。また転校。

やっとまともな第五学年。

安住の地は故郷の田舎だったのか?

それまで細々と、子供がせがむからと、半分は自分だって楽しんでいた、内縁の夫、つまり父との関係。それもまあ腐れ縁として続く。

そんな時だ。
昔から時々、懇意にしていた、夫の隣のじいさんが死んだ。
その娘に、内縁であれ、一応は距離をとってうまくやってた男を寝取られた。

それで本当に壊れてしまったんだ。

静かに、壊れていった。

誰かが、私を、陥れようとしている。盗聴されている。息子の友人は何か黒い、闇の組織のスパイに違いない。

息子はそのころ反抗期に入ろうかと言うとき。
変わっていく息子に、社会の価値観を身につけていく息子に、耐えられなくなっていく。

反抗し、引きこもっていく息子。

想うようにならない世界。

呪縛。呪い。一見平和な時があっても、そんなような日常。

僕が、断片的にでも知っている事は、これくらいだ。

結局、肋骨が数本折れたが、内臓には深刻なダメージも受けずにすんだらしかった。 肺が片方潰れかけたというが、発見が早かったので、命に関わるものではないのだとか。

聞いた話だが、救急医療というのは、自殺未遂の患者が運ばれてくる率は、とても高いらしい。自分もその中の一人だった、ということだ。難儀な仕事だな、と同情はする。自分を壊そうとするのも人だ。それぞれに理由がある。それが納得できない理由だとしても。

僕は、家を飛び出し、親戚に資金援助を受けて引きこもっていた。

社会に適合しようと試みることだって、もちろん何度もあった。

しかしそのたびに挫折した。どうも僕のいる世界というものは、持てるものはより、持ち、持てないものは、よりはぎ取られていく、そういう所らしい。

常に子供の頃の経験や、親の事や、過去様々あったトラウマが足を引っ張った。ゲームマニアは、時代とともにネット依存になり、NTTのテレホーダイのせいで昼夜は逆転した。

定時制高校に通いながら、うまくいくかと思われた時もあったが、そのとき好きだった子が親友に寝取られたような、そして自分がやけになって別の女とくっついたというような、そんな事もあった。

やがて、胸が苦しく。不安か、焦燥か、原因のよく分からない、胸の痛み。締め付けられように苦しくなっていった。そして精神科に行くことになる。

憂さ晴らしに始めた事が、PCでやる創作活動だった。

アパートに引きこもって絵を描いた。音楽を作った。プログラミングみたいなこともやってみた。結果だけがほしくて、作る過程は自分なりの物だった。だからとてもじゃないが、人前に出して恥ずかしくないものはできなかった。
アパートに引きこもって、寝る間も惜しんでひたすらパソコンをやる。そういう生活を続けていた。

一般的な引きこもりというのは、他人との接触を避けたがるものらしいが、僕の場合はネットを通してむしろ知人は増えていった。

そんな風にして、引きこもっている中でできた彼女が、早紀だ。

自殺未遂をして入院したからって、何かが変わったというわけでもない。僕にとって彼女が大切な存在なのは確かだし、今はどうせいつか人は死ぬのだから、それなら生きてみようと思っている。死にたい衝動に時折悩まされながらも。

気がつけば、早紀が隣で果物を剥いていた。白い部屋。病室。まだ少しアバラが痛む。自業自得だ。
「ホントに心配……したんだからね?」
少し拗ねたようにして喋る彼女は、けっして美人ではないが、幻想の中には無い何かが、確かにここにある、と認めることはできる。

「すまなかったよ」

軽く笑って見せる。

病院でずっと寝ていて、時間はあまりあるくらいにあった。動けないから、何かを考えて過ごすことが多かった。そんな合間に思ったことがある。
自分たちがここにいることは、やはり奇跡なのかもしれないと。
世界は今や、何をするのにも必然性を必要としているのかもしれないが、僕らがここにいることは、本質的に何の必然もなく、蓋然性の低いものだ。
この宇宙が生まれ、そして地球が生まれ、生命が生まれ、受け継がれていく。
ここまででも、天文学的な確率だと言うことは、中学生だって分かる。

だが僕らは、さらに何万世代もの生殖活動の結果、どうやら皆、たまたまこの時間にいるらしい。
そして、出会った。この世界で。

「ただ、ここにいて何が悪いんだろう?」
呟く。
「いいんじゃないかな。あたしはうれしいよ。創馬がいてくれて。いてくれるから」

そして何かを交わす。
好意や、悪意。言葉や感情。思想、たくさんの何か。
人が人である何かが失われていく世界の中で、それでも交わろうとする。

そして僕と『君』が違うということを、また、突きつけられる。

「いいのかな。居ても」
「いいんだよ」

人類が向かおうとしている先が、少しづつ、それでも均一になっていく、違うということを、拒絶した世界、皆、同じだから安心できる世界なのだとして、その世界では一体何か、語れる事があるというのだろうか? 違いは常に意識され、些細な事に目がいくようになる。そして反発して、同じようになることは嫌だと、また言うようになるんだろうか。

そうやって制約と葛藤が連綿と続いていく。でも、僕らは、いつも救われたくて仕方がない。

『安心できる事』を探し、信じ込み、逃げる人もいる。
だが、僕がそれを選択すれば、親と同じ事になるのだ。

「ただ、ここに居てもいいって、認められなきゃ、悲しいよ」
「それが、できないことだったとしても? 誰かの犠牲の上に成り立っていても? それは欺瞞じゃないの?」
「あたしは、難しい理屈はわからない」
そんな風に前置きして、彼女は言った。
「でもあたしは、創馬に居てほしい。ずっと居てほしい」
人は案外、理屈など必要としてないのかもしれない。
「二人でいたい。一緒にご飯をたべたり、お風呂にはいったりしたい」
情に流されて、一時の感情にまかせて、生きていたいのかもしれない。
「それでなんとか生活できて、子供ができて、私たち二人をみて、その子が笑ったら」
だから、もし世界から、すべての意味が、意味をなさなくなっても、
「きっとそれは、幸せだと思う」
それはもしかしたら、幸せなことかもしれない。
「そのために、あたしは、がんばれる」
「……ああ、もしかしたら…………そうなのかもしれない」
昼も下がり始めた病室の窓から、外を見てみる。
憂鬱な空の下にちらほらと雪が降る。
色とりどりの傘達が、窓の下で咲いていた。

〈私〉は、原稿を目の前にしていた。

ここは、公園だった。

五月、緑の多い、公園だった。
手にしていた、小さなノート型パソコンの画面をのぞき込む。
違うんだ。そうじゃない。
本当は、自分が決めることだったのだ。
私は自分が消えたかった訳じゃないはずだ。ただ世界が憎かっただけなんだ。でも世界を滅ぼす事なんてできないから、自分が滅べばいいと思っただけだ。
だが、滅ぼす事は出来なかった。怖かった。
友人に叫んだんだ。つい、かっとして言ってしまった。
『そんなに死にたきゃ、死ねばいいだろ、何をグダグダやってんだよ』
そんな言葉を言うべきではなかった。人一人が、言葉という道具で、与えうる影響力の強さを、理解していなかったんだ、私は。
友人は死んでしまった。彼は私にこう言った。

『おまえに言われても説得力、ねえよ』

喧嘩など、したことがなかったんだ、今まで。
心が優しい奴だった。だが、弱くもあった。

人はみな、弱さを持って居るものだ。その弱さを、〈僕〉と〈私〉は否定したくない。
だが……。
私が当時体たらくな状態だったから、私は、親友一人救えなかった。ならば、変わりたい。人を救いうる人間に、変わりたい。変わるためには、行動と言葉を、変えなければならない。行動、しなければ、ならない、のだった。
ぽつり、と。
雨だれが、私の頬をつく。
「やはり、天気予報は、あてにはならんな」
私は、ノート型パソコンを閉じた。
手にしていた、傘を持って、歩く。
色とりどりの傘達が、周囲に咲いていた。

注:この小説は2003年にXEREさんによって作られた同名の曲「A meleancholy sky and colorful umbrellas」のイメージをカバーしたものです。

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